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1. 匿名 2016/07/10(日) 20:24:58
歴史を感じながら、いつかは日本中のお城巡りをしたいです。
好きな登場人物、時代などなど語りましょう!+77
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2. 匿名 2016/07/10(日) 20:26:31
史学科が通ります+45
-8
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3. 匿名 2016/07/10(日) 20:26:47
+17
-23
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4. 匿名 2016/07/10(日) 20:27:03
はいはい!!大好きです!!学校の授業は日本史しか面白くないぐらい
大人になったらお寺とか歴史上の人物の出生地とか行きまくりたいです!(≧∇≦)+84
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5. 匿名 2016/07/10(日) 20:27:03
織田信長が11才までおっぱいを飲んでいた事だけは知っている。+58
-7
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6. 匿名 2016/07/10(日) 20:28:07
戦国時代が好き+34
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7. 匿名 2016/07/10(日) 20:28:13
+60
-3
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8. 匿名 2016/07/10(日) 20:29:01
受験科目としての日本史は嫌いでしたが、お城や資料館で昔のものを見るのは好きです。
文学部で源氏物語の卒論を書いたので、その頃の恋の駆け引きとか興味深いです。+64
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9. 匿名 2016/07/10(日) 20:29:03
武将の萌えキャラ化が許せない+177
-11
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10. 匿名 2016/07/10(日) 20:30:26
あさきゆめみし、なら好き+34
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11. 匿名 2016/07/10(日) 20:31:00
めっちゃ苦手だったから羨ましい〜+13
-2
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12. 匿名 2016/07/10(日) 20:32:27
大奥、吉原が特に好きです。
◎◎花魁の逸話とか読んでるとかっこいい!+44
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13. 匿名 2016/07/10(日) 20:34:57
江戸時代が好き。国文学部卒です。卒論は井原西鶴でした。+58
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14. 匿名 2016/07/10(日) 20:37:43
>>9
私も義経はタッキーみた否の想像してたから偉そうに言えん。合戦図でタワシみたいな姿見たときの、がっかりがハンパなかった。+20
-2
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15. 匿名 2016/07/10(日) 20:37:47
>>13
井原西鶴!渋いねぇ~素敵。+48
-3
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16. 匿名 2016/07/10(日) 20:38:41
日本史苦手だったけどRAPTブログを読み始めてから関心を持つようになったよ。
面白い。教科書よりも辻褄が合う気がするわ。
+3
-9
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17. 匿名 2016/07/10(日) 20:40:02
第二次世界大戦あたりが好きです。
特攻隊になり出撃する前に書いた
両親へのお手紙はもう、泣けて泣けてー。
この頃
「大日本帝国」って、呼ばれていましたが
改めて見ると凄い圧と物々しい
感じがします。
+81
-6
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18. 匿名 2016/07/10(日) 20:40:13
ドラマみて好きになったので、少し曲がった知識です。けれど前田利家が大好きです!+14
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19. 匿名 2016/07/10(日) 20:41:21
鎌倉時代が好きだったけど戦国時代が苦手でした。誰がなにをどうしたのかさっぱり入ってこなくて。
そんな私が戦国時代が好きになり知らないことだらけで面白くてしょうがないです。
学校行きたいなぁ。色々聞いたり話したりしたい!+49
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20. 匿名 2016/07/10(日) 20:41:46
日本史のテキストに載ってる人物の顔に、ラクガキしたらめっちゃ怒られた
先生「もし、あなたがラクガキされる立場だったら嫌でしょう?!」
私「元々ラクガキされたような顔なので気にしません」と言ったら黙った+65
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21. 匿名 2016/07/10(日) 20:41:46
>>3
どういうシチュエーションww+3
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22. 匿名 2016/07/10(日) 20:42:17
江戸時代の色々な物が残ってるし、リアリティがあって大好きです。
鎌倉とかまでいっちゃうと、現実味がわかないー+30
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23. 匿名 2016/07/10(日) 20:42:58
旅行に行くといつもその土地の資料館やお城に寄ります。
どんな歴史がある土地なのかを見るのが楽しいです。
友達にそのことを言ったら「勉強好きなんだね!」と驚かれました。
勉強好きじゃなく歴史があるものを見るのが好きなだけなんです。
+53
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24. 匿名 2016/07/10(日) 20:45:33
>>20
いい先生だね+12
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25. 匿名 2016/07/10(日) 20:46:45
マイナスかもしれないけれど、
私自身は、戦国時代はあまり好きではない。
血なまぐさいのは嫌い。
好きなのは、平安時代中期、江戸時代後期、明治・大正時代。
そういう時代にも、多かれ少なかれ、
血なまぐさい事件はあったのだけれどね。+58
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26. 匿名 2016/07/10(日) 20:46:48
>>5
うわあー
そっくりなママの?
うわあー+0
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27. 匿名 2016/07/10(日) 20:52:12
私は江戸以降かな。
日本がリアルに海外に追い付け
追い越せ
の走り回っている時代が特に好きです。
苦手は武将が一杯いる時代は
ワケわからないです。
詳しい人尊敬です。
+14
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28. 匿名 2016/07/10(日) 20:54:53
本当かどうか知らんけど、弁慶は産まれたとき髪と歯が生えた状態で5kgあったってのは知ってる。大学受験の教材の息抜きコーナーみたいなページで見たけど、産むハメになった母ちゃん大変だなって思いながら読んでた。+26
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29. 匿名 2016/07/10(日) 20:58:03
なんとなく歴史が学べる
+57
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30. 匿名 2016/07/10(日) 20:59:56
北条政子は子どものとき、妹に、太陽を袖(懐?)に入れる夢を見た、と聞いて、その夢を妹から買ったらしい。
子どものころに読んだ伝記だから、うろ覚えだけど。+23
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31. 匿名 2016/07/10(日) 21:00:10
リアルにその時代で生活するのは嫌だけど明治〜大正初期が好き。なんか色々情熱的だから。+16
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32. 匿名 2016/07/10(日) 21:01:27
平安時代が好きです
ただ、学校の日本史の教科書はつまらない+54
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33. 匿名 2016/07/10(日) 21:01:40
戦国大名どの人も苦手だな。まあ、人間だから一長一短あるけど。+9
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34. 匿名 2016/07/10(日) 21:01:46
日本史と関係ない人だったかもしれないけど、なんかの学者が「ミステリーはミステリーのままでいいんだよ。謎が解けたら全ての魔法も消えてしまうからね。」って言ってたのがすごく印象に残ってる。
歴史って昔過ぎて現実味を帯びなかったり謎な部分も多いけど、それも歴史の魅力のひとつなんだろうね。+25
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35. 匿名 2016/07/10(日) 21:02:28
>>政宗が他と同年代になってる時点で許せない
某ゲームの忠勝サイボーグ化も許せなかった
史実と時代考証は最低限押さえてほしい…
とかイライラしちゃう
+29
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36. 匿名 2016/07/10(日) 21:03:41
学校で習う日本史と自分で調べた歴史があまりにもイメージが違いすぎて軽くショック受けた。特に戦争系+21
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37. 匿名 2016/07/10(日) 21:04:46
仏像が好きなので天平白鳳とか、飛鳥奈良時代が好きだなあ。
山岸涼子さんの日いずる処の御子は、イメージとは違うけど面白かった。+26
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38. 匿名 2016/07/10(日) 21:05:26
NHKでやってるよね。面白いけど…許せる?
わたしは無理。 許せる+ 無理-+29
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39. 匿名 2016/07/10(日) 21:05:38
大河ドラマも好きで観てますが、どうせ女性主人公にするなら永井路子の小説を原作でやってもらいたいなぁと、いつも思ってます。
10歳の時に観た、永井路子原作の毛利元就は、面白かった!+32
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40. 匿名 2016/07/10(日) 21:08:41
大学受験勉強で、江戸時代から明治大正期はウキウキしながら暗記したので明るいイメージありました。昭和にはいると戦争がすぐそこまで来ている不安な気持ちになった記憶があります。戦国時代は教科書だと頭に入って来ないので司馬遼太郎の小説をいくつか読みました。大学受験が思い切り趣味に走った思い出があります。+19
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41. 匿名 2016/07/10(日) 21:11:16
明治~第二次世界大戦あたりが好きです。
今の自分たちに重なっているところもあるし、なにより戦前の日本人の勤勉さやバイタイリティに衝撃と感動を覚えます。+20
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42. 匿名 2016/07/10(日) 21:11:45
学生時代、勉強中疲れたり飽きたときには休憩がてら日本史を勉強してた!
最早ただの科目ではなく、趣味だった…
+15
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43. 匿名 2016/07/10(日) 21:14:11
シルクロードとの、つながりを仏像や建物に見ると、テンションが上がります。
最近は、京都よりも奈良にハマってます!
カルラ像が好きだーっ!!+26
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44. 匿名 2016/07/10(日) 21:14:23
>>26
乳母でしょう?
信成じゃないよ?+13
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45. 匿名 2016/07/10(日) 21:15:18
好きなら
サラブレッドいなかったこともちゃんと認めましょう
+4
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46. 匿名 2016/07/10(日) 21:16:54
昔から戦国時代が好きで色々調べたり読んだりしてたけど、ふと武士の成り立ちを知りたくなり 平安中期~室町までの流れを勉強しました
未だに戦国時代が一番好きですが、天皇家、公家、武士がごちゃごちゃして 色んな陰謀や策略が渦巻く平安中期も結構面白いです+22
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47. 匿名 2016/07/10(日) 21:17:45
遺跡や歴史関係の記事は割とこまめに新聞に載ってるもので、中1の自由研究で新聞を切り抜いたものをノートに貼りました。
それぞれの背景を簡単にまとめたメモも書いていたら社会科の先生が気に入ってくれて、展示が終わってノートを譲ることになりました。
大人になって改めて漫画日本史買ったり、時代背景考えながらお城や寺社仏閣巡りが趣味だったり。
あと、今は真田丸に夢中です(^_^;)+12
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48. 匿名 2016/07/10(日) 21:19:25
学生時代は大嫌いだったけど、大人になってからお城が好きになった。お城の事調べてるとその時代背景もわかり日本史が今更ながら面白い。
20年くらい遅かった( ; ; )
+47
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49. 匿名 2016/07/10(日) 21:20:35
>>34
色んな説があるのがいいですよね
本能寺の変も、公家の陰謀説や秀吉が黒幕説なんかもあって それがあり得なくもなく…ってことで色々妄想したりあらゆる仮説を立ててみたり。
リアルで語る人がいないので淋しいな~+21
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50. 匿名 2016/07/10(日) 21:22:06
「とはずがたり」だっけ、結構な自由恋愛を京の都で貴族たちが謳歌している時に、同時代の鎌倉幕府はそれなりに大変そうで、歴史を横軸で見る楽しみを知りました。+10
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51. 匿名 2016/07/10(日) 21:23:36
>>45
今で言うポニーくらいのサイズだったんだよね
暴れん坊将軍霞むわw+28
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52. 匿名 2016/07/10(日) 21:25:03
大河ドラマなんて嘘ですから
着物もあんな鮮やかな色のものはありませんでした+17
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53. 匿名 2016/07/10(日) 21:27:52
昼間、小日向さんゲストで、歴代の大河の秀吉役についての番組やってて、
大河が史実じゃないとか何とかてよくガルチャンで言う人いるけど、
こんだけ色々さまざま個性的に描かれてるってことは、大河なんて昔から史実なんて気にしてないだろうと。+19
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54. 匿名 2016/07/10(日) 21:28:14
>>52
まぁ、ドラマだしね。
私は、歴史に触れられるものとして好きですよ~
+13
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55. 匿名 2016/07/10(日) 21:28:18
今になって、日本史好きになりました。
戦国時代が好きです。真田丸も面白いです。+15
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56. 匿名 2016/07/10(日) 21:28:40
暴れん坊将軍は、オープニングで白いアラブ馬に乗ってる時点でアウトだと恩師が言ってた。+29
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57. 匿名 2016/07/10(日) 21:29:08
>>53 私もそれ見ましたー!
+2
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58. 匿名 2016/07/10(日) 21:31:11
血生臭いのが嫌いと言っておられる方が多い?中ですが、私は戦国時代と幕末期辺りが好きです。昔から何故か刀とか見るとテンションが上がってしまう。勝手に前世は武士だったかもとか思ってしまう。学生時代は歴史は苦手だったので今、色々勉強して知る事が楽しいです。+23
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59. 匿名 2016/07/10(日) 21:31:14
馬は蹄鉄もないから
わらじを履かせてたんだよね+12
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60. 匿名 2016/07/10(日) 21:33:31
>>49
前に友達が劇団員で誘われたので見に行ったら、明智光秀が実は女だったって言う演劇でした。
本能寺の変は男女のもつれが原因みたいなw+12
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61. 匿名 2016/07/10(日) 21:33:50
人間臭さも昔ながらの高潔さも好き!
特に高杉晋作と真田信之が好きです!+7
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62. 匿名 2016/07/10(日) 21:34:40
北条政子は頼朝の愛人?の家を滅茶苦茶に壊したって聞いてから怖いDQNとしか思えない。
+16
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63. 匿名 2016/07/10(日) 21:37:46
>>60
それ、ちょっと面白そうですね(笑)
実際の明智光秀も頭がよく和歌を嗜んだ、武士らしくない人物だったらしいし 見たらすんなり受け入れられそうです+12
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64. 匿名 2016/07/10(日) 21:39:06
>>52
それぐらい分かってますがな+3
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65. 匿名 2016/07/10(日) 21:41:47
>>63当代一の教養人とも言われてたらしいですね。だからこそ最後はエキセントリックな信長を許せなかったのかも。+7
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66. 匿名 2016/07/10(日) 21:50:08
うちの旦那が、894に戻す遣唐使、で鎖国してたと思ってた。大丈夫かオイ。+8
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67. 匿名 2016/07/10(日) 21:52:47
移動は徒歩だ、と思えば、京都から須磨が島流し、だというのも理解できる。電話もないし。+8
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68. 匿名 2016/07/10(日) 21:58:45
織田信長です。
あたたたたたたたたたたたたたたたたた!!+4
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69. 匿名 2016/07/10(日) 21:59:28
織田信長です(再)
阿多田多々多々多々他+2
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70. 匿名 2016/07/10(日) 21:59:50
アッカリーン+1
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71. 匿名 2016/07/10(日) 22:04:47
日本史をあまり勉強してしまうと、
時代劇が面白くなくなる、というデメリットがある。
いろいろ矛盾点がわかって。
例えば、女がしゃべりすぎ、出しゃばりすぎなこととか、ね。
時代小説でさえ、
「こんな展開ありかー!」
と思うことさえある。
先日も、
「大名の息女が、家臣に恋して、周囲も巻き込んで猛アタック」
みたいな筋書きがあって、考え込んでしまったよ。+13
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72. 匿名 2016/07/10(日) 22:06:51
日本史好きです!でも日本人から見た日本史よりも、外人から見た昔の日本についての記録を読むのが好きです。カロンの日本大王国志だったりヴァリニャーノの日本巡察記みたいな、侵略目的で来た人が心折られていく過程が笑えますwいや、笑っちゃ駄目なんだろうけどw+18
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73. 匿名 2016/07/10(日) 22:13:50
>>72
そういう視点で見る日本史も面白そうですね!週末図書館行ってこようかな+12
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74. 匿名 2016/07/10(日) 22:23:26
邪馬台国にやっぱり興味ある。あと日本書紀、古事記の第10代祟神天皇、11代垂仁天皇、
12代景行天皇のあたりは実在説が強くなっていて、そのあたりの記述がどこまで事実なのかなとか
すごく気になっている。
古代のことはわからないことが多いから結論なんて出ないけど、それでも最近の発掘調査などで
新たな発見とかあって、もしかしたらとか色々考察するのが楽しい。
+23
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75. 匿名 2016/07/10(日) 22:26:06
私も戦国時代は苦手です。好きな時代は幕末と飛鳥かな、奈良に行くとワクワクするo(^o^)o+8
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76. 匿名 2016/07/10(日) 23:01:45
法隆寺がたった頃、庶民の住まいは竪穴住居に毛が生えたレベルだったらしい。+11
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77. 匿名 2016/07/10(日) 23:06:27
戦争は日清日露日中だってあるから昭和の太平洋戦争だけじゃないんだけどなー。
むしろ明治、大正、昭和と怒涛の時代。
私は古代から近代史まで好きです。郷土史とか調べると色々繋がってたりして面白い。
+11
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78. 匿名 2016/07/10(日) 23:07:00
ここの人たちにおすすめトピ戦国時代の出来事を週刊誌風に紹介するトピgirlschannel.net戦国時代の出来事を週刊誌風に紹介するトピ戦国時代は、好きですか? 戦国時代は、いろんな出来事がありますね。 週刊誌の見出し風にコメントしてください。 \(^o^)/ 驚愕!!織田家の跡継ぎはうつけの信長!! ~俺は天下をとる!信長18歳、徹底解析~
+3
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79. 匿名 2016/07/10(日) 23:07:33
これも(笑)+5
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80. 匿名 2016/07/10(日) 23:08:02
大好きです。
高校時代、日本史を教えてくださった先生かとても面白い話ばかりしてくださったのが始まりです。
過去を知る事はとても大切だと思います。
+8
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81. 匿名 2016/07/10(日) 23:32:28
城跡マニアです。
お墓や宝物館での甲冑や古文書がたまらん。
月山富田城と一乗谷がお気に。
散華した敗者は美しい。+13
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82. 匿名 2016/07/10(日) 23:44:44
学生時代は全く興味がなかったのに、今では室町と戦国時代が好きです。応仁・文明の乱と享徳の乱あたりの各地の情勢を調べるのがマイブームだけどあまり話の通じる人がいなくて困ってます^_^;
幕末あたりも調べれば楽しそうだけど、地元の藩主があまり好きでないのであまり興味が湧きません…。+7
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83. 匿名 2016/07/11(月) 00:03:04
>>3
この人自身は嫌いじゃないんだけれど……『織田信長の子孫』ってところに毎回違和感感じます。だって信長の直系は悉く滅びてるから傍系(しかも信長からかなり遠い)しか残ってないのに。+15
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84. 匿名 2016/07/11(月) 00:07:32
>>14
そんなタワシみたいな奴に負けた子孫が通りますよっと。+0
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85. 匿名 2016/07/11(月) 00:08:23
>>13
井原西鶴は渋いというよりエロくない?+3
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86. 匿名 2016/07/11(月) 00:09:58
日本史好きです!日本史の教科書と資料集は今でも1人暮らしなのに持っています
考え始めると、人物の心情など考えてみたらどんどん面白さが増してきますよね!
アルカイックスマイルも懐かしいです+9
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87. 匿名 2016/07/11(月) 00:18:41
>>18
なら夢を壊してあげよう。
金に汚い前田利家伝説~(史実です。)
お金に汚かった槍の又左(利家の渾名)の話!
・あんまりに金に汚いので、滅多にブチ切れなかった正室の松(芳春院)に『そんなに金が好きなら金壺ごと戦場に行け!』と文字通り金壺ごと城から閉め出されたことがある。
・金に汚いから常に算盤持って予算と残高確認は怠らなかった。
・金に汚いから、幕府の検地(藩の石高決めるため)を誤魔化すためにあらゆる場所に植林しまくった。なので加賀百万石とは言われているが、きっと百万石以上あった。
・金に汚いから、ケチエピソードには事欠かない。しかし彼の死後、各藩が『最凶の金喰い虫(拒否できない意味で)』である将軍の娘が二人も嫁に来たのは痛恨の極みだったと思う。後、名古屋城築城の時も桁違いの金を出さされる羽目になる。+9
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88. 匿名 2016/07/11(月) 00:20:29
>>28
しかも3年胎内にいたという話ですからね。+4
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89. 匿名 2016/07/11(月) 00:24:57
>>30
その話……モトネタは頼朝は元々政子の妹が好きでか妹に恋文送ってて、それを知った政子が妹から着物を買って、妹のふりをして頼朝に近づいたって話がエグ過ぎるから、夢買いという風習(良い夢を買うと自分のものになる)にちなんで妹から夢を買ったから将軍の正室になれたという話にすり替えた話になったんだと思う。+7
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90. 匿名 2016/07/11(月) 00:27:46
>>40
司馬さんは自分の好き嫌いで評価決めるからあてにならないですよ。
自分は再婚決めるのに元妻に助言求めるくらい優柔不断なのに。
+7
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91. 匿名 2016/07/11(月) 00:29:13
>>47
真田丸史実無視じゃない。+8
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92. 匿名 2016/07/11(月) 00:33:07
>>53
いやいや時代考証の人はいますから。
昔は史実をきちんと軸にしてグレーな部分を創作で飾って『こんなことあったのかも』って思わせる演出が多くて面白かったんですよ。
今の『面白けりゃいいでしょ?』みたいな無責任な軸のない創作ドラマではなかったですよ。
大河ドラマ黄金期観て観てください。違いがお分かりになると思いますから。+6
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93. 匿名 2016/07/11(月) 00:40:43
熊本城が崩れたのにはショックです。
+19
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94. 匿名 2016/07/11(月) 01:04:24
会って、話をしてみたい人物
・聖徳太子…本当に実在したかどうかも含めてだけど。
・清少納言…冴え渡る美意識と毒舌の持ち主かどうか知りたい。
・源頼朝…ドライで陰険だと思うのだけど、どうなのかなぁと。
次点で、藤原不比等、役小角。
近代だったら、伊藤博文、与謝野鉄幹。
賢いけれど、面倒くさそうな人が気になります。+10
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95. 匿名 2016/07/11(月) 01:13:29
遠くから眺めたい人物
・一休…変な坊さんだと思うんだ、うん。
・一条帝…それなりにヘビーな結婚事情をどう考えているのかなぁと。
・徳川家康…因業狸親父のイメージ。本田正純、天海とトリオで話しているところが見たい。
次点で、中大兄皇子、織田信長です。
なんかこの二人には速攻で叩き斬られそうだから、遠くからこっそりで十分。+9
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96. 匿名 2016/07/11(月) 01:13:47
私も邪馬台国というか古代史に興味がある。
卑弥呼が70代まで生きてたことにびっくり。
当時の平均寿命が30歳くらいなのに長寿どころの話じゃない。倍以上生きてる。それでも暗殺説があるから自然死だったらもっと生きてたんだろう。
きっといいもの食べてたんだろうな。+9
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97. 匿名 2016/07/11(月) 01:24:26
北畠顕家、楠木正成が好き。イケメンだから。
最上義光のシスコンぶりに笑い、愛娘の数奇な人生に泣いた。
古文苦手だったけど唯一覚えてる「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の割れても末に会わんとぞ思う」は、
何てロマンチックなんだと感銘を受けた。
これを読んだ崇徳天皇に惚れた時期がありました。
歴史を通して自分が惚れっぽい人間だと分かった。+11
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98. 匿名 2016/07/11(月) 04:22:51
>>89
…政子、怖えーよ…+10
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99. 匿名 2016/07/11(月) 05:19:13
平安時代が好き。特に十二単が好き。ただ本当かは知らないけれど、十二単が重すぎて貞子のように這って移動したり、歯はお歯黒で眉は剃ってる上から描いてると聞いてから、その現場を見てみたいと思ったことがある。
後、お風呂やトイレはどうしてるのかも気になる。+9
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100. 匿名 2016/07/11(月) 05:21:36
明智光秀とその娘の細川ガラシャ(細川玉)がドンナ人なのか興味ある。細川ガラシャは外国の方が人気があるらしく、大変美人だったみたい。+10
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101. 匿名 2016/07/11(月) 05:37:53
>>98
政子、平家打倒の祈願のために鎌倉にある鶴岡八幡宮に池作って平家池って名付けて池の中に4つの島を配置して……4=死という言葉遊びで『平家死ね。さっさと逝け(池にかけた?)よ』ってリアルに呪ってましたからかね。鶴岡八幡宮のパンフレットに書いてたから100%間違いない話。(公式公認)元をただせば……政子の実家も末端とはいえ平氏なんだけれど……血筋的に。
後、政子があそこまで嫉妬深いのは自分の実家の身分が低いから&頼朝がところ構わず手を出しまくって自分より身分の高い女性に手をつけられたら正室の座を奪われかねないからです。あの時代は先に嫁いだ順番ではなくて、後からだろうが先だろうが実家の身分が高い人間が正室というルールがあったので。
+12
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102. 匿名 2016/07/11(月) 05:43:16
>>99
這ってというか膝を使って移動していたみたいです。
お風呂は月1回の蒸し風呂(サウナ)なので消臭をかねて御香が発達。髪も月1で米糠を溶かしたもので洗髪していました。昔の女性は髪が長いからちょっとした一大行事。
トイレは男の人は竹筒の携帯トイレを持ち歩き(小の方)大は男女ともに砂の入った箱にして捨ててました(女性は大小ともに箱の中)+9
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103. 匿名 2016/07/11(月) 05:49:29
>>100
ガラシャに限らず明智家はルイス・フロイスが『ヨーロッパの王公貴族のように優雅な風貌の一家である』と評したように桁違いの美形一家だったのは間違いないと思います。
後、海外で人気が出たのはガラシャの生涯をオペラにしてヨーロッパ諸国で上演されたからです。+9
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104. 匿名 2016/07/11(月) 05:55:35
>>52
鶴岡八幡宮に最古の十二単(平安時代?)と言われる装束が奉納されていて宝物館に展示してあるのを拝見しましたが……色鮮やかでしたよ。
一般庶民は地味な生成りだったかもしれませんが特権階級や裕福な家は色鮮やかな衣装を身に付けていたのかもしれません。
真田丸で、信濃のイチ国人にすぎない真田昌幸の正室 の薫があんなド派手な衣装を身に付けているのはあり得ませんが……後、キリや梅の着物の色も。+8
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105. 匿名 2016/07/11(月) 06:11:32
血生臭いのを嫌がっても我々大和民族の歴史は……この小さな島国で800年間同族、外国問わず殺し合いをしてきた戦闘民族なんですが……。+8
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106. 匿名 2016/07/11(月) 07:43:05
明治時代の華族とか上流階級の人達の写真を眺めるのが好きです。
そうではない一般の人達の生活、文化にも興味があります。
+9
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107. 匿名 2016/07/11(月) 08:39:57
>>28
産まれた時髪の毛あるよね?
歯もまれに生えてる子いるよ!+3
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108. 匿名 2016/07/11(月) 09:36:25
>>48
墨俣城ですね!
以前近くまで行きました〜。+4
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109. 匿名 2016/07/11(月) 09:43:34
>>76
江戸時代末期~戦後まで、末端の農民は縦穴式住居と似た住居に住んでいました。きちんと床と土間がある家は富裕層だったようです。
貧富の差が激しい。+4
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110. 匿名 2016/07/11(月) 09:49:50
>>94
その前に言葉の壁があるから古語に精通してないと難しいと思います。
後、小角は険しい山岳地帯にいることが多いし、下手したら中国にいるから会える確率は1番低い。頼朝は、伝が出来て『ちょっと美人がいるんだが』的な噂を流してもらえば、向こうから勝手に来てくれるけれど……その時は貞操と命(政子襲来的な意味で)の危機は覚悟しておいた方がいい。+7
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111. 匿名 2016/07/11(月) 09:51:45
>>107
弁慶の場合は母の胎内に3年間いたから。だからだと思う。+4
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112. 匿名 2016/07/11(月) 11:11:35
大河ドラマや時代劇観てると、自分の中でのイメージが固まっていって、
自分なりのキャスト選びたくなりませんか?
幕末なら
坂本龍馬は内野聖陽(JIN)
徳川慶喜は小泉孝太郎(八重の桜)
土方歳三は山本耕史(新選組!)
高杉新作は伊勢谷友介(龍馬伝)
勝海舟は小日向文世(篤姫)でも武田鉄矢(龍馬伝)でもないんだよなー。
西郷隆盛は阿部寛が体重増やしてやってくれないかなー。+4
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113. 匿名 2016/07/11(月) 12:09:23
>>9
めっちゃわかる
イケメン化せんでもかっこいいわーーー!!!!って思った
+1
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114. 匿名 2016/07/11(月) 15:19:22
私立の中学・高校で社会科を教えていました。
専門は日本史です。
(今は、教師を辞めて他の仕事しています。)
教員やってた頃、縄文時代からスタートしていくことに悶々としていました。
出来ることならば、現代からスタートして、昭和⇒大正⇒明治⇒江戸…と、時代を遡っていく教え方をしたいと思っていました。
そうすると、今、起こっている事態の一因が過去にもあったり、時代を経てもなお同じことが繰り返されていることを実感できたりして、歴史が繋がっているということが分かりやすいからです。
年号や事件名だけを暗記するのではなく、なぜ、それが起こったかを推理小説を読み解くように謎を解いていく授業のほうが、生徒も関心を持つと思います。
でも、現実は無理ですね(笑)。限られた授業時間で、教科書に沿って教えなくてはいけないので。
+10
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115. 匿名 2016/07/11(月) 16:27:00
>>112
高杉晋作は160cmだから伊勢谷さん(180cm)はキツイと思う。身長差のある人物と並んで撮影出来ないから。+4
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116. 匿名 2016/07/11(月) 17:01:17
>>104
史実はわからないけど真田丸の設定だと薫は京の公家系の出らしいから、若い娘時代の着物をそのまま着てるんじゃない?
化粧も濃いし、娘気分の抜けない人設定なんじゃないかな?+3
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117. 匿名 2016/07/11(月) 17:13:41
>>116
信濃のイチ国人にすぎない昌幸に、上司の信玄公の正室の三条の方とほぼ同格の家柄の出自である公家の娘が嫁に来るメリットがお互いないので、近年は昌幸の正室は公家の娘というのは否定されつつあります。昔の結婚は家の格が重視されてほぼ実家と同格が結婚の指標でした。
昌幸の正室は、三条の方の輿入れに着いてきた侍女(not貴族。貴族でも下級貧乏貴族)か国人の娘というのが最近の有力説。
真田丸で薫が公家出身という風にしたのは、池波先生の真田太平記(名作)のオマージュだと思います。(池波先生の時代は昌幸の正室は公家の姫というのが有力説でしたので)+4
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118. 匿名 2016/07/11(月) 17:13:57
>>114
近代史は3学期の最後になって「あとは読んどけよー」と、駆け足で進んで、まともな授業は受けたことがない。+3
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119. 匿名 2016/07/11(月) 17:25:53
結婚が出てきたので……。
戦国時代に限らず昔の結婚は実家とほぼ同格でないと話にもならなかった。
今の恋愛結婚からしたら、顔も知らない相手に嫁がされるなんて悲惨!という風にとらえられがちだが……可愛い手塩にかけた娘を今の暮らしより不自由させないように親は婚礼に関しては細心の注意を払っていた。
娘たちも娘たちで
娘A『ちょっと聞いてよ!私の結婚相手決まったわよ!○○さまのところの御嫡男の△△さま!』
娘B『きゃー!お姉さま凄い~!○○さまと言えば殿の覚え目出度い代々家老の家柄ではありませんか!お金持ちなんでしょ?』
娘C『お父様とお母様ったらずいぶん頑張ったわね!私達の時も期待できるわね!お姉さま!』
みたいな婚家の格が自らのスティタスになるのでスイーツ大河お決まりの『好きでもないのに嫁ぎたくない』という発想はなかったと思う。
格が同じで同い年位の男女の子供がいる家同士はで、親が仲良かったから話はもっとスムーズだろうし。
婚家も婚家で嫁は大事な家と家の楔なので、それなりに気を使ってくれたから、扱いは粗末ではなかった。(徳姫と築山殿の例がありますが)+8
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120. 匿名 2016/07/11(月) 17:27:49
>>118
読まなくて良いですよ。合ってるの年号だけでほぼ嘘で塗り固められているから近代史。
近代史は教科書から学ぶんじゃなくて、自ら資料を探して学ぶものです。+3
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121. 匿名 2016/07/11(月) 17:53:17
>>114
でもコレは教えられる方に歴史の知識が一通りあって、歴史は流や法則があるって知ってる子じゃないと逆に混乱すると思う。+2
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122. 匿名 2016/07/11(月) 18:27:10
血生臭くて謀略ばかりですが、群雄割拠の戦国時代が好きです。
学校では応仁の乱は畠山氏と山名氏の家督相続争いが原因って習ったのに、大人になって日野富子のせいと知って驚いた。
日野富子は日本三大悪女の中でもトップクラスの悪女だと思う。+3
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123. 匿名 2016/07/11(月) 18:55:36
>>119まあ一般庶民だってつい最近まで玉の輿なんてほとんどなくて家と同格の家との結婚だったしね。
軍人の結婚は陸軍軍人なら陸軍大臣の許可が必要だった。家の格など考慮されたと思われます。+4
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124. 匿名 2016/07/11(月) 19:09:18
>>120
だから授業しなかったのかな。年と用語を確認するだけって感じで、するするっと速やかに終わった。+3
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125. 匿名 2016/07/11(月) 19:11:22
>>121
高校の先生なんじゃない?小、中で一通りやるじゃん。+0
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126. 匿名 2016/07/11(月) 20:53:44
>>125
テスト終わったら忘れる子が多いから、覚えてないと思う。+0
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127. 匿名 2016/07/11(月) 21:02:46
>>112
西郷ドンは史実は長身の美男子ですよ。
本人が大の写真嫌いで写真残ってないから従兄弟の大山巌をモチーフに作られたものが皆に知られた西郷ドンの姿になっていますが……実物は証言によれば長身の美男子だったようです。
ちなみに女の趣味はややぽっちゃりの不細工好き。+2
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128. 匿名 2016/07/11(月) 21:19:08
>>119
良くスイーツ大河で恋愛結婚至上主義みたいなのあるけれど……なかなか離婚出来ない事情を鑑みても、政略、見合い結婚の方がはるかに離婚率は今に比べて低かったと思う。
歴史上で恋愛結婚した政子や寧々も離婚はしなかったけれど夫の女性関係に苦労してるし。+3
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129. 匿名 2016/07/11(月) 21:21:44
側室や妾は実は自由には選べなかった。
必ず正室にお伺いを立てないと側室や妾は持てないことがほとんどだった。
何故なら正室の実家は有力者が多かったから。
後、側室といっても使用人みたいなものなので、正室が管理監督しなければならなかったから。+3
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130. 匿名 2016/07/11(月) 22:10:26
真田昌幸の正室は公家に仕えてた家の娘という説が一番有力じゃないかな?
石田三成の妻の姉妹で信濃の尾藤氏の娘って説もあるけど、尾藤氏が遠州堀川城で徳川家康に抵抗して酷い殺され方をしたから、大河は尾藤氏説取ってくれたら、来年の大河に繋がると思ったんだけど…堀川城って井伊谷の近所なんだよね。+2
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131. 匿名 2016/07/11(月) 22:46:24
縁切り寺として有名な東慶寺を建てたのは北条時宗の正室。何かあったんですか?旦那さん(時宗)とと勘繰ってしまう。+3
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132. 匿名 2016/07/11(月) 23:26:38
>>38
小6の息子がめっちゃハマってる。
毎週録画して繰り返し見てる。
歴史に興味をもつきっかけにはなってるからいいかな。+1
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133. 匿名 2016/07/12(火) 01:14:25
平氏は渡来人だったらしいけど、確かに子孫は目の色が薄くて端正な顔立ちが多い+3
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134. 匿名 2016/07/12(火) 01:42:55
>>133
平家の子孫ですが……別に目の色も薄くないし(ただ黒目に周りの淵が紺色に近い青だったりする人もいますが)、顔立ちも端正ではないですよ。
人種による顔の比率に詳しい人が言うには、ウチの一族はバービー人形の顔の比率と似てる人が多いらしいですが(日本人離れ的な意味で)+3
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135. 匿名 2016/07/12(火) 01:47:26
歴史好きだが江戸時代以降は興味なし。+1
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136. 匿名 2016/07/12(火) 06:49:00
>>134
知り合いの方達も、確かにバービー比率だわ!
新たな情報ありがとうございます(^^)
日本は多民族国家ですが、平氏はイケメン揃いだったらしいですね。歴史ミステリーのテレビ番組で言ってましたよ。
皇族や秦氏や平氏がどこから来たか、DNA検査で決着付けてほしいです。+3
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137. 匿名 2016/07/12(火) 09:49:11
現代からさかのぼるっていうのは面白いと思うし、歴史は政治の結果なんだから、若い人が政治に興味を持つきっかけともなる。
ただ、やはり、現代の思想・信条と直結しやすいから、現代史・近代史は教えにくいのかもね。
右派とか左派とか、政党政治とか、そのあたりから、安保闘争⇒太平洋戦争⇒富国強兵⇒明治維新みたいな感じなんだろうけどさ。
大人になって時間に余裕があるのなら、そういう歴史の授業は受けてみたい!!
+6
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138. 匿名 2016/07/12(火) 10:20:17
関東日本王国はどうなったんだろう?
『旧唐書』によれば「日本国は倭国とは別なり。日の出る所に近いので日本となった。」
倭国とは別に日本国ってのがあったんだね。
王の墓の石工技術は、現代の技術をもってしても作れるようなものではなく、出土した太刀のデザインはメソポタミア文明のものだとか。
興味津々です ゚ ゚ ( Д )+7
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139. 匿名 2016/07/12(火) 19:18:44
>>129
奥のことは奥で決めるのが慣習だよね+3
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140. 匿名 2016/07/12(火) 19:19:52
>>136
でも宮内庁発掘禁止してるよね+4
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141. 匿名 2016/07/12(火) 19:22:19
>>52
嘘って言い方がなんかな
ドラマは娯楽だから綺麗な着物を楽しみたいじゃん
そんなのみんなわかってるよ+4
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142. 匿名 2016/07/12(火) 21:07:46
>>134
知り合いが平家の末裔だけれど、確かにその一族に不細工はいないわ。並~美形だけ。平家の美形DNA強い。+2
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143. 匿名 2016/07/12(火) 21:10:27
>>140
宮内庁関係ではありませんが、静岡県の久能東照宮に家康公の全身遺骨がありますが……こちらは神格化されているから発掘調査出来ませんね。
もし調査出来るなら死因から家康公の全身、顔の造りまですべからく判明するんですが……。+3
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144. 匿名 2016/07/12(火) 22:13:11
>>140
宮内庁発掘禁止って、地下道があるからですか?
まさか‼
核シェルターがあったりして!Σ( ̄□ ̄;)+1
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145. 匿名 2016/07/12(火) 22:24:09
>>144
いやただ単に畏れ多いのと、空気に触れずに発掘する方法がないからだと思うよ。
最近、古墳見つけても無闇に開けないのは中の遺物が劣化せずに発掘する方法がないからだし。
+3
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146. 匿名 2016/07/12(火) 22:56:45
蝉の鳴き声を聞いたので……。
トピずれ、ちょいホラー?
知人がある武将のファンの友人と武将の所縁の地に行った日の夜。明け方……その知人がうなされて目覚めた。
目覚めた理由はひどく嫌な夢を見たから。
知人は女性だが、夢の中では男性で武者であり鎧甲冑を見にまとい、馬を駆り山中を目指した。彼の主君が戦に負けたが、彼が交渉役になり主君の助命に成功したため、その知らせを山中に落ち延びた主君に知らせるために彼は馬を走らせた。
途中、馬を乗り捨て主君がいる山中に分けいり辿り着いたが……時すでに遅く、主君は妻子共々自害して果てた後だった。
介錯を勤めた同輩(同僚)が『今しがた……』と言い、それを聞くや否や彼は『間に合わなんだか!』と泣き崩れた。
知人はそこで目覚めて、自分の頬が濡れていることに気付いた。どうやら寝ながら泣いていたらしい。起きた後も単なる気味の悪い夢である筈なのに、喪失感を抱えたまま朝を迎えた。
そして、知人は友人に連れられ武将の所縁の地を巡るが……初めてきた場所なのに……ひたすらに懐かしい、見に覚えがある景色だと気付き違和感を覚えた。
やがて、武将の最期の地に来た時。
知人は、武将の最期の地にある立て札の説明に驚愕する。
武将が自刃した日は、知人たちが訪れた日の明け方で……後から調べて分かったことだが、当時の明け方の時間が、知人が目覚めた時間とほぼ同時刻だったらしい。
そして、夢で見た武将と妻子が自刃した並び方がほぼ立て札の説明と一致していたという。
知人はもちろん、武将のことも知らなかったし、武将の所縁の地にも来たことがなかった。
それにも関わらず、武将が自刃した日の明け方にその夢を見た……その意味は……。
武将の墓の前に来て……知人はただひたすらに悲しく申し訳ない気持ちになり涙が止まらなかったそうです。
生まれ変わりってマジであるかもと私が思った話。仏教では人は300~600年周期で生まれ変わると言うし……。
武将の時代と知人が生まれた時代を差し引くとほぼ500年前に当たるので。
後、知人は7才くらいまで何故か右から文字を書き、両親共に生粋の日本人なのに、日本語で話しかけられても何を言われているかが分からず、時々『何でこんな知り合いもいない、知らない場所に来てしまったんだろう』と思うことがしばしばあったそうです。迷子になってもひとりで帰ってきたり、家族すら中々信じずに子供らしくない子供だったとのこと。7才以降は普通の子供に戻ったらしいです。
信じるか信じないかは貴女次第で+3
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147. 匿名 2016/07/13(水) 06:21:10
>>145
ありがとうございます!
遺跡の劣化は深刻な問題だけど、真実が知りたくてたまらん~(・ω・)+2
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148. 匿名 2016/07/13(水) 14:41:02
>>101
鶴岡八幡宮と言えば 3代将軍源実朝を暗殺した公暁が隠れていたという伝説から「隠れ銀杏」とも呼ばれていた大銀杏。
あの樹齢1千年といわれる銀杏の木が数年前に倒れてしまいましたよね。
ああいう歴史を実感出来るモノが無くなったのは、なんか地味にショックでした。+5
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149. 匿名 2016/07/13(水) 18:39:52
>>148
あ、それ移植されて倒木した横で頑張ってますよ。まだまだ生きれます!って姿が見る人を励ましています+3
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150. 匿名 2016/07/13(水) 18:40:36
>>147
劣化したら真実も知れないから……未来にお楽しみにですね。+3
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151. 匿名 2016/07/13(水) 22:58:45
>>150
そうですね、生きている内に是非とも見たいですよね( 〃▽〃)
>>146
私は信じます!
妙にリアルな夢を見たら気になりますよね。+3
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152. 匿名 2016/07/15(金) 17:00:57
平氏はエジプトにいた?
日本では北極星を『子(ね)の星』として北辰と呼ぶ。十二支で『子』は北の方角を示し、『辰』は龍だ。中国で北極星は天帝の星とされる。
坂東平氏は北辰妙見信仰が知られている。
赤穂の妙見寺は大避神社の神宮寺であり、同神社の祭神である秦河勝とは縁が深いらしい。(平氏=秦氏もあるかも?)この妙見寺の観音堂の屋根は4枚の三角形を合わせたピラミッド形だが、エジプトのそれと方角をおなじくする。
ギザ大ピラミッドの星にまつわるミステリーをご存知だろうか。
オリオンミステリーが有名だが、ピラミッドの中の北向に作られた通路は北極星を示している事も知られている。北極星は現在、小熊座α星だが地球の歳差運動により紀元前11500年頃はこと座のベガになる。実は北辰妙見はこの事を知っていたのではないか。なぜなら北辰は十二支の一つ“子”であるから、信仰が伝わった時点は「子の時代」だったに違いない。
古代エジプトでは際差運動で変化するオリオン座アルタニクの南天における高さを観測していた。坂東平氏の九曜紋だが、陰陽で考え白抜き部分を見るとオリオン座が空を廻る軌跡が見えてくる。
話が長くなったが、エジプトと坂東平氏のつながりが見えた気がする。
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153. 匿名 2016/07/15(金) 18:56:51
平家は先進的な物の考えと知識があり、日食と月食がただの天体現象だということを知っていた。世に言う源平合戦中に日食があり、源氏方は天変地異とビビッて逃げ出したが、平家は天体現象と知っていたから微動だしなかったらしい。
それでも何で負けたかが謎。+1
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154. 匿名 2016/07/15(金) 23:54:08
源平合戦とは名ばかり、その実は西の平氏と東の平氏の覇権争い。
鎌倉幕府の執権は北条氏で平氏だったから( ;∀;)
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理(ことわり)をあらわす(祇園精舎の鐘の音は「世の中に不変はない」と言っているように聞こえる。沙羅双樹の花の色は、盛んな者は必ず衰えることを表している。思い上がった者は長く続かない)」
この一文が胸に染み入る。+2
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155. 匿名 2016/07/16(土) 03:33:57
>>154
平家物語の序文が出てきたので……。
実は祇園精舎には鐘はなかった。
そして、沙羅双樹も日本の沙羅双樹とインドの沙羅双樹は同じものではなく、平家物語の沙羅双樹は朝に咲き一晩で花が落ちる夏椿のことを指していた言われている。
後、平家物語では清盛が短気強欲、独裁者的に書かれているが有名な殿上事件(詳しくは個人でくぐってね☆)で、孫が恥をかかされたとして仕返しをしたのは清盛であると書かれているが、実際仕返しをしたのは清盛の子の重盛であり、清盛は重盛が仕返しした後にその事を知り、彼が仕返しした公卿に謝罪をしに出向いた。
平家物語では清盛が悪で、重盛が善であると書かれがちで重盛が生きていたら平家はああならなかったと言われるが……実際の重盛は若い頃か清盛が心配になるくらいに短気で猪突猛進な人物だった。
また、平家は身内すら些細なことであっても容赦なく殺す時代に、身内や部下を殺すことはなかった。当時の研究家からも「非常に人間的に優しい人が多い一族」と言われる位に穏和で、清盛も部下を尊重していたので非常に慕われていた。(源氏はすぐに身内を殺しまくるから、結果的には3代で滅亡して、政子の実家の平氏筋である北条に乗っ取られた)
また今の神戸港を埋め立て作る際に、工事が進まないから「人柱を立てましょう」(工事の無事を祈って人を地中や海中に埋めたり、沈めたりするのは当時の常識だった。そして、人柱にされるのは大体あの当時の命も人権もない、使い捨てて当たり前とされていた庶民だった)と進言された際も、清盛が「人の命をなんだと思っているのだ!」と逆に一喝し、経文を書いた石を沈めて工事を成功させている。
また、敗将の遺児など殺して当然という時代に義朝の子供たちを殺さずに流罪、仏門にいれるなどして助命している。平家滅亡のトドメをさした義経に至っては、彼の母で義朝の愛妾の常磐ともども鞍馬寺に入るまで面倒見たりしていた。(世間では常磐を長いこと囲いものにしたみたいに言われるが、実際は1~2年で、そこそこの身分の公卿と再婚させて仲人までしてあげた)
「平家にあらずんば人にあらず」という言葉も言ったのは清盛の継室の時子の弟の平時忠だけであり、清盛を始め一門の誰もそんな傲慢なことは言ってなかった。
平家物語では悪逆非道に書かれている清盛だが、個人的には平家の敗因は「人が良すぎた」ことじゃないんじゃないかと思う。
だって歴史って……勝者が作るから実際とズレはあると思う。+1
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156. 匿名 2016/07/16(土) 04:04:12
敵の総大将 頼朝すら惚れさせた平家イチのイケモテメン平重衡の魅力。
・天皇、内親王、宮中の女房すべてが彼のことが好きといっても過言でない位に好かれていた。平家が都落ちした際に別れの挨拶に来た重衡に全宮中が泣いた。
・男女ともに「美形の宝石箱やあ」と言われていた一門の中でも群を抜いて、とにかく顔と姿形がいいと言われていた。彼が宮中に出仕したら宮中の女房たちが一目彼の姿を拝もうと皆、仕事そっちのけでソワソワしだすレベル。
しかも彼もキレイな人にも、そうでない人にも分け隔てなく平等に優しく気さくに接するから宮中が〈重衡フィーバー〉みたいになってた。育ちが良くて名門で、その上性格良くて気さくって……揃いすぎやろう!。
・ちなみに琴が抜群に巧かった。巧すぎて聴きそびれた頼朝が聴きそびれたことを悔しがった位に巧かった。
・高倉天皇が退屈していたので強盗のふりをして高倉天皇を楽しませた。良いとこのボンボンなのに人を楽しませるなら泥棒のコスプレもい問わないサービス精神の塊だった。ただいるだけでチヤホヤされるのに。
・壇之浦で生け捕りにされて鎌倉に護送された際も堂々としていたため、頼朝の方がかえって気圧された。
・敵だらけの鎌倉の中にあっても、彼の世話係に派遣された千手の前という女性が瞬時にメロメロになってしまう位に重衡のイケモテメンっぷりは健在だった。そして、頼朝をはじめ鎌倉中が重衡にメロメロだった。
・なので捕虜の割には、かなりの厚遇で「平家死ね」と鶴岡八幡宮中に打倒平家のための呪い池を作る位に平家嫌いの頼朝の正室の政子ですら重衡には非常に気を使った。派遣された千手の前は政子の元侍女。
・あんまりにも重衡が魅力的過ぎるから「生かしといてもいいんじゃないかなあ」と頼朝も政子も思っていたが、奈良で大仏誤って重衡が焼いてしまった件で怒り心頭の奈良の僧侶たちに「重衡渡さんかいゴラッ!」と凄まれ渋々、重衡を引き渡すことになった。
・奈良の僧侶たちにより重衡斬首。重衡が斬首されるために鎌倉から奈良までの護送に千手の前が着いてきて、重衡に感謝と強く生きるように言われたが重衡斬首後、間もなく千手の前は嘆き悲しむあまりに病死してしまった。鎌倉から奈良への護送が決まった時、勿論、全鎌倉が泣いた。
・重衡は奈良護送の途中で正室に会い、強く幸せに生きるように、ならんなら再婚してもいいと彼女に言ったが、重衡命の正室は勿論、迷いなく仏門に入り生涯を重衡の供養に捧げた。
とにかく誰からもモテた平重衡のはなし。+2
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157. 匿名 2016/07/16(土) 17:02:34
>>155
清盛って尊敬できる人だったのね( ω-、)
勝者の歴史、都合よすぎだろ~って思った。真実マニアとしては許しがたい嘘。
それにしても平重衡のイケモテぶりはたまらんのう(笑)
ところで広島の厳島神社は清盛が建てたけど、大鳥居の島木のエンド東に「日紋」、西に「月紋」がある。写真↓
7fa 厳島神社・大鳥居(概説)masuda901.web.fc2.com7fa 厳島神社・大鳥居(概説)いつくしまじんじゃ おおとりい厳島神社大鳥居 厳島神社の大鳥居をいままで何回となく見ていても何となく見ていただけでした。海面に、自然の重みで立っている事も何となく知っていましたが、観光客に説明していたガイドさんの話を横...
実はこれがメソポタミアにつながるのだ!
文章力が低いのでコメントしても伝わらないかもだけど、頑張って頭の中の情報をまとめてみます( ロ_ロ)ゞ+3
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158. 匿名 2016/07/16(土) 18:45:26
>>156
訂正と追加。
・重衡が捕らわれたのは壇之浦ではなく一ノ谷。
・重衡が得意なのは琴ではなく笛と琵琶。おまけに声も良かった。
・「重衡引き渡さんかい!ゴラッ!」と凄んでいた奈良僧侶ズだったが、いざ重衡を前にすると斬首するのが惜しいくらいの美形で後悔したが、重衡本人が死を覚悟して「さあ、スッパリやってくれてかまわない」状態で、もうどう考えても斬首するしかありません本当にありがとうございました状態なので泣く泣く斬首した。勿論、例外なく全奈良が泣いた。
ちなみに重衡の最期に面会して法名授けたのは法然上人。
+2
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159. 匿名 2016/07/16(土) 18:46:03
>>157
期待してます。頑張って☆+1
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160. 匿名 2016/07/16(土) 22:25:52
重衡の死は破壊力があるわね(TдT )
応援ありがとー+2
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161. 匿名 2016/07/16(土) 22:53:51
鳥居は外国にもある(○_○)!!
実はジェームズ・ロリンズ『ウバールの悪魔』に“トリリトン(三石柱)”に関する記述があった。
この3つの石は伝統的に古代の三神「サーダ(月神)」「ヒルド(日神)」「ハーバ(明けの明星)」なのだそうだ。この三神は時代や場所により違ったりするが、小説では聖書の時代のメソポタミア地方での神々だ。
世界のほとんどの文化では太陽が最高神だが、アラビアなどの砂漠地帯では月の神が最も崇められる。猛暑の砂漠地帯では太陽は命を脅かす情け容赦ない存在。なので、月のサーダがその冷たさ故に最も崇拝された。+1
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162. 匿名 2016/07/16(土) 23:13:48
月神サーダ
月は雨をもたらすとされ、三日月型の角を持つ雄牛の姿で表現される。月の4つの相は「イル」「イラー」と呼ばれ、年月を経て「神」の意味になった。ヘブライ語では「エル」「エロヒム」、アラビア語では「アラー」。月が最高神だったのだ。
歴史ミステリーで教わったのだけど、シュメールの都市「ウル」は“牛”を意味するらしい。西の彼方の国はサーダを崇めていたのだろう。
“サーダ”をヘブライ語的に考えて…つまり母音無しの子音のみで他の単語に置き換えると、“ソード(剣)”になる。この剣は雄牛の角と同じ三日月型に違いない。+1
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163. 匿名 2016/07/16(土) 23:49:22
日神ヒルド
トリリトンでは東西ラインに平行する石柱。
小説では“日神”とされていたが、ヒルドは北極星だと私は思う。
という事は“北辰ヒルド”になるのかな(汗)
“ヒル”は“蒜”、つまりニンニクの事。ニンニクを小分けにせず横に切ると、坂東平氏の九曜紋になる。また小分けにすると、“勾玉”の形になる。
『古事記』の葦舟で流された“ヒルコ”は“蒜子(ニンニクの小分け)”。際差運動で北を示す星は廻るので、一粒では不完全だとしたのだろう。+1
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164. 匿名 2016/07/17(日) 01:03:27
明けの明星ハーバ
明けの明星は、明け方の東~東南の空に見ることができる。
よってトリリトンでは東の石柱になる。
“サーダ”と同様に“ハーバ”もヘブライ語的に考えてみると、“ハブ・ヘビ(蛇)”、“ハハ(母)”、“フボ(父母・道祖神?)”。何より日本の古語で“ハバ”は蛇である。アラハバキと関係あるのかな?
インド神話で、自らの尾をくわえて輪の形になっている世界蛇アナンタ。この丸い形は鏡(カガミ・蛇身…カガは古語で蛇)である。
おや?厳島神社の大鳥居の東は“日神”ではなかろうか?
ミステリーですよね。
日本には山岳信仰や歳神など蛇信仰が存在していた。
思うに天岩戸事件で“明けの明星”→“太陽”へと神が変化したのではないかと思う。その証拠に天岩戸神社の側には八大竜王神社がある。もしやアマテラスは櫛名田比売だったのか?
そして八大竜王・ヤマタノオロチは旧北辰妙見勢力だったのか?
そしたらスサノオは日月信仰をもたらした事になる。ちなみに秦氏の“ハタ”はサンスクリット語で解釈すると“ハ”は太陽で“タ”と合わせて陰(月)陽(太陽)を表し、対になるものを統合することを意味する。
ここでは「スサノオ=秦氏」の可能性が出てきた。+1
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165. 匿名 2016/07/17(日) 01:47:31
以上、三柱神を説明してみたが…
西・東西・東
月・北極星・明けの明星(後に太陽)
サーダ・ヒルコ・ハーバ
ソード・ニンニク片・蛇
剣・勾玉・鏡
なんと鳥居は最後に『三種の神器』になってしまいました!
実はこれ、ユーラシア大陸にかかる大鳥居なのです。
西国Nipp ウルから東国Nippアンにかかるトリリトン。シュメールの宗教都市nippurは滅びてしまったけど、nippan(日本)の姉妹都市だったのね。
東西ラインの都市もNippが頭に付く名に違いないと思ったら、あった!Nippアアル『ネパール』。アアルはエジプトで楽園とされる地である。この辺りは日本人とDNAが近い訳だ。
鳥居の向こうは黄泉の国。神社には裏山があるが、ネパールの北にはヒマラヤがあり、チベット僧がいる。
北辰妙見信仰の総本山だろうか。+1
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166. 匿名 2016/07/17(日) 06:17:59
Nipp とは何ぞや?
恐らく海神かと。ネプチューンのNippではないか?
ネパールが“アアル”としたが、ここはアアルに至る道しるべなのだと思う。
アアルは太陽が昇る東に在り、永遠のナイル川三角州の土地の様な葦原で、狩猟ができ魚を捕り永久に暮らせる理想の霊界の土地とされる。正確に言えば、アアルは島が連なりトウシンソウ(い草・畳の素材)が繁る野であり、オシリスが住む恵みの野として知られ、エジプトではSekhet Hetepet(平和の野原)と言われる。トリリトンの東は日本である。
またアアルに行くには“最期の審判”をクリアしなければならない。
女神マアトの「真実の羽根」を天秤の一方の皿に、他方の皿に死者の心臓を置き天秤に掛け心臓が軽く釣り合いがとれれば、長く危険な旅を経て永遠の楽園であるアアルに至ることが出来る。古代エジプト人は死者の霊は心臓にあり、生前の悪事は心臓に染み出て残ると考えた。悪事をはたらき心臓が重く釣り合いがとれない場合は霊が宿る心臓はアメミットに貪り喰らわる「第二の死」の裁きを受け、霊はアアルに至る事は出来ない。
天秤の審査を経た霊はアアルに着くまでの長い旅の途中に多くの危険に遭遇する。アアルに着くと一連の関門を通らなければならず、神への供物の数量に従い或る者は15、或る者は20箇所など幾つかの関門を通過する。此所を刀を持った悪霊に護られながら通ると言われる。死者の書にはアアルに至るまでの危険回避や対処の指南も書かれた。
ユダヤ人の東国への憧れはここから来たのだ。
旧約聖書『民数記』は最期の審判の話かもしれない。
こうしてメソポタミア近辺で東国へ向かう人々が増えたのである。+2
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167. 匿名 2016/07/19(火) 01:34:31
>>166
お疲れ様!すごい勉強になりました。ありがとうございます!いや……歴史にもしかしたらはないと言いつつも、やはりロマンは捨てきれませんね。興味深い!+2
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168. 匿名 2016/07/19(火) 11:34:52
ありがとうございます(*TーT)b
初めてまともに説明ができた~。
月のサーダは三日月型の角を持つ雄牛の姿で表現されますが、坂東平氏が信仰する北辰妙見菩薩は剣をサーダ同様に額にあてがっているものがある。
このユーラシア大陸にかかる鳥居は、日本への道筋だったのだろう。涅槃という言葉があるが、元々の意味は心の安らぎ、心の平和によって得られる楽しい境地だそうだ。
涅槃はタイ語でNípphaan。日本は多種多様な人々が集まり、仲良く暮らせる国を目指していたと信じたい。+1
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