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1. 匿名 2019/01/10(木) 21:33:01
戦国以降は人気&知名度が高いので、あえてそれ以前の時代にしました
素朴な疑問でも専門的な疑問でも、どうぞ
詳しい方は是非、分かり~やすく解答して下さいませ+110
-6
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2. 匿名 2019/01/10(木) 21:34:49
+234
-2
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3. 匿名 2019/01/10(木) 21:35:01
髪は何で洗うんですか?+287
-1
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4. 匿名 2019/01/10(木) 21:35:10
寺とか神社ってどうやって作ったの+215
-2
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5. 匿名 2019/01/10(木) 21:35:33
室町っていつ?+8
-41
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6. 匿名 2019/01/10(木) 21:36:04
着物着てたのかな+35
-2
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7. 匿名 2019/01/10(木) 21:36:22
+126
-1
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8. 匿名 2019/01/10(木) 21:36:22
生理どうしてたんだろ+349
-1
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9. 匿名 2019/01/10(木) 21:36:23
武士の時代と貴族の時代がごっちゃになるよね
並び変え問題とか出されると絶対に間違える+193
-8
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10. 匿名 2019/01/10(木) 21:36:34
寿命+23
-0
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11. 匿名 2019/01/10(木) 21:36:43
平家の残党が東北の山の中に逃げて住み着いたって本当ですか?+152
-0
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12. 匿名 2019/01/10(木) 21:37:09
生理の時どうしていたんだろう+120
-4
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13. 匿名 2019/01/10(木) 21:37:10
何歳で死んでた?
認知症になるまで生きた人いるんか?+215
-3
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14. 匿名 2019/01/10(木) 21:37:38
髪の毛は何分でセットできんだ?+133
-0
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15. 匿名 2019/01/10(木) 21:38:09
源頼朝ってクロちゃんに似てるよね+4
-46
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16. 匿名 2019/01/10(木) 21:38:21
そもそも何故人類が誕生したのか+153
-7
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17. 匿名 2019/01/10(木) 21:38:44
足利とか北条の時代?
+29
-1
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18. 匿名 2019/01/10(木) 21:38:49
当時の感覚では源頼朝がイケメンだったらしい+154
-4
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19. 匿名 2019/01/10(木) 21:39:14
氷河期時代はどうやって寝てたの?
+59
-4
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20. 匿名 2019/01/10(木) 21:40:10
武士による統治の時代になったのに何で天皇は天皇で残っとるんや
武士が、朝廷ブッ倒して俺たちこそが頂点だ、という発想にならなかったのか+267
-4
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21. 匿名 2019/01/10(木) 21:40:17
誰か答えて+130
-2
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22. 匿名 2019/01/10(木) 21:40:17
鼻緒の靴連れ対処法は?+34
-1
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23. 匿名 2019/01/10(木) 21:40:24
>>3
基本は洗髪してなかったはず
だから髪の長い女性はすごい匂いだったっと宣教師が書き残してたはず+283
-0
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24. 匿名 2019/01/10(木) 21:40:36
足利義満と世阿弥のいろんなこと+9
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25. 木手英一 野々花みよ子 2019/01/10(木) 21:41:07
木手英一:室町時代に行こう
野々花みよ子:何があるのかしら+44
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26. 匿名 2019/01/10(木) 21:41:38
どうやってそんなトコに建てたんだよ!?っていう神社+254
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27. 匿名 2019/01/10(木) 21:42:35
冬の間、就寝時は布団だけで寒く無かったですか?+313
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28. 匿名 2019/01/10(木) 21:47:03
邪馬台国の所在地
九州なのか近畿なのか
結局、いまだにどちらなのか判明していないよね
+187
-1
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29. 匿名 2019/01/10(木) 21:47:39
髪の毛どうやって洗ってたの
みんな臭そう+96
-1
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30. 匿名 2019/01/10(木) 21:47:58
邪馬台国と大和王朝はどういう繋がりがあるのかという謎+66
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31. 匿名 2019/01/10(木) 21:48:23
夜は暇だからエッチばっかしてたの?+153
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32. 匿名 2019/01/10(木) 21:48:29
+320
-1
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33. 匿名 2019/01/10(木) 21:48:42
>>20
天皇を押しのけるて頂点に登ることも実力(武力)的は可能だったんだけれど、
それをやってしまうと凄まじい動乱を呼ぶことは必至
そんな事をせぞ、征夷大将軍という各方面を納得させられ役職を選んだ方が
お利口さんでよろしかったのよ
+271
-5
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34. 匿名 2019/01/10(木) 21:50:08
十二単とか特に女性はおトイレ(厠かな?)行きたいなって思った何分前に行動すれば間に合うんだろう。今の感覚でいたら粗相してしまう自信がw+319
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35. 匿名 2019/01/10(木) 21:50:56
>>24
昔、木原敏江のマンガで読んだ記憶が+17
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36. 匿名 2019/01/10(木) 21:52:02
平安時代って物語にしても高貴な方の話ばかりだけど
市井の、庶民の暮らしってどんな感じだったんだろう
+295
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37. 匿名 2019/01/10(木) 21:52:38
>>11
平家の落ち武者伝説って、東北にもおよんでいるんだ
西国中心だと思っていた
あれだけの絶対的な栄華を誇った一族が一瞬にして消失したという事実は、
どうしても伝説・伝承を呼びがちになるんでしょうね
+136
-2
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38. 匿名 2019/01/10(木) 21:53:21
>>12
身分の高い女性は半紙を折ったものを紐で腰に固定していたそうです。
庶民は、現代の女性より筋力が高く、気合で経血を止めて、排尿時にまとめて処理してたそうです。
あとは、汚部屋、忌部屋など、生理時専用の小さな小屋に入ったとか。+279
-14
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39. 匿名 2019/01/10(木) 21:53:22
夏は今ほど暑くなかったとして、冬は火だけじゃ寒さ乗り越えられなくない?油なんて高価だろうし。寒くてお亡くなりになる人たくさんいただろうに。+239
-0
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40. 匿名 2019/01/10(木) 21:53:31
お風呂なんて庶民が入れたのかな?悪臭が凄そう+50
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41. 匿名 2019/01/10(木) 21:54:05
>>36
今昔物語だと庶民の話も出てくる
蛇を魚だって売ったり+51
-1
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42. 匿名 2019/01/10(木) 21:54:46
なんで着物なんてもの思いついて、それを日常的に着ようと思ったの?
普通にTシャツみたいな頭の方が思いつきやすそう。
だれか着物やめようって言わなかったのかな。+235
-15
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43. 匿名 2019/01/10(木) 21:55:12
>>29
香りのする油などを塗って、櫛で梳いてた。
お風呂は、今のように湯に浸かるのではなく、サウナ式だった。+163
-1
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44. 匿名 2019/01/10(木) 21:55:17
>>20
武士同士個人で戦っても、強い賊でしかないんだよ。
戦国時代みたいに周辺の敵が強くなったら、そのうちやられる。
武士は天皇の命を受けて、天皇軍として朝敵を討つのが正当とされてて、
室町時代を始めた足利氏がその思想の典型例。
+93
-0
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45. 匿名 2019/01/10(木) 21:55:21
江戸時代と比べてどっちが男尊女卑
+4
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46. 匿名 2019/01/10(木) 21:55:23
>>42
伸びる素材が無かったので+212
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47. 匿名 2019/01/10(木) 21:55:36
>>22
室町以前の人「何で鼻緒で靴擦れするんだよ??」+105
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48. 匿名 2019/01/10(木) 21:55:37
エコーが無くて、お腹の赤ちゃんの様子はどうやって知ってたんだろう。+4
-49
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49. 匿名 2019/01/10(木) 21:56:03
冬の北海道なんて住めたものじゃなかっただろうに定住したのはなんでなんだろう。+201
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50. 匿名 2019/01/10(木) 21:56:13
>>34
おまるみたいなものだったかと+27
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51. 匿名 2019/01/10(木) 21:56:39
>>36
庶民の特に貧乏な農民はは縦穴住居と大して変わらないじゃんな家で雑魚寝とかそんなレベル。+59
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52. 匿名 2019/01/10(木) 21:56:51
>>32
えー!!
東北とかめっちゃ寒いよ!!冬は着物じゃ追いつかないよね?
凍死するわ+208
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53. 匿名 2019/01/10(木) 21:56:52
>>3
お米のとぎ汁+43
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54. 匿名 2019/01/10(木) 21:57:10
>>20
武士は公家や朝廷に憧れを抱いていたから倒すよりは一員となり認めて欲しかったのかと
中臣鎌足も藤原姓を名乗り公家として振る舞った
何処の馬の骨だと自分自身で一番よく分かっていたから箔を付けるためにも朝廷は必要だった
朝廷文化って独特で雅だからね
西欧や中国みたいに根絶やしにしない所に日本の日本たる所以あり+191
-2
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55. 匿名 2019/01/10(木) 21:58:27
>>39
その通り、寒さで亡くなった人も星の数ほどいます
火鉢などを使える上流の方々も、寒さによる体力の衰弱で寿命を縮めています
+229
-3
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56. 匿名 2019/01/10(木) 21:58:28
>>16
生き抜くために、火を利用しようと思ったから。+9
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57. 匿名 2019/01/10(木) 21:58:29
邪馬台国は福岡県にあったらしい+11
-12
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58. 匿名 2019/01/10(木) 21:58:42
>>38
気合いにワロタw
本当かどうか分からないけれど、生理って身体の毒素と関係があって、昔は期間も短く量も少なかったとか。
だから気合いで何とかなったのかな。+167
-9
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59. 匿名 2019/01/10(木) 21:59:06
>>27
布団なんて超高級な贅沢品だよ。
皇族や上級貴族だけだよ。
貴族は着物を掛けて寝てた。
敷物は畳。
化繊綿や羽布団なんて無いよ。
真綿の布団は今でも高級品。
庶民は板の間か土間にムシロ。
昔の人は強かった。
くっつき合って寝たり、ちょっとお金持ちや漁師は毛皮が有ったりしたけど。
耐えられなかったらそのまま冷たくなった。+218
-1
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60. 匿名 2019/01/10(木) 21:59:48
>>52
あとは藁敷くとかむしろをかぶるとかそれくらい
+18
-1
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61. 匿名 2019/01/10(木) 22:01:01
だから人間50年なんだよね
元気じゃないとすぐ死ぬ+247
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62. 匿名 2019/01/10(木) 22:01:08
通い婚って、不安定だなぁ
+29
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63. 匿名 2019/01/10(木) 22:01:26
>>49
本当に鎌倉時代くらいの昔までは北海道は流刑地だったんだよ。
もちろんアイヌの先住民族もいたけどね。
ロシアの接近や、本州で飢饉にあった人が漁の出稼ぎで逃れてきたことなどもあり、徐々に開拓を進められて行った。(しかしこれは鎌倉よりだいぶ先の話。)+136
-2
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64. 匿名 2019/01/10(木) 22:01:49
>>26
寺社は、自然環境が峻厳な場所にある方が
修行と信仰の場所としてランクが上と思われたのよ
+84
-0
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65. 匿名 2019/01/10(木) 22:02:14
>>58
栄養状態も悪かったと思うし、労働は過酷だし、生理不順は結構普通だったんじゃないかな。
ただ、環境やプラシーボもあると思うけど、今と比べ、精神も肉体も含め色々と強靭だったことは確か。
+144
-1
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66. 匿名 2019/01/10(木) 22:03:25
>>52
金のある人は熊とか鹿猪とかの毛皮で防寒。
ない人は簑だの良くて綿入れだから体力なくなると寒さですぐ衰弱してあまり長生き出来ない。+136
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67. 匿名 2019/01/10(木) 22:03:40
>>49
定住を進めたのは江戸以降
それ以前蝦夷地には原住民のアイヌくらいしかいませんでした
彼らはそこで産まれたのだから選択肢がない
江戸以降は褒美としての領地拡大
貧乏小作の次男以下の食い扶持のため+90
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68. 匿名 2019/01/10(木) 22:03:46
>>20
実質的に武士が実験を握ってた時代はいくらでもありましたけどね
そういう意味では天皇がお飾り状態であったのは今も昔も同じです。
今でも政治は天皇以外がやってるでしょ
なんでお飾りでしかない天皇一族を廃さなかったのかと言うと
古来から日本では天皇イコール神、という思想が強かった
天皇を殺すことは神を殺すのと同じで、下手人や首謀者はもちろん関わった者の一族郎党すべてただの死では済まないほどの天罰が下るものと信じられていた。
いったいだれがそんな役割を引き受けるか。
天皇を失脚させたり幽閉したり島流しにしたりはあったけど、さすがに命を奪うわけにはいかなかった。(殺された例も一部ありますが)+91
-0
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69. 匿名 2019/01/10(木) 22:03:59
頼朝の墓まで行く石段、変な角度がついていて登りづらく危なかった
昔からああいう急さなのか、長い年月で地形が変わったりすり減ったりしておかしくなったのか+25
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70. 匿名 2019/01/10(木) 22:04:06
庶民の暮らし。
家はどんな作り?
どんな物を食べていたの?
そこそこ幸せを感じて暮らしていけたのかな+35
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71. 匿名 2019/01/10(木) 22:04:08
各時代の人達の食事を調べると面白いよ!
奈良時代で貴族の食事は既にこんな豪華+210
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72. 匿名 2019/01/10(木) 22:04:42
>>42
縄文や弥生の頃は貫頭衣だよ。
大体、聖徳太子の時代あたりから。
国家として体制を整える手本を当時の先進国で大国の中国に倣ったから。
着物の原型は中国文化から、着物屋を呉服屋というのは、呉の国の服という意味。+140
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73. 匿名 2019/01/10(木) 22:05:45
>>20
それをしようとしたのが織田信長
天皇の意味が今と異なるからね
+66
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74. 匿名 2019/01/10(木) 22:05:59
>>52
東北は、猟師いっぱいいたから、毛皮がある。
あと、炭焼きなんかも盛んだった。
豪雪地帯の家屋の構造は、屋根が鋭角で高く、囲炉裏を中心に保温性がある。+70
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75. 匿名 2019/01/10(木) 22:06:03
>>45
日本史の中では、鎌倉時代は比較的女性が優遇されていたそうです。
その時代には、源頼朝の夫である北条政子などは、鎌倉時代の関東では一夫一妻制であったこともあり、江戸時代の大奥などよりも積極的に政治に関わっています。+63
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76. 匿名 2019/01/10(木) 22:06:22
女性は脱毛してないですよね
全身ボーボーだったのかな
みんなそうだから男性もドン引きしたりしないのかな+113
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77. 匿名 2019/01/10(木) 22:06:25
後醍醐天皇ってカリスマなの?+8
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78. 匿名 2019/01/10(木) 22:06:40
>>70
平安京の端っこの方は竪穴住居だったて。+19
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79. 匿名 2019/01/10(木) 22:07:20
>>9 平家を橋渡ししてとらえると分かりやすくよ
平家は武士出身だけれど、藤原家の様な従来の貴族同様に
天皇家と縁続きになって朝廷の要職に就いて天下を握ろうとした一族
対してライバルの源氏は、朝廷とは距離を置き、
征夷大将軍という官位の許に幕府を開いた →武家政権時代(鎌倉幕府)の始まり+33
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80. 匿名 2019/01/10(木) 22:07:41
>>71
私の食事より品数豊富で豪華!+104
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81. 匿名 2019/01/10(木) 22:07:51
>>45
実は江戸時代より前は女性の権利が強かった
何故かと言うと女性も男性と同じ様に相続できて財産も別だったから
特に武士の世界は女性の権利も強くて
場合によっては男の武士と同じ様に家の当主やってたりとかも多かった
特に婿養子の場合なんかは先代と血の繋がりがある娘のほうが
婿養子の旦那より力があるなんてこともザラだったとか
有名なところだと北条政子なんて思いっきりそうで
尼将軍なんて言われるくらいで実際は鎌倉幕府の将軍だった位だし
室町時代の西園寺寧子って人は一般人なのに
治天の君という天皇家のトップに君臨したりとか
割と日本は女性の権利が強かったらしい
+103
-1
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82. 匿名 2019/01/10(木) 22:08:13
>>8
ぎゅっと力を入れて体内に溜めて、トイレで出してた
もちろん布ふんどしみたいなのをしてたことも+22
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83. 匿名 2019/01/10(木) 22:09:01
>>76
ボーボーだよ。
それ以外を知らないからしかたない。
疫病や栄養失調でどんどん死んでいくから、
子どもをたくさん産めそうな女性は好まれたのは確か。+157
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84. 匿名 2019/01/10(木) 22:10:17
平安時代は女性貴族の方が男性貴族より寿命が短かったらしい
原因は栄養失調。
あの下膨れは太っていたのではなく、痩せたことによる浮腫なのだとか。
でも、私昔何かの文献で、平安貴族の女性はふくよかなのがもてたから太っていたって見たんだよなぁ…
いろんな説があるのかな+78
-4
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85. 匿名 2019/01/10(木) 22:10:50
>>62
いやそうでもないんだよ
何故かと言うと男が女の家にやってくるわけで
経済的負担は女性の実家がぜんぶやる
要は女性は実家住まいのままで男がやってくるってスタイル+56
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86. 匿名 2019/01/10(木) 22:11:37
>>40
日本は公衆衛生がしっかりしており、トイレやお風呂の概念が発達していたんだよ
信長の安土桃山時代には沐浴の文化もあるしに天然温泉に恵まれた国だから、沐浴も自然と温かいほうが気持ち良いと思ったのかもね
江戸時代でも足湯など、衛生だけでなく医学の観点からも重宝した模様です+110
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87. 匿名 2019/01/10(木) 22:11:46
まともな地図もないのに今日から蝦夷地へ、とかの長旅とかどうやって目的地にたどり着いてたんだろう
交通手段も歩く以外にないし道は整備されてないしちょっとした豪雨とかあればあっさり流されちゃうような橋とか土砂で埋まるような道だよね
迷子になったらどうしてたんだろう
+130
-1
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88. 匿名 2019/01/10(木) 22:12:04
>>84
貼ってくれたやつ、すごいテキトーに書いてる信頼度の低いものだと思う
まず清少納言と紫式部は会ったことない+133
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89. 匿名 2019/01/10(木) 22:13:02
>>77
カリスマかは判らないけど、不屈の意思とガッツの持ち主
死の間際でさえ、己が天下を取れなかったことに歯ぎしりしていたんだから、
よく怨霊にならなかったものだ
+11
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90. 匿名 2019/01/10(木) 22:13:59
>>84
出産で命を守る落とすことも多かったし、産後の肥立ちがわるくて亡くなる方も多かった
栄養が十分でない状況下で文字通り命を守る削って次世代にバトンを繋いだ+97
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91. 匿名 2019/01/10(木) 22:14:22
奈良時代の平城京には、インドやペルシアや大陸や半島から来た人達が、たくさんいて、それこそ大安寺や唐招提寺が一大技術拠点のようになっていたって、読んだことがある。時々見る、日本人なのに彫りの深い顔立ちの人、ペルシア人の血とか引いているのかなと勝手に思っている。+109
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92. 匿名 2019/01/10(木) 22:14:40
>>84
女性が早く亡くなるのは、
日光に当たらない
鉱物で作られた化粧
出産などによるダメージ
座りっぱなしの運動不足
重い着物による体への負担
などで、
栄養不足だけが原因であるとは言えない
+199
-1
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93. 匿名 2019/01/10(木) 22:15:13
火鉢しかないのに冬の氷点下の寒さにどうやって耐えていたのか謎
普通に一晩で凍死するじゃん+127
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94. 匿名 2019/01/10(木) 22:15:23
>>87
終わり
死ぬ
蝦夷に行くなど流刑だから今生の別れ+25
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95. 匿名 2019/01/10(木) 22:15:41
>>12
一般庶民にはボロ布だって貴重だろうから川で洗って何度も使うし、草や木の皮を揉んで入れてただろうね。現代も途上国はそうしてる。乾燥した地域だと泥も使う。ただ、今と違って生涯にそんなに生理が無かった。50回ぐらいじゃないかと言われているよ。+105
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96. 匿名 2019/01/10(木) 22:16:09
庶民はその日その日生きるのに必死だから幸せとか楽しいも苦しいもそんなん感じる余裕もなかったよね。きっと。下手したら盗賊や山賊に襲われて食糧だけじゃなく命落とすのもザラな時代+28
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97. 匿名 2019/01/10(木) 22:16:50
平安時代の貴族の女性は
立って歩くこと自体も
みっともないことだったし
食べることもみっともないし
長生きできなかっただろうね。+124
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98. 匿名 2019/01/10(木) 22:16:50
>>38
まじで?!?!現代人も鍛えたらコントロール可能ってことなのか?!+11
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99. 匿名 2019/01/10(木) 22:17:01
>>93
アイヌは毛皮
イヌイットはアザラシ
氷点下で生きる動物の皮を拝借した+48
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100. 匿名 2019/01/10(木) 22:17:02
>>55
だよねぇ
火鉢だって、ないよりゃ全然いいけど、真冬だと無意味なくらい寒いし…+54
-1
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101. 匿名 2019/01/10(木) 22:19:58
>>62
通い婚制度だと、夫との仲が冷めても安心よ
女は夫に頼らなくても、実家の経済力を後ろ盾として生きていくことが出来る
(現代でも復活してほしいわ >通い婚)+14
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102. 匿名 2019/01/10(木) 22:20:02
室町以前の日本史に持った疑問が 一つも思い出せない…
もう一度勉強してこようかな+79
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103. 匿名 2019/01/10(木) 22:22:09
>>45
>>81
秀吉の妻の茶々も権力を掌握していた
(ある意味ではねねも)
神様も天照大神など太陽神が女性なのは世界でも珍しい+54
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104. 匿名 2019/01/10(木) 22:22:38
>>31
基本的に日が暮れたら寝てた。
たまにお月見したり、虫の声を聞いたり、夜這いしたり、歌垣したり、庚申講をしたりしてた。+79
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105. 匿名 2019/01/10(木) 22:23:13
>>99
京の庶民は?+1
-0
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106. 匿名 2019/01/10(木) 22:23:38
天皇は祭祀王
疫病が蔓延した崇神5年、崇神天皇はお告げを得て、神託の通りにして世の平静を取り戻したと日本書紀にある
崇められた王であった+30
-0
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107. 匿名 2019/01/10(木) 22:24:24
>>85
だってそれ親が死んだらもう成り立たないやつ+40
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108. 匿名 2019/01/10(木) 22:24:50
>>101
実家に経済力があればね。
父親が閑職だったり役職に付けなかったり、早死にすると寄る辺のない女性は大変。+110
-1
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109. 匿名 2019/01/10(木) 22:25:52
病気の時はどうやって治してたの?平安時代みたいに加持祈祷?薬草は効いたの?+15
-1
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110. 匿名 2019/01/10(木) 22:26:10
>>32
着物型の布団とかではなくて?
綿入れ?みたいな
昔々は布団が着物型で
だから布団をかぶる、ではなく
布団を着るって
特に東北の方では今でも言うって聞いた事がある
いつの時代の話か分からないんだけど‥
東北の冬に布団さえなかったら凍死するよね‥+62
-0
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111. 匿名 2019/01/10(木) 22:26:27
>>98
まゆつば+15
-1
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112. 匿名 2019/01/10(木) 22:28:29
>>93
竪穴式住居って窓ないから風は防げるよ。
狭いから人がいるだけで案外熱がこもる。
平安の貴族の家の方が開放的だから寒かっただろうね。+67
-1
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113. 匿名 2019/01/10(木) 22:29:30
>>33
皇室を滅ぼすという意識がそもそもなかった。
だからこれからも、皇室は途絶えさせてはいけない。それが、日本という国です。+143
-4
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114. 匿名 2019/01/10(木) 22:29:34
>>89
ありがとう!
和歌に詠まれてるイメージが強かったからアイドルみたいな感じなのかと思ってたのw+3
-0
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115. 匿名 2019/01/10(木) 22:31:00
>>2つのだ☆ひろみたい+4
-3
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116. 匿名 2019/01/10(木) 22:31:23
>>107
その通り、親が早死にしたり財産を失ってしまったりしたら、
お姫様といえども一瞬にして没落して、悲惨な末路となる
だから大名門貴族以外は、
貴族といえどもお給料&賄賂の多い役職を欲してサバイバルゲーム+84
-0
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117. 匿名 2019/01/10(木) 22:33:10
>>42と>>49ですが答えてくださった方ありがとうございます。
納得してスッキリしました。+6
-1
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118. 匿名 2019/01/10(木) 22:34:02
>>76
世界各地の伝統的な暮らしをしてる民族は大きなアクセサリーをしてたり
刺青をしてたり裸に近い格好だったりするけど
その人たちには当たり前の文化だから何とも思わないどころか魅力的だったりする。
脱毛文化になったのは、つい最近ここ何十年かの事。
毛なんて生えてて当たり前。
一説には毛深い女性は情け深いとモテた。
熊の毛皮の敷物を触ってた客が急に奥さんを思い出したという小噺がある。+78
-1
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119. 匿名 2019/01/10(木) 22:35:42
>>98
筋肉の機能が衰えてなければ可能だよね
実際、戦前ぐらいのおばあちゃま世代では、出来た人多かったとか?
この話題、歴史雑学トピではしょっちゅう出てくるねw+7
-3
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120. 匿名 2019/01/10(木) 22:36:38
>>98
できるよ
わたし挑戦したことある
完璧にはできなかったけど、ある程度は
でも身体には悪そう
+30
-3
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121. 匿名 2019/01/10(木) 22:36:55
>>109
残念ながら、大方治療なしで亡くなったかと思われます。
乳幼児の死亡率も高かったので、成す術があまりなかったのですかね。
6世紀には鍼灸が中国から朝鮮を経て伝承されたので、病状によっては緩和されることもあったかもしれません。
漢方も同様ですね。
ちなみに西洋医学渡来は、鉄砲伝来と同じよう16世紀と言われています。
+23
-2
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122. 匿名 2019/01/10(木) 22:38:36
>>76
江戸時代の遊女は抜いたりしてたらしいから、案外処理はしてたかもしれないよね。+13
-1
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123. 匿名 2019/01/10(木) 22:39:26
>>108
源氏物語で末摘花ってそういう役どころじゃなかったっけ?
未婚ではあるけど
両親が亡くなったんだかで
寂れた家で少数の承認と世捨て人みたいな生活をしていたとかそんな感じ
だから着物も古臭くてセンスが悪いみたいな描写があったような気がする+70
-0
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124. 匿名 2019/01/10(木) 22:39:51
>>122
追記だけど眉毛は剃ったりしてるわけだし…+4
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125. 匿名 2019/01/10(木) 22:40:09
>>110
掻巻(かいまき)の事を言いたいのかな?
綿入り着物も高級品だよ。
現代みたいに安価なポリ綿なんて無いよ。
真綿は高いよ。
庶民の着物は木綿か麻。+38
-0
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126. 匿名 2019/01/10(木) 22:43:46
>>120
年取ると理由わからないけど、ナプキンにはそんなに着いてないけど排尿時にドバッと出るよね。+99
-1
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127. 匿名 2019/01/10(木) 22:43:50
>>121
大名や公家なんかの上流階級は化粧品で肌に鉛をふくんだ白粉を塗ってたから授乳の時に一緒に白粉をのんで鉛中毒や水銀中毒でなくなる乳幼児も多かったとか+48
-0
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128. 匿名 2019/01/10(木) 22:43:51
盲腸になったら、手術できないから死ぬしかないの?+37
-2
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129. 匿名 2019/01/10(木) 22:44:47
>>8
生理の時に、筋肉で止めてトイレでまとめて出したというのは、嘘だよ。ガセネタ。
藁やボロ布、和紙などを詰めたり、下帯をしたり、家や忌小屋に籠ってた。+104
-3
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130. 匿名 2019/01/10(木) 22:45:23
庶民は結婚相手をどうやって決めてたのか。恋愛結婚なのかな?貴族は政略結婚だろうけども。+15
-0
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131. 匿名 2019/01/10(木) 22:47:53
奈良・平安時代までは、世を恐れさせる怨霊が多数生まれてきたのに、
鎌倉以降はパタッと止まってしまった・・・
+44
-0
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132. 匿名 2019/01/10(木) 22:48:40
竹内結子好きなのに
このまゆげは似合ってない(T . T)+2
-8
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133. 匿名 2019/01/10(木) 22:48:56
>>128
たまに自然治癒する。
病気になったら、神頼み。お百度参り。
病人の運と体力次第。+24
-2
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134. 匿名 2019/01/10(木) 22:48:59
>>122
不倫は男女とも処刑されて全裸で晒されて試し斬りだったみたいで、ある日 陰毛の濃い女が晒されてるって話題になって人だかりができたって記録がのこってるから、ムダ毛処理の意識はあったと思われる+69
-2
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135. 匿名 2019/01/10(木) 22:49:47
昔の人って待ち合わせとかどうしてたんだろう。
時計もなかったしさ。朝の仕事とか寝坊する人もいたよね、絶対。+24
-0
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136. 匿名 2019/01/10(木) 22:49:53
>>132やだ実況トピと間違えました(T . T)+27
-1
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137. 匿名 2019/01/10(木) 22:50:26
神武天皇は、祟りを封じ込める力を持っていた
天皇に弓引く者は、日本の歴史では・・・+26
-3
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138. 匿名 2019/01/10(木) 22:51:07
>>105
ムシロ、コモ、ゴザ、人間の体温。+9
-0
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139. 匿名 2019/01/10(木) 22:51:19
東北といえばボドと呼ばれる大きな着物のような敷物を何代にもわたって布団や出産で使っていたと浅草でやってた展示会でみたよ。
中に綿?が詰められていて、ボロボロなのに何世代も使って、家族でみんなで寝てたんだって。
このボドの上で何人も産まれたってパネルに書いてあって衝撃だった。
+72
-0
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140. 匿名 2019/01/10(木) 22:52:10
>>129
いやいやいやいやw+1
-7
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141. 匿名 2019/01/10(木) 22:53:34
>>139
いま調べたら、ボドじゃなかった、ボロだってすいません+52
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142. 匿名 2019/01/10(木) 22:55:49
女性の月経は穢れと思われてきたから、記録がほとんど残っていないんだよね
で、いつごろから月経は穢れという価値になったんだろう
神秘的なもの=神聖なものとして尊ばれてもよさそうなのになあ+87
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143. 匿名 2019/01/10(木) 22:56:57
漫画「応天の門」読んでいて、感心させられることが沢山ある。
今みたいな和菓子がないから干した果物系だとか。
井戸堀はどうしていたかとか。+4
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144. 匿名 2019/01/10(木) 22:57:52
>>142
同感。+16
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145. 匿名 2019/01/10(木) 23:01:15
お風呂もろくに入れないのによくセックスしまくってたなあと思う
それしか娯楽ないから仕方ないんだけど
お互いに日常的に臭いから鼻がマヒしてて気にならないのかな+117
-1
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146. 匿名 2019/01/10(木) 23:01:32
>>135
宮中では、藤原京の頃から水時計があったみたいよ
庶民は、太陽と月・星の動きで時間の流れを実感するぐらいでしょうね
そもそも、時間という観念・時間に拘束されるという意識があんまり無かったんじゃないかな+19
-1
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147. 匿名 2019/01/10(木) 23:03:43
天然パーマとか癖毛に生まれた女の人とか
平安時代だとどれだけ顔立ちがよくてもブス扱いだったのかな+54
-1
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148. 匿名 2019/01/10(木) 23:04:56
>>135
とある島の決闘で二時間以上、遅刻してきた人がいたとか何とか。
創作物の伝説ですが。
待ち合わせは、太陽が真上になった頃にとか西のちょっと傾いた時にとか
相手が来てなかったらタバコでも吸ってのんびり待ってた。
待ち合わせ自体、あまりしなかったと思われる。
相手の家に行く前にお使いの人が先触れしに行く。
大工とか人足は仕事は何となくこれぐらいの時間にボチボチと集まって、夕方になったら解散。
雨が降ったら仕事しない。
時間できっちり働くようになるのは近代。産業革命から。
それまでは、のんびりしてた。
現代なんか分刻みだけど。+49
-0
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149. 匿名 2019/01/10(木) 23:07:07
>>128
盲腸とかでも普通に死にます。
天皇家も含めて、平均寿命が短いのもわかる。+36
-1
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150. 匿名 2019/01/10(木) 23:07:48
生理ですけど、奈良〜平安では植物の繊維で織った布や蒲の穂などをあてていたようです。
室町時代には中国から木綿が伝わり徐々に広まっていきました。
因みに現在のナプキンの原型となる「アンネ・ナプキン」が発売されたのは1961年です。+37
-1
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151. 匿名 2019/01/10(木) 23:12:14
武士が台頭してきた時代、武士は全員文字を読めた訳ではなかった
滅亡した平家の魂を鎮魂するために作られたのが、平家物語。この物語が日本人の識字率を上げていく要因になっていく。+11
-1
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152. 匿名 2019/01/10(木) 23:15:25
小さい頃からずっと不思議だったんだけど
なんで昔の人って肖像画とか写実的に描いてくれなかったんだろう
平安時代とかみんな同じ顔だしさ
筆だから?技術がなかったから?そもそもそういう発想がなかった?
でも技術がありそうな江戸時代でさえ写実的に描いた画ほとんどないよね
未来の人間のためにもうちょっと頑張ってほしかった(笑)+96
-3
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153. 匿名 2019/01/10(木) 23:17:31
>>147
和歌の才能があれば美人扱い。
顔はあんまり見れなかったし。
髪は、かもじ を付けたり、火のしで伸ばしたり
牛車の裾から出す髪は代役にさせたり。+56
-0
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154. 匿名 2019/01/10(木) 23:17:38
藤原氏がライバルの源氏を追い落とし、祟られないように、せめて物語の中だけでも活躍してもらおうってので作られたのが源氏物語。
スポンサーは藤原道長。+11
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155. 匿名 2019/01/10(木) 23:18:22
文字や言葉ってどうやって生まれてどうやって広まったんだろう。+10
-0
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156. 匿名 2019/01/10(木) 23:22:36
日本の南北朝時代ってやったっけ?
覚えてないんだけど鎌倉時代設立年が変わったみたいに後から出てきたわけではないよね?+1
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157. 匿名 2019/01/10(木) 23:22:41
漢字は中国で、占いに使われたとNHKでみた+0
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158. 匿名 2019/01/10(木) 23:25:35
>>151 う~ん
やっぱり下級武士&庶民まで識字率が上がるのは、もう少し後の、
寺子屋制度が普及してからだと思うなあ
平家物語が成立した時代だとまだ紙が高価だったし、
平家物語は耳から入る文学だし
しかしあの美麗な言葉と音楽で、儚い栄枯盛衰ドラマチックストーリーを聞かされたら
平家の亡霊たちは号泣しちゃうだろうなあ
+40
-0
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159. 匿名 2019/01/10(木) 23:26:49
>>142
穢れだから記録が残って無いんじゃなくて、当たり前の日常で記録するほどのことでもなかったから。
血の穢れの考えは仏教が広まってから。
女性は生理があるので自動的に血の池地獄行き。
穢れは 気(ケ)が枯れる事。
だから、物忌みをした。
気が枯れて体と魂が弱っているから悪いものに憑かれないように。
それがいつの間にか、穢れているから寺社仏閣に行っちゃ駄目という解釈になった。+50
-3
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160. 匿名 2019/01/10(木) 23:28:40
どうして奈良に都が置かれたんだろう?
古事記や日本書紀の言うように九州から色々な国を制圧しつつ奈良にたどり着いたとして別に奈良じゃなくてもいいと思う。途中の北九州あたりの方が大陸と交流しやすいし、領土を広げるのはいいけど都を元々あった高千穂から移す理由は何があったのかな?+19
-0
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161. 匿名 2019/01/10(木) 23:29:39
ほんとにあの日本刀で成敗し合ってたのかな?
こわすぎる…
外でれないよ。こわくてw+58
-1
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162. 匿名 2019/01/10(木) 23:30:06
>>155
創元社の「文字の歴史 知の再発見 双書」を読むと良いよ。+2
-2
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163. 匿名 2019/01/10(木) 23:32:26
>>147
大河ドラマ「平清盛」で平滋子がくせっ毛というか、天然パーマという設定の役だったね。+13
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164. 匿名 2019/01/10(木) 23:33:57
>>160 三輪三山に秘密があるとみた!w
というのは置いておいて、実際には、
九州にはまだ強力な豪族勢力があって、朝廷を置くには不安があったんじゃないかな
+13
-1
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165. 匿名 2019/01/10(木) 23:36:54
>>130
講や歌垣や村の幼馴染なんかで恋愛結婚もあったし、親が決めることもあった。
「三軒隣に女の子が生まれたってね。うちの息子とちょうど良いや。
ちょっと、挨拶に行ってくる」みたいな感じ。
親が決める時も、下見とかして一応、相性を見たりした。+51
-0
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166. 匿名 2019/01/10(木) 23:39:51
>>152
日本の絵画は平面が基本。
立体的な絵の概念は、ヨーロッパの概念と確か美大の人が言ってた
いつ入ってきたかまでは知らないけど+45
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167. 匿名 2019/01/10(木) 23:42:23
>>91
松本清張の「ペルセポリスから飛鳥へ」かな?
すごく面白い考察だったよね。
酒船石とか。猿石とか。+8
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168. 匿名 2019/01/10(木) 23:45:52
>>164
三輪神社は日本最古の神社だっけ?+18
-1
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169. 匿名 2019/01/10(木) 23:48:05
>>87
北に行くどころか南に行く時だって、九州に防人に行く人が途中で病気になったり盗賊に襲われて
死んだりしないだろうかって心配してる歌がある。
旅自体がかなりリスキー。+42
-0
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170. 匿名 2019/01/10(木) 23:48:17
木像だとわりと写実的だよね
運慶快慶とか+4
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171. 匿名 2019/01/10(木) 23:48:32
>>4
その頃はお寺も神社もおなじです+1
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172. 匿名 2019/01/10(木) 23:51:40
>>58
昔は初潮が始まってから閉経するまでずっと妊娠出産授乳で、そもそも生理の回数が人生で少なかったんだって。あと筋肉が発達してて、排尿みたいに一度にまとめて出せた、、と聞いたことある。+23
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173. 匿名 2019/01/10(木) 23:55:24
+81
-0
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174. 匿名 2019/01/10(木) 23:55:57
>>172
初潮が今より遅かったの聞いたことあるな
きんさんぎんさんも18くらい?だったような
12歳なんか異常なのかな
それで40くらいで死ねば、そりゃ障害生理回数少ないよね
昔の人は妊娠する回数も多いだろうし+59
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175. 匿名 2019/01/10(木) 23:56:15
>>171
違います。
神仏習合したり、本地垂迹が起こるのはもう少し後。
>>4
大工さんが作りました。
最古の官寺を作った金剛組は今でも操業されています。+7
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176. 匿名 2019/01/10(木) 23:56:18
ぎおんしょーじゃの~と音を知っていると祇園精舎と文字変換しやすかったとか+1
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177. 匿名 2019/01/10(木) 23:56:57
>>174
障害→生涯+7
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178. 匿名 2019/01/10(木) 23:57:34
>>174
栄養状態のせいもあるのかな?
今は10歳くらいで来る子も多いよね+28
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179. 匿名 2019/01/10(木) 23:57:58
>>52
さすがに東北は熊の毛皮など加工して毛布作ってたんじゃないかなあ+4
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180. 匿名 2019/01/11(金) 00:00:04
>>152
まあ、ヨーロッパの絵画もあれは写実と見せかけて美化して描いてるものも多いから…
ヘンリー八世のお嫁さん候補のひとりが事前に肖像画で紹介されてたんだけど、それを気に入ってヘンリー八世が呼び寄せて直で見たら、肖像画と全然違うじゃないか!と怒った逸話もある。+47
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181. 匿名 2019/01/11(金) 00:01:16
>>160
台風が来ない、九州から瀬戸内海から大和川に続く大きな水道がある(昔は水運が重要)
火山もなく、地震も少ない、山に囲まれた盆地で外敵を防ぎやすく都市を築ける平地がある。+4
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182. 匿名 2019/01/11(金) 00:01:30
>>159
えー、ひっどい。
生理があるから子供ができるのに。生理があるから血の池地獄って。すごい考え方だなぁ…
+63
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183. 匿名 2019/01/11(金) 00:04:20
>>71
平安貴族のより美味しそうだよね
奈良時代の貴族はチーズ食べたり、氷室持ってて暑い夏はかき氷楽しんでたりしてたんだよね。
女の人の衣装もスカートみたいで、髪は結って動きやすそうで、野遊びもしていた。
平安貴族のお姫様は重い十二単に長い髪を垂らして一日中屋敷の奥深く引きこもってたんだよね。
奈良時代の貴族のほうが健康的で楽しそう。+103
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184. 匿名 2019/01/11(金) 00:05:19
>>182
御釈迦様(シッタルダ)自体、子供なんて出家の邪魔だって
息子にラーフラ(障害)て名付けたからね。+11
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185. 匿名 2019/01/11(金) 00:05:57
>>142
まず、穢れは「気枯れ」、元気がない状態のこと
だからゆっくりしてなさい、
無理したらあかんよというのがモト+42
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186. 匿名 2019/01/11(金) 00:07:42
>>179
東北だけじゃなく、京都でも毛皮を身につけてたよ
家着に限るけど
源氏物語にも描写がでてくる+5
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187. 匿名 2019/01/11(金) 00:08:38
>>38
だから神社仏閣への参拝は
はばかられたのかな?
最近は言われないのかな?
うちの姑は生理の時は参拝に行っちゃいけないと言ってる。
汚しちゃうから生理は不浄なものとされてたのかしら。
生理って子供を産むためには絶対必要なものなんだし、もう今の時代、不浄なものとかって時代錯誤だよね。高機能のナプキンがあるわけだし。+26
-0
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188. 匿名 2019/01/11(金) 00:09:09
武家が台頭してきても天皇家って良く途絶えなかったなと思う+1
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189. 匿名 2019/01/11(金) 00:09:59
>>186
末摘花だっけ、それ+5
-0
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190. 匿名 2019/01/11(金) 00:13:10
>>89
後醍醐天皇の菩提を弔う天龍寺を足利尊氏が建立
夢窓疎石の庭園の世界遺産ですね+0
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191. 匿名 2019/01/11(金) 00:13:33
>>182
ごめん全然関係無いんだけど地獄の話してるのに「えー、ひっどい。」って何かゆるい感じで和むわw+68
-1
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192. 匿名 2019/01/11(金) 00:13:39
>>188
武士の祖である源氏にしても平家にしても、元々は天皇家から枝分かれしたからじゃない?
+4
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193. 匿名 2019/01/11(金) 00:14:34
>>135
奈良県明日香村には水落遺跡という今で言う水時計の遺跡があります。
つまり飛鳥時代にはすでに時計の原型は日本に伝わっていたということ。
古墳の築造や寺社の建築なども含め、古代の技術は想像よりはるかに現代に近いのかもしれませんね。
明日香村、おすすめですよ。+22
-1
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194. 匿名 2019/01/11(金) 00:16:00
>>152
高貴な人の名前や顔を写す(映す)こと自体がタブーだったからね、源氏物語でも語り手が主人公たちより下の身分だから、主登場人物らの名前は出ていない。光源氏も葵の上も薫も、みーんなアダ名。
で、絵は「記号化された公達像・姫像」なんだよね 今で言うピクトグラムみたいな。
+26
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195. 匿名 2019/01/11(金) 00:18:57
>>189
そうそう!
聴色のわりなう上白みたる一襲、なごりなう黒き袿重ねて 、表着には黒貂の皮衣(ふるきのかはきぬ)、いときよらに香ばしきを着給へり+1
-0
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196. 匿名 2019/01/11(金) 00:22:17
>>188
天皇は五穀豊穣の豊作を祈願している
+2
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197. 匿名 2019/01/11(金) 00:26:30
>>173
ストパーとか神技術だな+20
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198. 匿名 2019/01/11(金) 00:27:12
>>152
鎌倉以降の肖像画とかはかなり写実的じゃない?
武将像さ
浮世絵のことを指してるなら、あれはプロマイドだからなー特徴を誇張してる
現代の写真を修正するのと同じ+4
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199. 匿名 2019/01/11(金) 00:33:08
天皇が邪魔と思ったら、完全に滅亡させるより
ちゃっちゃと廃位&追放して、ちゃっちゃと建前だけの次の天皇を即位させた方が
よほど効率が良い
そんな中、ガチで天皇VS武家をやっちゃった承久の乱と太平記の時代すげー
+13
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200. 匿名 2019/01/11(金) 00:36:57
>>3
>>29
お米のとぎ汁という回答も出てましたが、うるち米なんて食べられなかった庶民(アワとかヒエが主食)は、藁や木くずを燃やした灰で作った灰汁で洗髪や洗濯をしていたそうです。
仮に汚れが取れたとしても、さぞかしクサかったでしょうね…+15
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201. 匿名 2019/01/11(金) 00:39:21
どうやって五重の塔とか造った?
設計士とか居たの?
限りなくモノが無かった時代なはずなのに…+4
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202. 匿名 2019/01/11(金) 00:44:37
>>187
赤不浄 →血の穢れ・経血、黒不浄 → 死の穢れ・喪中、白不浄 → 出産の穢れ。
穢れの期間は、寺社仏閣に参ってはいけない。
平常に戻ると大丈夫。
元は普通の状態ではなく弱っているから、人の多いところに出かけたり
神気に当てられたりすると危険だから、家で大人しくしてた方がいいよと意味だった。+19
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203. 匿名 2019/01/11(金) 00:47:08
>>188
権力(武家)と権威(天皇)が分離していたので、日本は長く続いた説がある。+6
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204. 匿名 2019/01/11(金) 00:49:18
>>201
当然、設計師は居たよ。
中国から技師を招んだり、習ったり留学させたり。+11
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205. 匿名 2019/01/11(金) 00:50:09
>>201
最先端の技術を身に着けた職能一族が
大陸から渡来していたのよ+9
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206. 匿名 2019/01/11(金) 00:51:28
案外生理は数回で終わっていたかも。今だと子どもみたいな年齢から子ども産んで、それも何人も産むからさ。出産は今よりずっと命懸けで、産んでから長生き出来るかどうかも、微妙な時代。+26
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207. 匿名 2019/01/11(金) 00:51:53
昔は女性は髪が長いのが良いってなんなんだろうって思う。髪が短いのはみっともないとまでされる時代もあったからね。日本だけでなく世界的にもその傾向の方が多いからちょっと気になった。
【派手な柄で求愛する鳥】のような本能が人類にとって女性髪の毛にあたるのかな。それとも長年の文化歴史の価値観で刷り込まれてしまったからかな。
+34
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208. 匿名 2019/01/11(金) 00:53:56
平安時代って、夏は灼熱だったんだよね?マラリアが流行ってたとか?
十二単も、夏はスケスケの布だったらしい。+12
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209. 匿名 2019/01/11(金) 00:56:56
>>142
日本古来の神道的な思想では、「死」「血」=穢れ という概念があったので、出血する生理も穢れと見なしていたと思われるので、飛鳥時代くらいには既にそういう扱いだったはず。
弥生時代あたりはどうだったんだろうね。+9
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210. 匿名 2019/01/11(金) 00:58:56
中大兄皇子はなぜ天皇に即位することを先延ばしにしてたの?
乙巳の変の時はともかく孝徳天皇が崩御した654年時に、なぜわざわざ前例のない重祚まで行って自身は即位しなかったの?+8
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211. 匿名 2019/01/11(金) 01:00:23
>>201
飛鳥時代の始め頃に中国から来た人々(いわゆる渡来人)が建築の技術や知識を伝えた。有名なところでは仏師の鞍作鳥利の一族なんかがそう。
+8
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212. 匿名 2019/01/11(金) 01:30:25
>>3
米ぬかだよ。米ぬかを布袋に入れてこすりつけるの。+4
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213. 匿名 2019/01/11(金) 01:34:50
>>76
お風呂に入らなかったから毛じらみ予防のためにツンツルリンだったのよ。+6
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214. 匿名 2019/01/11(金) 01:56:20
>>3
髪の毛は凄い貧農の水が貴重なエリア以外は
普通に洗ってた
身分が高ければ米のとぎ汁なんかを櫛に浸して何度も何度も梳いたり
身分が低ければ行水のようなことをしたときについでに+11
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215. 匿名 2019/01/11(金) 01:59:22
平安時代、髪を洗ったら乾くのに3日くらいかかったんだよね
あとお風呂はサウナみたいな蒸し風呂だった+14
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216. 匿名 2019/01/11(金) 02:03:50
>>20
実際皇族が政治的な主権を握っていたのは飛鳥時代くらいまで
大化の改新以降は藤原氏が政治的な主権を握り 皇族は権威の象徴のような存在に
それからずーっと新興勢力が政治的実権を握ろうとする時に皇族は権威として
利用されてきた
秀吉も家康も朝廷から官位を授かったりしているのがその証拠
だから皇族をトップに頂く朝廷と時々の実権を握る勢力とは共存できた+10
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217. 匿名 2019/01/11(金) 02:15:51
>>175
>>4
元々神道があって仏教を中国から輸入した
両者を仲良く共存させるために神道の神様は仏教の守護神みたいな
考えが産まれた
それから鎌倉くらいに末法思想が流行って仏が神に変身して
個人の救済するって考えがになったりして
ごちゃ混ぜにすることで共存してきた+9
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218. 匿名 2019/01/11(金) 02:20:37
>>81
西園寺寧子を権力があったという風に例にひくのは適当じやない
あれは南朝による三上皇拉致事件があって、急いで新帝(後光厳天皇)
を即位させる必要があったが、その前に天皇を指名する治天の君が
必要で、適任者がいないから佐々木道誉が国母の西園寺寧子に
無理やりお願いしたというだけのこと
所詮室町幕府の傀儡だし
元から権力があったというなら中宮彰子のほうがあったはず
摂政関白の弟二人(頼道、教道)は姉に全く頭があがらず
たびたび叱責されていたらしいし
+9
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219. 匿名 2019/01/11(金) 02:21:44
>>38
き、気合いで経血止めるのかー(´⊙ω⊙`)!!+4
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220. 匿名 2019/01/11(金) 02:22:38
>>38
残念ながら経血をコントロールして排出する機能は
女性には備わっていません
そもそもそういう筋肉がないから無理です
医学的にも史学的にも資料は全くないです
お医者さんも歴史の研究者も思いっきり否定しています
もし経血を随意筋もないのにコントロールできるならば
心臓の動きだってコントロールできるはずです+63
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221. 匿名 2019/01/11(金) 02:25:36
>>210
天皇という位につくと面倒なことが多くて動きにくいんでしょ
逆に天皇の中には早々に息子の幼帝に皇位を譲って
院政をはじめる人が多いけど同じような理由なんじやないかな
ましてや中大兄は実際に自ら戦をやったりするような人だしね+6
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222. 匿名 2019/01/11(金) 02:34:52
>>183
だけど調味料が塩くらいしかないからおいしくないよ
栄養はとれるかもだけど
砂糖が日本に入ってきたのは南蛮貿易以降だけど
それ以前は水飴、蜂蜜なんかが最高の甘さだった
その時代なら柿(干し柿)や栗なんかはごちそうだったろうね
味付けなしでも普通に食べられるから
「太平記」で尊氏なんかが菓子を食べるシーンがあるんだけど
何で味をつけてたのかなと思う+11
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223. 匿名 2019/01/11(金) 02:41:44
>>181
日本に限らず古代都市はみんな内陸だよ
(ローマ、パリ、モスクワ、西安、バクダッド、等々)
当時は港湾を整備する能力が
なかったからね また海に面してると敵に攻めこまれ易い
ニューヨーク、サンフランシスコ、上海、
日本でいえば横浜、神戸、東京、大阪なんかはみんな近代都市+9
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224. 匿名 2019/01/11(金) 02:42:55
>>26
鳥取の投入れ堂?+3
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225. 匿名 2019/01/11(金) 02:45:22
>>142
縄文弥生くらいまでは女性の生理は神秘的で豊穣を象徴するものだったらしいよ
それが日本書紀が成立するくらいのころには女性の経血が穢れとして
扱われる描写が増えてくるからそのくらいから不浄扱いだったと考えられてるみたい
+30
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226. 匿名 2019/01/11(金) 02:47:06
>>32
NHK大河はストーリーは空想だけど、そういうとこはうるさいよね
鎧も「なるべく」その当時のものにあわせるようにしている+4
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227. 匿名 2019/01/11(金) 02:51:34
>>42
上のほうで誰かも書いてるけど
原始に近い頃は獣の皮に穴あけてかぶってた
だけだからね まあTシャツみたいなもん
服装にしても髪型にしても複雑でめんどくさいほうが
富の象徴だからね
日本では軽で事足りるのにフェラーリのってたりするのと一緒+35
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228. 匿名 2019/01/11(金) 02:58:20
>>86
源氏の棟梁はみんな風呂場で誅殺されてるからねw
それで「あ、風呂入ってたんだ」とわかるw+5
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229. 匿名 2019/01/11(金) 03:06:17
>>106
まあ厳密にはやってない天皇も多々いたろうけどね
竹田恒泰氏なんかは女性天皇を例に出すけど
それ以前に九条廃帝(仲恭天皇)とかどうなるんだと
安徳や後鳥羽は無理やり祭祀のマネゴトみたいなのを
させたとしてもさすがに二歳児には無理だろう+4
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230. 匿名 2019/01/11(金) 03:11:29
>>89
性格的にはかなり問題のある帝だけど
尊氏ら武士方との対立以前に大覚寺統の傍系なのに
本流に皇位返すのを拒否したり
阿野簾子との子に皇位を継がせたいがために
殺されるのを半ば承知で護良親王を足利に差し出したり
まああの方の執念がなければ時代が動かなかったのも事実+4
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231. 匿名 2019/01/11(金) 03:11:44
>>40
平安時代は、庶民は川で水浴び、貴族はサウナ的な蒸し風呂がお風呂だったようです。
だから風呂に関しては、貴族よりも庶民の方が衛生的だった。+32
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232. 匿名 2019/01/11(金) 03:18:42
>>216
通史ではそれでいいんだけど、飛鳥時代以前の歴史ってのは
「日本書記」に頼るしかなく、あれで一括して天皇家に
都合のいいように書かれてるからね
蘇我、物部以前にもたぶん朝廷を牛耳るような
勢力はいたと思うけど書かれてないだけ
天皇(大王)が全くの傀儡だった時期も多々あったと思うよ
記録になければ調べようもない+15
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233. 匿名 2019/01/11(金) 03:21:52
>>179
ブルーザーブロディが着てるようなやつ?+5
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234. 匿名 2019/01/11(金) 03:33:08
>>169
吉備真備なんかは、その勢力をそごうとした藤原仲麻呂によって
大宰府に送られたり遣唐副史にされたりしたけどその都度ピンピン
して戻ってきたからついに仲麻呂の方がキレて反乱起こしたけど
あっさり真備に討たれちゃった
同じことを藤原時平にされた菅原道真は恐れおののいて
考えたあげく「唐にはもう学ぶことはありません」と理屈を
こねて遣唐使自体を廃止させて大陸送りを逃れた
まあ同じ学者大臣でも鍛え方が違うというか・・+12
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235. 匿名 2019/01/11(金) 03:36:07
>>164
自然環境もある
火山がたくさんあった九州は都を置くには不安だろう
実際火山の爆発で村が壊滅したとかの報告もあったろうし
近畿地方にはひとつも火山が無い+8
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236. 匿名 2019/01/11(金) 03:45:53
>>154
全然違うよ
そもそもそこで出てくる「源氏」ってどこの源氏?
清和源氏はまだ道長の頃は北面の武士程度だし
他の嵯峨源氏とか宇多源氏とかは代々続いてる家柄じゃないよ+0
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237. 匿名 2019/01/11(金) 03:48:57
>>155
文字は必要性を感じなければいつまでも生まれない
南米のインカやアステカなんかは日本の戦国時代くらいでも文字がなかった+6
-0
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238. 匿名 2019/01/11(金) 03:54:16
>>151
全然違うw
だいたい「平家物語」って基本琵琶法師が「語り」で聞かせるもんでしょ
もっと後の「太平記」も読んでる人は一部で大半は講釈師の話を聞いてるだけ
室町以前だと教育システムが確率してないからお金があって
家庭教師雇える人だけですよ 文字の読み書きできたのは+11
-2
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239. 匿名 2019/01/11(金) 03:57:51
>>135
江戸時代くらいになったら村々に「半鐘」とか置いてて
決まった時間に叩いたりしてたとは思うけどね+11
-1
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240. 匿名 2019/01/11(金) 04:01:50
>>131
平清盛が迷信否定派だったのも大きいんじゃない
北宋から最新の技術や科学が入ってきてるのに接してるから
祟りとかバカらしくなったんじゃないの+2
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241. 匿名 2019/01/11(金) 04:08:40
>>220
?子宮から出るものを止めるんじゃなくて、体外に出るのを止めるんだよ?
尿意だって止めるじゃん、筋肉で。
変な話、男性器が挿入されてるときに感じさせるためにキュキュッと締めるじゃん、あれと同じ筋肉よ+5
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242. 匿名 2019/01/11(金) 04:12:52
>>149
昔でもたまに長命の人いるよね
あ、神武天皇とかではなく
藤原定家3代はみんな70-90くらいで長命だし
四条貞子(後深草、亀山天皇の祖母)は107歳という高齢で死去している
(名家の人なのでかなり確実な記録あり)
このあたりの人はよく外科手術の必要な病気にならなかったと思う
あと、坊主も武士なんかと比べると長命の人が多い+13
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243. 匿名 2019/01/11(金) 04:14:16
>>154
すげー嘘情報w
あれは帝より臣下(案に藤原家)のが力を持ってるということと、因果応報を広めてる。
そのために書かれたのかどうかは不明だが。
なんせ父帝の妻を寝取り、その子が帝になるんだから。
そして晩年、光る君もまた妻を寝取られ…+1
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244. 匿名 2019/01/11(金) 04:16:25
>>233
>ブルーザーブロディが着てるようなやつ?
例えwww
まぁ私はわかるけどもw
+43
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245. 匿名 2019/01/11(金) 04:38:09
>>243
>父帝の妻を寝取り、その子が帝になるんだから
まあ似たようなケースはままあったんだろうね
崇徳天皇の「叔父子」の話とか
光厳天皇なんかは叔父花園上皇の側室を寝取ってできた子供を
「俺の子だから皇太子に」とか主張した記録とか残ってるし
噂レベルだと足利義満は後円融天皇の妃を寝取ったとか
+1
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246. 匿名 2019/01/11(金) 04:59:08
爪切りどうしてたのか気になります。
割れたり欠けたりしたらどうしてたのか。
あと、視力が低い人はどうやって生活してたのか。怪我する確率高そうだし早死してたのかな…。+24
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247. 匿名 2019/01/11(金) 05:15:20
>>125
この時代の庶民に木綿は使われていないよ。
元は高価な輸入品。栽培しだした戦国時代でも庶民に普及してないし。
江戸時代になってからやっと大規模に栽培されて庶民の手に入るようになった。+10
-1
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248. 匿名 2019/01/11(金) 05:17:44
>>246
爪は爪切りより「やすり」だと思うよ
今でも中国の按摩店とかいって爪切り(足とか)頼んだら
専門の人がやすりでゴシゴシしてくれる
というより昔の人は爪が長くても平気だったと思うよ
昔の年寄り爪のばしたままの人いっぱいいたもん+18
-1
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249. 匿名 2019/01/11(金) 05:20:06
>>246
古代人は石で削っていました。
江戸時代にはさみが使われるまでは小刀。+9
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250. 匿名 2019/01/11(金) 05:28:39
>>207
昔は切れ味のよいハサミもなければ、手軽に出来るトリートメントもドライヤーもないわけで…
切ったところで毛先が傷んだり、ボサボサしちゃうのが関の山。
それなら長く伸ばしてある程度まとめた方がまだマシだったのでは?
+2
-2
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251. 匿名 2019/01/11(金) 05:35:14
>>142
宗教的な理由もありそう
海外行った時にとある寺院で生理中の人は参拝禁止って案内板あった
今でもそんなんだから昔はもっとそんな考えが一般的だったんだと思う
生物学的な研究もなかっただろうから身体から血が出るということは忌み嫌われる対象だったんだろうなあ+6
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252. 匿名 2019/01/11(金) 05:37:26
だいたい時代劇や大河のごはんの盛り方がウソ
現代みたいに白米を普通に炊いて食べたりしてたら
コメなんてあっというまになくなる
江戸中期以前は基本おかゆみたいなもん食ってる
戦の時は干し飯とかの携帯食+26
-1
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253. 匿名 2019/01/11(金) 06:51:16
>>23
断言は出来ない。椿油とくしで整える。
艶があり漆黒 長いが 美人とされていたはず。+6
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254. 匿名 2019/01/11(金) 06:56:05
平安とか鎌倉時代はいわゆるかけ布団はなくて、着物を上からかけて寝ていたんだよね?
家のつくりもそんなに緊密じゃないから寒風吹き込むだろうしなんて寒いの…!+12
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255. 匿名 2019/01/11(金) 07:32:15
>>167
そうです!この『ペルセポリスから飛鳥へ』の書籍をご存じの方がみえて、嬉しいです!「正統な」専門家からの評価はわかりませんが、松本清張の推察力が凄いです。あと小説『火の路』『眩人』が同じテーマを扱っていて、お勧めです。+5
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256. 匿名 2019/01/11(金) 08:09:37
>>239
その「決まった時間」を時計無しでどうやって決めたり判断してたんだろう…
太陽の位置とか影で判断っても、天気悪かったらわからないし、叩く当番?がうっかり屋さんで寝過ごしたり忘れたりとかしなかったんだろうか…
+17
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257. 匿名 2019/01/11(金) 08:17:40
>>20
天皇は神の子孫って考えられてたからじゃない?だから今でも天皇が続いていて、しかも現世では英国王室と並んで長い歴史がある王室として名高いはず。+6
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258. 匿名 2019/01/11(金) 08:21:28
>>29
平安時代は米のとぎ汁で洗ってたはず。当時は陰陽道に従って、髪を洗う事自体が良くないとされていた。だから月一回吉日に髪を洗って、それ以外はお香を焚いて誤魔化していた。
ちなみに平安時代の女性は髪が長いのが美人の条件の1つだったから、髪を切る事は出家以外で滅多に無く、故に髪を乾かすのが大変だったらしい。+14
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259. 匿名 2019/01/11(金) 08:23:10
>>34
十二単は特別な時にしか着ない正装で、貴族も普段は袿っていう簡素な着物を着ていたはず。+27
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260. 匿名 2019/01/11(金) 08:25:26
>>39
油は高価だったから囲炉裏で炭を焼いたりしてたはず。清少納言の枕草子でも、火鉢が登場してたから当時は炭を使って暖を取っていたんじゃないかな。+12
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261. 匿名 2019/01/11(金) 08:27:36
>>40
お風呂は庶民の方が入っていて、貴族の方こそが陰陽道に従って入れる日が月一って決まってたから汚かった。
庶民は水浴びしたり銭湯や温泉に通ってたからね。ちなみに江戸時代まで銭湯は混浴しか無かったらしいよ。+23
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262. 匿名 2019/01/11(金) 08:30:57
>>49
北海道開拓は近年の出来事じゃなかったっけ。北海道開拓途中で三毛別羆事件が起きたらしいから、それまではアイヌ人とかの原住民が殆どだったんじゃないかな。+9
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263. 匿名 2019/01/11(金) 09:02:39
怨霊が発生しなくなったのは、
もともとは人殺しを生業とする武士の世になったからじゃないかな
いちいち怨霊を恐れていたのでは、仕事ができなくなってしまう
怨霊がいたら怖い!と思うメンタリティーを人間側がもってないと、
怨霊は成立しないのよきっと+17
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264. 匿名 2019/01/11(金) 09:49:38
日本のこの時代と当時の中国の文明や文化を比べてしまうと日本はまだまだ原始時代やな、って思ってしまう。+5
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265. 匿名 2019/01/11(金) 09:55:02
ニワトリ「(今日一日くらい寝坊したっていいか…zzz…)」+6
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266. 匿名 2019/01/11(金) 10:01:06
すみません、初歩的な質問してもいいですか。
朝廷って天皇の事ですか?+1
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267. 匿名 2019/01/11(金) 10:05:44
>>208
源氏物語の若紫で、源氏が北山に行ったのも
マラリアから回復して療養をするためじゃなかったっけ?
マラリアにかかると顔がプクーっと腫れて、
でもそれが可愛いと思われたとか・・・?
本当かーー?+6
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268. 匿名 2019/01/11(金) 10:05:56
>>85
これって父親が亡くなったら通ってる男が実家に入るの?
どこかのタイミングで男が入って家を継ぐか新しく家庭を持たないと、その次の代で父親のいない家庭になっちゃうよね?+2
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269. 匿名 2019/01/11(金) 10:16:42
>>266
天皇を中心に据えて天皇の権威の許に政を執る場所(機構)のことよー
幕府は、征夷大将軍が中心となる機構+15
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270. 匿名 2019/01/11(金) 11:09:48
結局聖徳太子は実在したんですか?
実在だったらなぜ天皇にならなかったんですか?
あと呼び方は、厩戸皇子というのが正しいの?+2
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271. 匿名 2019/01/11(金) 11:15:29
石鹸はいつ使われるようになったんですか?
水だけじゃあんまり意味が無い気がするんですけど。
+1
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272. 匿名 2019/01/11(金) 11:15:41
>>238
耳で物語を聞いていたことが、後々の識字率の向上の下地になった
寺子屋で勉強したからだけじゃない+4
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273. 匿名 2019/01/11(金) 11:26:48
>>263
武士に怨霊なし
という言葉があるからね
しかし武士は戦で人を殺す罪の意識はあったので、アクティブな(他力本願で無く、何でも自分でやる)禅の教えを受け入れるようになっていく。
+9
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274. 匿名 2019/01/11(金) 11:51:04
>>271
身体を洗う石鹼って、
幕末になってようやく外国からもたらされたんじゃなかったっけ?
普及したのは明治になってから+8
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275. 匿名 2019/01/11(金) 11:54:49
>>271
鉄砲伝来と同じ時期
ちなみに家康は戦争に備え大量にため込んでたという記録が残っています
戦場での衛生状態は士気や病気の蔓延に繋がってきますからね+3
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276. 匿名 2019/01/11(金) 12:33:38
歯磨きはどうしていたの?
草とか指を使った?
塩でみがいたり?
そもそも歯をみがく概念ってあったのかな?
+6
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277. 匿名 2019/01/11(金) 12:36:08
>>39
平安時代から鎌倉時ぐらいまでは代は、もしかすると暖かかったかもね。
以外引用
有史以来最も気温が高かったのは、西暦1000年頃(800年~1300年頃)と言われており、気象学の世界では「中世温暖期」と呼ばれている。
平安時代から鎌倉時代にかけて、やはり気温が高かったと思しき記録が残っている。『気候の語る日本の歴史』(山本武夫著)には、宮中(京都)で花見が行われた日時から、気温がかなり高かったのではないかとの論証がある。
+4
-0
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278. 匿名 2019/01/11(金) 12:58:29
>>268
安定していた平安時代とかなら、当主が死んで男子のいない場合は甥とか親戚が
跡を継ぐ場合が多かった
室町以降は天皇の葬儀の費用がなくて遺体を40日くらい放置したという記録も
あるくらい公家が困窮していたから、下級貴族などお察し+3
-0
-
279. 匿名 2019/01/11(金) 13:00:28
>>276
教養のない人はやらない人が大半だろうけど、
ちょっとお金がある人や上位階級は藁束とか塩とかで
やってたんじゃないかな+2
-0
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280. 匿名 2019/01/11(金) 13:05:17
>>242
尼子経久83歳
毛利元就74歳
両家とも嫡男が早くに亡くなったので
しっかり者のじいちゃんが家を支えた+6
-0
-
281. 匿名 2019/01/11(金) 13:06:57
そういえば平清盛が、幼い娘・盛子を藤原摂関家の息子の一人のところに嫁に出したところ、
その息子が早世して、盛子=平家が莫大な所領財産を相続してしまって
摂関家側が泣いたってって話があったな
これは平家の桁外れの権力があったから叶った例外かな?
とにかく強運だわ清盛
+3
-1
-
282. 匿名 2019/01/11(金) 13:07:52
>>234
真備の場合、大宰府に送られても、支持者である孝謙天皇が
「真備を呼び戻せ」と主張したから仲麻呂もしぶしぶ折れて
都に戻ることができた
道真は大宰府から京に帰れる目途がなかったから
ガックリきた
そのあたりの違いも大きい+7
-0
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283. 匿名 2019/01/11(金) 13:12:43
>>281
夫の没後は、基通の養育の傍らで氏族内部の行事の遂行などを円滑にこなしていたが、治承3年(1179年)春より不食を煩い、6月17日、白河押小路殿において夫と同じ24歳で死去した。
九条兼実は「異姓の身で藤原氏の所領を押領したので春日大明神の神罰が下った」という世間の噂を「どうして14年間も罰が下らなかったのか」と一笑に付し、理に任せて遺領を配分するなら関白・氏長者の基房が主要な荘園を伝領し、基通や他の基実子女にもそれぞれ分け与えるのが妥当だが、そうはならず、公家(高倉天皇)が全て伝領して藤氏の家門は滅亡するだろう、と嘆いている(『玉葉』治承3年6月18日条)。
+3
-0
-
284. 匿名 2019/01/11(金) 13:21:32
>>256
江戸以前て基本一日朝夕2食だったんだけど
昼がない理由のひとつに厳密にいつが正午頃かわかんなかった
というのもあったかもしれない+2
-0
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285. 匿名 2019/01/11(金) 13:22:23
「いろは歌」が詠み人不詳というのが、なんともミステリアス。+21
-0
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286. 匿名 2019/01/11(金) 13:32:59
ぶっちゃけ天皇の一族ってどこの馬の骨ともわからん輩の血が入ってますよね?
昔はDNA鑑定なんてできなかったんだから確認のしようがないし。
権威にあやかりたい女性が身分の低い家来とかそのへんの通行人とかと子作りして天皇の子ってことにしてたかも。+6
-7
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287. 匿名 2019/01/11(金) 13:39:22
>>91
宮古島の伝統能って、ペルシャの話じゃなかった?
+1
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288. 匿名 2019/01/11(金) 13:42:21
>>270
面白い本があるよ
法隆寺の建ち方から聖徳太子を見たやつ
+0
-0
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289. 匿名 2019/01/11(金) 13:44:27
>>276
歯磨きはお釈迦様が提唱して仏教伝来とともに日本に伝わったとか聞いたことある
最初は僧侶とか上流階級のみが磨いてて庶民に広まったのは江戸時代からだとか
道具は柳の小枝を噛んでシャギシャギになったところをブラシにみたてて磨いてたらしい+3
-0
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290. 匿名 2019/01/11(金) 13:44:31
>>286
いや、かなりの確率で正確だと思いますよ
天皇や皇太子の女御になるような人は身分が高く
侍女などがたくさんついている
警備の意味もあってSEXの最中には衝立こしに多くの
つき人が聞き耳を立てている
確実にやってるかどうかはわかる
一人で町中に出るなんてこともない
というより出たこともなかろう
歴史的に一度もないとはいわないが昔なりに
ちゃんと実子かどうか確認するシステムはできてる+28
-1
-
291. 匿名 2019/01/11(金) 13:49:19
逆に清和源氏とかのほうが怪しいかも
源義朝(頼朝の父)とか、旅先で
出会って一晩寝ただけの女でも
「あなたの子だ」といわれれば
実子として認知してたらしいし
そうすることが源氏の棟梁の度量であり
実子かどうかは深く考えなかったとかなんとか
他にも清和源氏には似たようなエピがある+3
-0
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292. 匿名 2019/01/11(金) 13:55:48
>>285
下のところが暗号みたいに
とがなくてしす
になってるんですよね+3
-1
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293. 匿名 2019/01/11(金) 14:19:59
卑弥呼ってなんで「卑しい」って漢字がつかわれているんだろう?
昔は今とは意味が違ったのかな+13
-0
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294. 匿名 2019/01/11(金) 14:27:48
>>293
「邪馬台国」というのは「魏志倭人伝」にしか記述がない
「卑弥呼」も魏の人間が音を聞いてあてた漢字
中国から見て南蛮も東夷も蒙古も倭もみんな見下した差別用語だよ
卑弥呼も同じ 見下してそう書いてる+26
-0
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295. 匿名 2019/01/11(金) 14:30:03
>>290
そうなんだね!知らなかったー
天皇とやってることは確実にわかるとして、他の男とやってない証拠はないから例えばその付き人と・・・なんてことが一度でもあれば血筋はそこで途絶えてるわけだしもう確認はできないよね。
+3
-4
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296. 匿名 2019/01/11(金) 14:39:58
>>274
サボンだかサボンだか…だっけ?+1
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297. 匿名 2019/01/11(金) 14:43:19
>>293
漢族がつけたから(魏志倭人伝)
+4
-1
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298. 匿名 2019/01/11(金) 14:43:29
>>291
だからそのような子は「庶子」として扱われ
長男でも嫡男とはみなされない
義朝の嫡男の頼朝は三男だが
母親が熱田神宮の宮司で身分が高く
確実に実子だから跡継ぎにした
+15
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299. 匿名 2019/01/11(金) 14:47:31
>>129
だよね!逆に筋肉があるからスムーズに出る
筋肉が衰えるからダラダラ少量の出血が続く
+4
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300. 匿名 2019/01/11(金) 15:09:42
結局、源氏と平家の代理戦争はいつまで続き、勝者は誰になったん?+1
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301. 匿名 2019/01/11(金) 15:29:13
歴史トピになるとかならず、生理どうしてたの?って言う人が現れるけど、ネタなの?+19
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302. 匿名 2019/01/11(金) 15:48:22
>>92
わたしが座りっぱで一日中ガルちゃんしてるのは、
その時代の名残なりけり
いとをかし+35
-3
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303. 匿名 2019/01/11(金) 15:51:59
>>257
大英帝国は並んでも無い。
皇紀の方がはるかに長く、
そして日本には「 王 室 」など無い。+18
-0
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304. 匿名 2019/01/11(金) 16:07:32
種ってどうやってできたんだろう
+2
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305. 匿名 2019/01/11(金) 16:14:44
猫は奈良時代から平安初期にかけて日本にやってきた外来生物
聖徳太子も中大兄皇子も生涯猫を見たことはなかった+7
-1
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306. 匿名 2019/01/11(金) 16:15:36
>>301
なんか生理の話が日本史で一番の重要事項みたいに思えるねw+13
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307. 匿名 2019/01/11(金) 16:20:18
>>298
大河では全カットされてるけど、
頼朝にとって異母弟の義経なんかどうでもいい存在だよね本当は
義経なんかより四国に流された同母弟の希義のほうがよほど
心配だった
頼朝が旗揚げした後謀反を疑われて討たれたけど
後年僧侶が希義の遺骨を鎌倉に持ってきたとき、号泣したという
+15
-0
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308. 匿名 2019/01/11(金) 16:26:35
聖徳太子って結局いたのいなかったのどっちなの?
私の学校、聖徳太子が建てたってことになってるんだけど
卒業したら聖徳太子本当はいなかったって話が出てきて
じゃあうちの学校誰が建てたんだよって話になってんだけど+18
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309. 匿名 2019/01/11(金) 16:34:59
>>20
それは権力者だけじゃなく祭祀王だから
わかりやすくいえば
エリザベス女王とローマ法王を足したようなもの
権力者(王)なら滅ぼされるけど
神道(宗教)が絡んでくるから
+3
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310. 匿名 2019/01/11(金) 16:59:44
>>271
ムクロジの木が実にサポニンを含むので、それを使っているところもあったて聞いたことある。
エゴの木やサイカチの木も石鹸の木だって。+4
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311. 匿名 2019/01/11(金) 17:06:18
>>262
原住民て久々に聞いた。
今は先住民族(ネイティブ)て表現するんだよね。
あと、伝統的な暮らしをしている人々とか。
土人と野蛮人はアウトだっけ。+8
-1
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312. 匿名 2019/01/11(金) 17:14:33
>>308
四天王寺高校か。良いところ行ってたんだね。
子供の頃、「大阪城を建てたのは?」「豊臣秀吉」「ブーッハズレ、答えは大工さん!」てのを思い出した。
聖徳太子は高校は建ててないと思うよ。
四天王寺は建てたけど。
当時、聖徳太子と呼ばれた人物は居なかったという意味で、厩戸皇子(上宮王)は居たとされる。
聖徳太子は、脚色された伝説的なエピソードが多いのでどれが事実なのかと検証されている。+18
-0
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313. 匿名 2019/01/11(金) 17:18:42
>>218
そういえばこの三兄弟もみんな長寿だね
11世紀の人らだけど
藤原頼通 82歳
藤原教通 81歳
中宮彰子 86歳
藤原俊成-定家のとこも親子孫で長寿だけど
やっぱり長寿の家系は確実に遺伝子になんかあるね
病気にかかりにくいとか+12
-0
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314. 匿名 2019/01/11(金) 17:33:08
>>234
吉備真備は若い頃17年も唐にいたからねえ
あっちで過ごすこと自体には別に不安はなかったと思うよ
かえって、唐にいた阿部仲麻呂や井真成なんかの昔の仲間に
あえるのを楽しみにしていたんでは
遣唐副史としての帰国では運よく難破を逃れ
鑑真を日本に連れ帰ったし、伝説では
囲碁やうどんや果ては九尾の狐まで日本に連れて戻ったとか
とにかく身体創建で運の非常に強い人
+6
-0
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315. 匿名 2019/01/11(金) 17:39:28
>>312
そういうたくさんの人のエピソードをミックスして脚色された存在は近代でもある
例えば、斎藤道三は油売りから身を起こして戦国大名になったと
いわれているけど、あれは道三と父親の二代の話をあわせたものでは
ないかと近年言われている
同じような話として北条早雲も前半生はほとんど講釈談のつくり話で
実際の早雲は幕府側近伊勢家の人間で結構エリート階級の武士だし
+5
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316. 匿名 2019/01/11(金) 17:41:05
縄文土器は複雑な作りをしてますが、弥生土器は飾りもあまりなくシンプルな形をしてますが、飾りあると持ちにくいしいらなくない?とか作りの時間かかるよねとかあったのでしょうか?+5
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317. 匿名 2019/01/11(金) 17:43:10
膀胱炎になったら大変だったろうな
特に貴族の女性とか着物たくさん着てるし+2
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318. 匿名 2019/01/11(金) 17:45:02
室町以降だと出てきますがそれ以前の庶民の娯楽は何だったんですか?+1
-0
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319. 匿名 2019/01/11(金) 17:53:43
アニメ「一休さん」では女性の髪形や服装はだいたいあっているが
農民・町民の男の髪形がダメ
だいたいあの時代(室町前期)は男は身分に関わらず烏帽子や頭巾など
かぶりものしていたし、桔梗屋さんの髪形などは完全に江戸時代のもの
月代(さかやき)など髪を剃ったりする風習は安土桃山くらいから
まあ単純に資料がなくてよくわからんかったのだろうな
+11
-0
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320. 匿名 2019/01/11(金) 17:59:38
>>318
道具を使わないあそび・・おにごっこやかくれんぼは昔からあったろうし
すごろくとか囲碁とかも昔からあった
びっくりするのは、平安末期に描かれた「鳥獣戯画」の中に
相撲やかけっこ、水泳にまじって、カエルが「走り高跳び」を
している描写があること
木の間にバーを渡してそれを飛び越えているから、「走り高跳び」
に間違いはない
そんなものがその時代からあったのかと驚嘆する+17
-0
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321. 匿名 2019/01/11(金) 18:05:59
昔NHKでモックン主役でやった「聖徳太子」というドラマ
最近見たが鎧兜がメチャクチャでマジで韓国ドラマを笑えないと思った+4
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322. 匿名 2019/01/11(金) 18:23:17
>>97
筋肉ブヨブヨ、タルタルだっただろうなあ。+2
-0
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323. 匿名 2019/01/11(金) 18:26:57
そういえば平清盛が、幼い娘・盛子を藤原摂関家の息子の一人のところに嫁に出したところ、
その息子が早世して、盛子=平家が莫大な所領財産を相続してしまって
摂関家側が泣いたってって話があったな
これは平家の桁外れの権力があったから叶った例外かな?
とにかく強運だわ清盛
+3
-2
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324. 匿名 2019/01/11(金) 18:27:35
>>316
霊柩車が昭和の時代は金色でゴテゴテだったのが、最近は黒一色の飾りのないタイプが主流になってるのと同じように「みて、あれまだあんな無駄にゴテゴテしてる、プークスクス」みたいのはあったのかも。+4
-0
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325. 匿名 2019/01/11(金) 18:30:31
>>323
同じ話を二度もかくな+0
-4
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326. 匿名 2019/01/11(金) 18:31:08
アメリカは、
イギリス人が、原住民のインディアンを駆逐して占拠して建国になったけど、
実は日本も
国を奪われたイスラエル人が、原住民の縄文人を追い払って占拠し
日本を建国したって説もあるよね。
日本の神社とか、相撲とか、童謡とか、ちょっとした言葉の中に
古代イスラエルそっくりの風習が残ってるからね。
元貴乃花が、相撲の起源はヘブライ語ですって言ってたけど
この人、そのこと知ってるのかな?と思ったわ。
ただ、それにしては、自分を含めて
顔がのっぺりしてるのが疑問だけど。
+9
-4
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327. 匿名 2019/01/11(金) 18:32:08
>>320
ゴム跳びみたいな感覚だったのでは?
リンボーダンスしてたらかなり驚愕だけど。+2
-0
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328. 匿名 2019/01/11(金) 18:35:35
>>326
イスラエル人が祖先だったら日本人もうちょっと脚が長くてもいいと思うんだけど…座りっぱなしの平安貴族のせいで退化した説は無理がある。+12
-0
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329. 匿名 2019/01/11(金) 18:37:08
平安時代って、ウンコは木の箱にしてなかった?
うる覚えだけど、
昔、好きで好きでたまらない女性がいる男が
その女性のことを、どうしても嫌いになりたくて、
ウンコを見れば、嫌いになれるかもと、
下僕に彼女のウンコを盗ませ、ニオイをかいでみたところ
そのウンコにお香が添えてあって、
ウンコまでいい香りで、ますます好きになったって話が忘れられない。
古典は、それしか覚えてない。
トイレットペーパーは、葉っぱかな?+11
-1
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330. 匿名 2019/01/11(金) 18:37:37
>>316
使用用途の上で全く不要な装飾を追加する
↑
これを人間だけが取得しえた遊び=芸術と呼びます
・・・と、日曜美術館あたりなら言うだろうなw+5
-0
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331. 匿名 2019/01/11(金) 18:43:24
>>330
縄文土器の網目模様ってさ、
蛇が巻き付いた鱗を表現してるって説もあるよ。
古代日本には、蛇信仰みたいなのがあって
器に蛇の呪術的パワーを込めてたってさ。
あと、正月のお供えの鏡餅は、蛇がどぐろを巻いた姿、
神社のしめ縄は、蛇が交尾をしている姿らしい。
そう思ってみると、ちょっと鳥肌が立つんですけど。+10
-0
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332. 匿名 2019/01/11(金) 18:46:56
>>305
モンシロチョウとかも今日本に普通にいるけどあれも外来生物だよね
幼虫キャベツの葉しか食べないけど昔の日本にキャベツなんてないもん
ジャガイモの葉しか食べないニジュウヤホシテントウとかだいたい柔らかい
野菜の葉ばっか食べてる昆虫は外来
植物と一緒に卵がまぎれて日本にきたんだろうな
逆に山とかで固い木の葉食べてるのはだいたい蛾の幼虫+5
-0
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333. 匿名 2019/01/11(金) 18:49:05
>>326
まあだいたいはオカルト研究家の妄想だと思うけどね
+4
-0
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334. 匿名 2019/01/11(金) 18:51:35
>>329
箱なんかにしてたのは貴族くらいだよ
上流階級は江戸時代でもおまるとかにしてたし
庶民は普通に便所つくってそこでしてたと思う+3
-0
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335. 匿名 2019/01/11(金) 18:56:07
>>334
庶民は多分、野っ原にしてたと思う。+5
-0
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336. 匿名 2019/01/11(金) 18:56:15
>>307
タッキー主演の大河「義経」では
同母兄弟である今若、乙若の存在も無視されてて
平家の話ばっかやってて「そりゃないだろ」と思ったw+7
-0
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337. 匿名 2019/01/11(金) 18:57:46
京都の祇園祭りが、シオン祭りとそっくりだと言われているけど、
そういえば、なんで日本の祭りの神輿に
シルクロードの東方のタペストリーが描かれてるのか不思議だわ。+12
-0
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338. 匿名 2019/01/11(金) 18:59:53
>>335
いや、化学肥料のない時代、人糞は貴重な肥料だから
そこらへんに放置なんてないよ
江戸の話になるけど、当時の汲み取り屋なんて
長屋の庶民の糞より武士や貴族の糞のほうが
栄養価が高くていい、なんて奪い合いしてたくらいだからね
だから村とかでは必ずまとめて特定の場所で排泄してたはず+12
-0
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339. 匿名 2019/01/11(金) 19:02:40
>>319
「オトナの一休さん」は、ちゃんと合っていると思うんだけど。
るいるいるへ♪+2
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340. 匿名 2019/01/11(金) 19:06:01
>>338
すれ違いですが、うん続きの話でごめんなさい。
戦争中、敵がどれだけの数がいるか知るために
敵陣の跡のウンコの量を見て、だいたい兵は数百人いるとか、
数千人いるとか推測したらしいですが、
日本人は繊維質を多く食べるためか、ウンコの量が半端なく
少数兵隊でも、兵士の数が膨大だと
外国人に勘違いされてたらしいです。
+11
-0
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341. 匿名 2019/01/11(金) 19:06:49
>>294
逆に「魏志倭人伝」にしか記述がないのに
なんでみんな本当にあったと信じこんで長年
どこにあるんだと論争してるのが自分には不思議
ウソ記述とは思わんのかいな?
+3
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342. 匿名 2019/01/11(金) 19:11:40
>>329
『今昔物語集巻第三十「平定文、本院の侍従に仮借する語」』
下僕に盗ませたんじゃなくて、自分でおまるの箱を運んでいる係りの女の子から強奪した。
ウ○コにお香が添えてあってんじゃなくて、お香で偽物を作っておいた。
盗んだウ○コがあまりにも良い匂いなので、それを眺めてるうちに男の取った行動は。。。
とても、書けない。。。。。+7
-1
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343. 匿名 2019/01/11(金) 19:12:12
眼鏡はポルトガル人が来て以降日本にもたらされた
駿府には家康が使っていたという眼鏡も残されている
大河「八代将軍吉宗」では吉宗役の西田敏行が眼鏡を
かけて本を読んでいるという珍しいシーンがある
+3
-0
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344. 匿名 2019/01/11(金) 19:13:25
家という漢字の、ウ冠の中って、犬の骨らしい。
そういえば、骨に見える。
昔は、家を作るとき、魔除けに犬を埋める風習があって、
その名残の漢字らしい。+3
-2
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345. 匿名 2019/01/11(金) 19:13:29
>>341
ラピュタを探し続けるパズーみたいなものなのだろう+4
-1
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346. 匿名 2019/01/11(金) 19:17:33
>>329
トイレレットペーパーは、木のヘラや縄です。
厠(カワヤ)は川の上に立っている小屋が語源。
自然の水洗トイレ。
昔の日本人のウ○コは、ウサギや鹿みたいな感じでだったから、あまり拭かなくて良かったらしい。+6
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347. 匿名 2019/01/11(金) 19:27:40
大昔の日本人も今の日本人と考えてたことはあまりかわらないんだなと思う
「鳥獣戯画」のユーモアな記述もそうだけど
奈良時代の平城京跡から出る木簡なんかにも
「役所から支給されるめしがまずい」とか書いてあったり
人間の顔の落書きがあったり
現代の日本史ではなんちゃら合戦とかの話しか教えないけど
そうでもない平時にはみんななんとか楽しいこと考えて生きていたんだと感じる+15
-0
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348. 匿名 2019/01/11(金) 19:29:07
>>342
ありがとう!
書き込み見て、探しました!
た、た、食べちゃったんですか・・
(そのものではなかったみたいだけど)
恋に焦がれて危ない道へ: 七分日和のにくばなれseptieme-ciel.air-nifty.com恋に焦がれて危ない道へ: 七分日和のにくばなれ七分日和のにくばなれほほえみ追求ブログ書き手:桜濱おことわりniftyの「@homepage」サービス終了に伴い、ただいま、本ブログ全体のリンク修正・再構築中です。そのため、写真や画像が表示されない場合があります。ま...
古典が大嫌いだったけど、
この話だけは、忘れませんでした。
今昔物語 巻30 覚えておきます!
+9
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349. 匿名 2019/01/11(金) 19:30:55
>>11
日本中に散ってるよ。だから落人伝説や落人の村は日本中にある。遠く離れた島々にもね。+2
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350. 匿名 2019/01/11(金) 19:32:25
>>329
高貴のお姫様は葉っぱは使わない気がするよ+0
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351. 匿名 2019/01/11(金) 19:37:19
聖徳太子は、日本人ではなく
ユダヤ教を信仰する移民だったらしいよ。
聖徳太子が作った憲法も、旧約聖書にかかれていることそっくりらしいし
絵を見ても、でかくね?
+1
-7
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352. 匿名 2019/01/11(金) 19:38:21
>>246
爪切りよりもっといえば散髪だね
大河で散髪シーンとかないけど、「髭」って
そのままだと鼻の下全面に生えるものだから
みんな定期的に髭そってたってことだよね
想像すると滑稽だけど
あと、目の悪い人はいたろうが、視力が悪くなる要素が
現代より格段に低いから近眼は少なかったろう
あと平均寿命が40代とかだから、大半の人間は
老眼になる前に死んでる+7
-0
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353. 匿名 2019/01/11(金) 19:39:06
>>351
ここはデマを書くトピではありません
ウソ乙+5
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354. 匿名 2019/01/11(金) 19:39:54
>>341
その当て字に信憑性があるからだよ。
ヤマタイコク≒ヤマトコク
ヒミコ≒日巫女≒日神子≒天照大神
だから邪馬台国が九州説か畿内説かで揉める。九州から畿内へ攻め上ってきたのかもしれないね。+2
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355. 匿名 2019/01/11(金) 19:41:36
>>351
横にいるのはミズラを結う子供じゃんW
+8
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356. 匿名 2019/01/11(金) 19:42:25
>>353
歴史は今でも、いろんな説があるんだよ。
それをデマなんて、
言葉の使い方が乱暴な人だね。+2
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357. 匿名 2019/01/11(金) 19:43:30
>>349
確実にそうだといえるところは少ない
徳島の祖谷地方には当時の平家の旗が残ってるから
そこは確実
あと、岡山の高梁市あたりの旧家に不釣り合いな平安末期の
鎧(現国宝)が残されてたりするからそこも可能性が高い+3
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358. 匿名 2019/01/11(金) 19:46:49
>>356
そういう話は「ムー」にでも投稿して喜んでればいい
一考にも価しませんわ+5
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359. 匿名 2019/01/11(金) 19:47:45
>>20
いまだにみんな神棚に皇祖天照神のお札を入れてるくらいだから、天皇は神同様の存在だったのかもね+2
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360. 匿名 2019/01/11(金) 19:49:17
>>355
聖徳太子の子供という説もあれば、弟という説もあり、
断定できませんよね。+4
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361. 匿名 2019/01/11(金) 19:50:14
>>354
中国では・・・昔も今もあの漢字書いて
ヒミコだのヤマタイコクとは読まないのですが
もしかして日本も中国も言葉同じと思ってますか?
+1
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362. 匿名 2019/01/11(金) 19:51:29
>>357
うちの県にもあるよ。今は合併してなくなったけど、もろ平氏の村だったよ。平が付く地名や姓は可能性が高いよ。沖縄や東京の離れ小島にもあったはず。+4
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363. 匿名 2019/01/11(金) 19:54:55
>>361
正確にはまだ不明かもしれないけど、似た音を当ててるらしいじゃない+2
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364. 匿名 2019/01/11(金) 19:56:07
>>362
いや別に否定せんけどさ
「もろ平氏の村」って何見てそう思うの?
みんな平安時代の格好してたとか?
800年くらいたってるんだよ?+2
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365. 匿名 2019/01/11(金) 19:56:16
音読みは漢読みを真似ている+2
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366. 匿名 2019/01/11(金) 19:59:35
>>354
なんで当て字に意味があったら
九州と畿内で揉めるのかその過程がさっぱりわからん+1
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367. 匿名 2019/01/11(金) 20:05:22
>>365
全然違うで
今の中国の言葉ならね+1
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368. 匿名 2019/01/11(金) 20:06:27
>>338
エコだね。
昔のリサイクル精神は、今よりも進んでいた。+2
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369. 匿名 2019/01/11(金) 20:08:04
ああ・・でも以前たけしの番組で
奈良時代は蝶のことを「ディエップ ディエップ」といっていたと聞いて
確かにあれはそうだなと思った
蝶=die だからね中国語は+4
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370. 匿名 2019/01/11(金) 20:11:01
>>352
髭は知らないけど、月代は初期は毛抜きで抜いていて血塗れだったて。
後年、剃るようにしたらしい。
若年者の近眼は少なかっただろうけど、感染症や怪我や職業病や栄養失調や加齢などによる失明は多かったよ。
あん摩さんや瞽女さん琵琶法師とか、盲目の人の職業があったし。
鍛治職人は目を病む人が多かった。+10
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371. 匿名 2019/01/11(金) 20:17:52
平均寿命というのは、40歳で皆亡くなるのではなくて、享年6歳と80歳の平均寿命は43歳になるということ。
赤ん坊と子供の死亡率が高かった。麻疹や天然痘・結核などの感染症で7歳まで生き残るのは少数。
五人産んで一人しか残らなかったり。
残った子は生命力が強いので、長生きしたりする。+12
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372. 匿名 2019/01/11(金) 20:21:10
デブがいなかったんだろうか?+5
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373. 匿名 2019/01/11(金) 20:24:12
みんな生理の話ばっかしてるけど出産の方がよほど大変だろ
まず大量出血しても輸血の技術なんかないし
中には産道から出なくて帝王切開の必要なこともあったろうし
そんなんなったら胎児が腹から出ないんだから
母子ともに終わりだよ
出産に関連して亡くなった人が多数いたというのもわかる+15
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374. 匿名 2019/01/11(金) 20:24:54
三種の神器って結局今はどうなってるの?
諸説あるんだろうけど+4
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375. 匿名 2019/01/11(金) 20:25:54
一休さんと、地獄太夫は純然たる師弟関係ですか?
恋人?でもあったのでしょうか?
この二人のうたのやりとりが好きですが
よくわかりません+0
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376. 匿名 2019/01/11(金) 20:27:18
>>362
平の字がつく地名や名前だと
「ここにいます」って宣伝してるようなもんで
鎌倉幕府から一掃されると思うんだけど+6
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377. 匿名 2019/01/11(金) 20:27:54
>>373
昔は命がけだよね
運良く無事に産まれても子どものうちに死んでしまうことも多いから折々に子どもの成長を祝う儀式も多いよね+17
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378. 匿名 2019/01/11(金) 20:28:04
>>374
前にモメた経験あるので私はノーコメント+2
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379. 匿名 2019/01/11(金) 20:31:26
傷口を縫い合わせるという技術がいつ位からあったのか疑問
ただ包帯まいてただけじゃ止まらないと思うし
西洋医学がきてからは確実にやってたと思うけど
江戸時代は合戦とかないからなあ
昔は出血死も多かったんじゃないかな+11
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380. 匿名 2019/01/11(金) 20:34:07
聖徳太子は後付けの名前
厩戸皇子+6
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381. 匿名 2019/01/11(金) 20:34:54
>>371
室町以前の平均寿命っていっても統計がとれなくない?
総人口すらはっきりしないだろうし国民の死亡や出生を全て把握するって不可能なような…
平均寿命というよりだいたい40代で亡くなる人が多かったってくらいなんじゃないかな+6
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382. 匿名 2019/01/11(金) 20:36:06
>>368
戦前くらいまでは、田舎のたんぼのへりに
人糞と木の葉なんかを混ぜ合わせておいてた
「肥溜め」ってのがわりとあったけど
科学肥料の普及と、まだその時代は回虫サナダ虫とか
もってる人が多くて、その肥を使った野菜食べると
感染するから、その意味でも戦後は人糞肥料は
使わなくなった
今でも人糞肥料が中心の北朝鮮では寄生虫もってる
人が多いよ+11
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383. 匿名 2019/01/11(金) 20:36:12
>>378
じゃあ、いちいち言わなきゃいいのに。+2
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384. 匿名 2019/01/11(金) 20:36:52
聖徳太子は実在してないとか、いや実は実在してたとか二転三転してるイメージだけど今はどうなってるんだろう+5
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385. 匿名 2019/01/11(金) 20:39:22
>>381
自分も6歳以下で死ぬ幼児とかカウントしてないと思う
だいたいそのくらいでは名前もつけないくらいだし
6と80の平均で43ですって
織田信長もそういう意味で「人生50~」とか
舞ってないと思う
やはり当時は40代くらいでなくなる人が多かったから
人生50年といってたと思うよ+16
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386. 匿名 2019/01/11(金) 20:39:45
>>382
そういえば前に北からの脱北兵士から凄い寄生虫が出てきたってニュースで見たような+5
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387. 匿名 2019/01/11(金) 20:44:25
>>386
2年前に板門店で越境してきた兵士ね
病院で治療したら腹の中から寄生虫が50匹くらい出てきたらしい
担当した医師も「こんなん医学参考本でしか見たことない」とかいって
ビックリしてたとか+9
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388. 匿名 2019/01/11(金) 20:44:49
>>378
揉めたことあるんだ
このトピ始めて見たから知らなかった
議論するのは楽しくて好きだけどヒートアップしちゃったのかな。。
ごめんね、ありがとう+6
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389. 匿名 2019/01/11(金) 20:45:56
>>373
臍の緒が巻きついてたり逆子になってたりしたらもえどうしようもなかったろうしね。
昔は避妊だってできないのに女性側は拒否もしにくい時代だったろうし子どもできても素直に喜べなかったんじゃなかろうか。+8
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390. 匿名 2019/01/11(金) 20:48:59
>>374
伊勢の内宮に八咫鏡が、皇居に八尺瓊勾玉が、熱田神宮に草薙剣がある。
即位の時に使われる。
草薙剣と共に壇ノ浦に沈んだ安徳天皇は、八岐大蛇の生まれ変わりで草薙剣を取り戻しにきたのだという伝説がある。
平家の落人は筑紫川に行ってガラッパ (河童)になりました。
+3
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391. 匿名 2019/01/11(金) 20:52:26
もし室町以前の世界に1日だけ行けるとしたらいつの時代の何処に行って何してみたい?+5
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392. 匿名 2019/01/11(金) 20:54:18
>>332
最近の研究ではコイやクサガメも外来生物
ハクビシンはもともと日本にいたか外来か意見がわれてるらしいが
自分は外来生物と思う
あれが元々日本にいたら日本の家屋はハクビシンに侵入されないような
作りを考えてるはず
日本固有種のタヌキやアナグマはイヌ科だから天井にあがったりしないからね
対策されてないってことは近代に入ってから日本に来た動物だと思う+9
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393. 匿名 2019/01/11(金) 20:54:25
一休宗純
室町時代の人だよね
時の帝の血をひく高貴な血筋でかなりの高僧なのにボロ屋に住んで、わざどボロいカッコしてた。
貴族達を皮肉ってたみたいだね。
毎朝のお勤めなんてしないハチャメチャ坊主なのに、庭に遊びに来てた雀🐦には名前を付けて可愛いがり
その雀🐦が死んでしまったら号泣しながらその子の為に葬式したんだよ。
小さな棺にもちゃんと入れて紙には直筆で、戒名迄付けて。
確かその直筆のに紙は現存してる。
そして京都にある霊廟は宮内庁が管理してて一般公開されてない。
+7
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394. 匿名 2019/01/11(金) 21:02:35
>>308
聖徳学園?+3
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395. 匿名 2019/01/11(金) 21:04:27
>>309
でも権力者にとって宗教は味方につけて掌握してるうちはいいけど歯向かってきたら真っ先に潰される存在じゃない?
+4
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396. 匿名 2019/01/11(金) 21:07:02
>>392
「池の水ぜんぶ抜く」の久保田がやたら
コイは外来種だから駆逐しろみたいなこといっててウザい
池で観賞用に飼ってるんならそれでいいじゃないかと
密かに久保田にはコイヘルペスという仇名をつけている
+1
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397. 匿名 2019/01/11(金) 21:17:21
>>385
あ、平均寿命で思いだしたけど
「八代将軍吉宗」見ててあまりに早死にする人が多すぎて、
たぶんかなりの確率で水銀とかの毒が使われて暗殺されてると思った
例えば、平安末期の源義朝の男子9人のうち幼児でなくなったのは
四男だけであとは成人してるし、毛利元就の息子10人も二十歳以下で
亡くなったのは1人しかいなくて後はみんな成人してる
社会が安定している江戸期で徳川の上層部にあんなに早死にが
多いの人為的に暗殺されてる可能性が高いと個人的に思う
+7
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398. 匿名 2019/01/11(金) 21:20:35
>>373
出産は昔から命がけ。
縄文時代の土偶は、出産祈願、安産祈願って言われてるけど
なんかわかる気がする。
死にもの狂いの出産で、
この人形を身代わりに捧げますから、
どうぞ、母胎も子供も命もってかないで!って意味だったら
土偶の意味が、ストンと納得できるんだけど。+13
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399. 匿名 2019/01/11(金) 21:21:39
>>364
白色が大嫌いだったとか
+2
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400. 匿名 2019/01/11(金) 21:21:55
>>393
一休さんのイメージがつかめました。宮内庁が管理してるとは。皇族だったのですね。ありがとうございましたm(_ _)m+3
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401. 匿名 2019/01/11(金) 21:22:13
>>351
これは貴人を大きく描くという美術の表現技法です。+12
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402. 匿名 2019/01/11(金) 21:23:03
>>391
旧石器時代とかだと狩猟してご飯作って18時にはみんな寝てそうだし、あまりに服装も違って敵とみられてやりとか飛んできそうだから、ある程度文化が進んでる時代が良いと思った。
金閣寺の完成披露の日に見に行きたいかも。+8
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403. 匿名 2019/01/11(金) 21:29:02
このトピ面白い+10
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404. 匿名 2019/01/11(金) 21:31:51
石器時代とか考えると
本当に健康で丈夫な人しか生き残れなかったんだろうなって思う。
妊娠出産なんてそれこそ命がけだし
よく命を繋いできたなって、今の自分がいる事も奇跡に思える。+28
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405. 匿名 2019/01/11(金) 21:32:13
ずーと昔から日本人は混血だったわけだ。
だから時たまハーフみたいな子供が生まれるわけね。
こんな歴史のトピで『うるおぼえ』という日本語ではない言葉を見ると、日本の教育はおかしかったんだな。+15
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406. 匿名 2019/01/11(金) 21:33:38
>>402
あんま考えたことないけど金閣寺なら
あの建物と渡り廊下でつながった何倍もある講堂みたいな建物が
創建当時はあったんだよ
(金閣は北山別邸の一部でもともとたくさんの建物があったが
息子の義持が義満の死後全部ぶっ壊した)
それよりは南北朝の頃まであったという平泉の伽藍を見てみたい
北畠顕家が「すごいすごい」と興奮して記録に残した位だから
+9
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407. 匿名 2019/01/11(金) 21:37:01
>>404
最近、お墓参りというのは
命を私までつないできたご先祖の皆様に
ありがとうと、感謝をしに行くことなんだと
思うようになってきた。+11
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408. 匿名 2019/01/11(金) 21:38:15
>>397
江戸時代だからトピずれけど、おしろいに鉛が混ざってた。
しかも鉛入りは伸びがいいということで高級品だから、上流階級が使う。
ものは奈良時代には中国から来ていたけど、大きく普及したのが江戸時代。
母親が使うおしろいを日常的になめた乳幼児には脳症やら神経麻痺の症状が出る。そのうえ大奥なんかでは、乳母の乳首にも贅沢に鉛入りのおしろいを塗ってた。
大正天皇の脳症も、生母や宮中女官の鉛入りおしろいが原因ではという説もある。
(ちなみに明治天皇の子供は脳症で亡くなった方が多い。)
+13
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409. 匿名 2019/01/11(金) 21:44:47
卑弥呼ってなんで「卑しい」って漢字がつかわれているんだろう?
昔は今とは意味が違ったのかな+0
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410. 匿名 2019/01/11(金) 21:46:37
>>408
いやそういうケースもあっただろうが、二十歳くらいで亡くなった人が
授乳の関係で死んだとは思えない
あと、現代と違って実母が乳を与えたわけではなく
少し身分の低い乳母が与えているわけだからおしろい入りの
乳がどうこういうのも少し違うと思う
当時は科学分析ができないから跡目争いの毒殺と思うよ
+4
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411. 匿名 2019/01/11(金) 21:47:10
>>409
過去ログ嫁+3
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412. 匿名 2019/01/11(金) 21:55:23
>>408
おしろいは鉛入だから、
肌がどす黒くなって、ボロボロになるんだってね。
そしてそれを隠すために、また鉛入りおしろいを使い・・
中毒になるよね。
+10
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413. 匿名 2019/01/11(金) 21:55:31
>>364
平家物語を聞くと、いっせいに涙流すとか
「ずんば」って単語に思わず反応するとか+4
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414. 匿名 2019/01/11(金) 22:04:59
天皇と皇后の神事に、稲と養蚕に関する事が多くて重要な位置にあるのがよく理解できる。
食料の米は当然だけど、布を一反、作るのにどれほどの手間と時間が掛かったのか。
桃太郎などの昔話の財宝に、金銀綾錦の反物が布なんて何で宝物なんだろうて疑問だったけど、今は理由が分かる+10
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415. 匿名 2019/01/11(金) 22:09:58
「もろ平氏の村」ってのがどんななのか気になって仕方がない
いろいろ想像してしまう+2
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416. 匿名 2019/01/11(金) 22:13:59
>>364
地名がもろそうだったの。あと、その村の人々も誇りにしてるし周囲の村々も古くから認知してる。それで町おこしをしてる地域もあるよ。+2
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417. 匿名 2019/01/11(金) 22:14:25
>>406
今の京都御所の裏あたりにあったという七重塔も見てみたい+2
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418. 匿名 2019/01/11(金) 22:16:03
なぜか横溝正史ワールドのイメージだわ >平家の落人村+1
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419. 匿名 2019/01/11(金) 22:16:55
>>416
「平家村」とか?w+1
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420. 匿名 2019/01/11(金) 22:17:56
>>367
今の中国は北京語でしょ。誰も今の中国語読みだなんて言ってないよ。それでも当たらずとも遠からずな読みは沢山あるようだけど。+0
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421. 匿名 2019/01/11(金) 22:26:33
>>376
地名を名乗ったのは近代に入ってからじゃないかな?姓は維新後に名乗っただろうし、元々は山奥でひっそりと暮らしていて体制が変わったのをきっかけに里へ降りてきたとかじゃないかな?でも山間だったり島だったりするね。都を離れれば監視は甘くなるし天下分け目の戦だけあって逃げ延びた仲間も沢山いただろうと思う。+3
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422. 匿名 2019/01/11(金) 22:26:43
四国住みだから、昔から普通に平家話聞いてた。
バレないように平家をもじった名前を付けたり、
街作りするにあたって都を再現しようとしたりとか。
どの土地にも独特な風習があるけど、
完璧に発祥の時代とか由良って分かるものなのかな?+3
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423. 匿名 2019/01/11(金) 22:28:45
源氏物語はただのえろ物語だったということでよろしいんでしょうか?笑+5
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424. 匿名 2019/01/11(金) 22:29:27
今日のヒット
「モロ平氏の村」+3
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425. 匿名 2019/01/11(金) 22:31:38
>>392
ハクビシンは昭和に入ってからの外来種だよ+3
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426. 匿名 2019/01/11(金) 22:37:15
私たちの祖先がイスラエルから来ていたとしても、原住民の方が多くて、直系みたいな正統な血筋は残らなかったんじゃないかな?縄文人にイスラエルの血が混じり、今の大陸とは違う独特の日本人顔が出来上がったのでは?+1
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427. 匿名 2019/01/11(金) 22:38:55
なあんだ町おこしの一環かあ
そう自称してるだけなのね
「ヒバゴンの里」を名乗ってる広島の西条と似たようなもんだな+1
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428. 匿名 2019/01/11(金) 22:38:59
>>410
大正天皇は身体が弱かっただの発達だのと子供の頃に聞いたけど、じつは風変わりなだけで天才肌な人だったらしいね。怖い怖い+2
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429. 匿名 2019/01/11(金) 22:40:54
>>413
当たらずとも遠からずだよ。でもズンバが流行ってるかは知らない。+0
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430. 匿名 2019/01/11(金) 22:40:54
>>425
違います
なんせ江戸時代の書物に「白鼻芯」と記述がありますから
だから意見がわかれてるんだよ+1
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431. 匿名 2019/01/11(金) 22:41:45
卑弥呼はきっと、日の御子か、日の巫女、日の皇子じゃないかね?
日出ずるところの天子のように。
あるいは、日の神子で、天照大神さまそのものか。+1
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432. 匿名 2019/01/11(金) 22:44:38
平家落人の里と武田信玄の隠し湯は田舎にありがちですよね。全国に何ヵ所くらいあるんだろう?+2
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433. 匿名 2019/01/11(金) 22:48:32
>>427
違う違う。姓は明治に付けてるから。あと、彼らは文字を書けたから代々の古文書もあると思うよ。ただ安徳天皇の子孫説はかなり眉唾。でもそれを言ったら怖い目に遭うからみんな黙ってる。+3
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434. 匿名 2019/01/11(金) 22:54:42
>>431
それは昔から密かに言われてるけど、昭和の時代にそんなことを言ったら笑われるからみんな黙ってたよ。
皇位は男児が継承するのに最高神が女神の太陽神だなんて、否が応でも銅鏡をピカピカさせて人民の心を鷲掴みにしていた卑弥呼を連想させるよね。+1
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435. 匿名 2019/01/11(金) 22:57:50
>>430
中国の神獣として描かれてただけでは?もしかすると金持ちの物好きが輸入したのかな?
山に住む年寄りが、昔はいなかったと言っていたよ。+3
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436. 匿名 2019/01/11(金) 23:03:57
卑弥呼を天照と同一視する考えは思考として容易なんだけど
時代が全然違うんだよね
「魏志倭人伝」が書かれたのは3世紀末
実在が確定はできないんだけど日本だと第15代応神天皇とか神功皇后の頃と
いわれている
すでに皇位が15代にわたっているのに、その先祖のアマテラスが
3世紀末にいるってこと自体矛盾している
邪馬台国=大和朝廷ではあるかもしれないが
卑弥呼=天照大神ではない+4
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437. 匿名 2019/01/11(金) 23:08:07
鵺の正体はレッサーパンダという説があるね。
実際、大型のレッサーパンダの化石も発掘されているから、鵺の物語が書かれた頃に小型化したレッサーパンダがいた可能性も十分あり。
ハクビシンは唐の生き物として紹介されていただけでは?+3
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438. 匿名 2019/01/11(金) 23:14:49
>>426
聖徳太子は厩戸王の事だし、厩戸で生まれただなんてまるでイエスさんじゃん?しかも蘇我氏の血を引いてるし、蘇我って姓も何か不思議。イエスの復活を思い出してしまうw
神道の様式は秦氏が持ち込んだ祭祀の影響を受けてるとか。秦氏は景教と関係があるんだっけ?
いずれにせよ、大和朝廷と無関係のアイヌや琉球民の顔立ちがはっきりしてることからも、失われた10支族云々の前から縄文人は濃い顔をしてたはずだよ。+0
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439. 匿名 2019/01/11(金) 23:23:55
ヒバゴンは縄文人の生き残り+1
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440. 匿名 2019/01/11(金) 23:26:26
>>432
信玄の隠し湯とか西日本では聞いたことないな
似たようなものなら弘法大師が作った池とか
掘った井戸とかの伝承は各地にある
杖でズンとやったら水が噴き出したとか+4
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441. 匿名 2019/01/11(金) 23:37:48
>>316
縄文土器でもゴテゴテしてるやつは基本祭祀用です。+1
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442. 匿名 2019/01/11(金) 23:43:35
>>271
植物を焼いた灰の上澄み液は強アルカリ性。それを薄めて石鹸がわりにしていた。
その他、書いてくれてる人いましたが、サポニンを含む植物を揉んで成分を水に溶かして使っていたとか、とにかく昔の人は今の人が知らない知識をいっぱい駆使していたみたいですよ。+6
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443. 匿名 2019/01/11(金) 23:46:39
>>436
神功皇后=卑弥呼って説が江戸時代は有力だったんでしょ?神功皇后=卑弥呼=天照大神なんでないの?
日本の神話と似た物語が東南アジアなんかにもあるらしいじゃない?女性の太陽神や国生み神話みたいな物語が。で古代の女性スターである神功皇后を伝説の太陽神の化身として祀り上げた。そのニックネームが日の巫女=卑弥呼?そもそも、天照大神なんて実在するはずがないんだから。+0
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444. 匿名 2019/01/11(金) 23:54:01
>>4
昔の建物の建て方は、一枚ピランと設計図があるだけで、あとは大工の棟梁の指示に職人が従って作るだけ。
棟梁や職人達の頭の中に段取りやら素材の組み方やら何やら全てがインプットされていた。それが大きな神殿造りのものから寺の門、城に至るまでそんな感じ。
設計図も平面のいたってシンプルな図面だったそう。
建築会社勤めの姉が昔の資料を見て驚愕したって言ってた。+4
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445. 匿名 2019/01/11(金) 23:55:05
今上陛下が125代天皇ということになってるけど
古代の天皇は存在したかどうか不明だし
弘文天皇、長慶天皇、仲恭天皇等々近代になって認定された天皇もいる
が、そういうものを抜きにしても125代はおかしい
なぜなら、北朝初代とされている光厳天皇は正統に即位しているからだ
後醍醐が元弘の変を起こして笠置山に籠り、捕まって隠岐に流された後、
光厳天皇が即位し鎌倉幕府滅亡まで2年間帝の位についていた
あとで後醍醐が勝手に「なかったこと」にしたとはいえ
隠岐に流された人がそのまま天皇であったというのは無理がある
本来なら光厳天皇は97代としてカウントされるべき
もっというなら後醍醐は「重祚」したのであって、斉明天皇や称徳天皇の
ように別の贈名をもらって98代とカウントされるべき
そうすると今上陛下は2代下がって127代となる
まあ明治天皇が南朝正統の裁定をくだしたとはいえ
本来は2代光明天皇を北朝初代とするべきであった
歴史学者までが光厳即位の事実を無視して125代っていってるのはどうかと思う
日本史好きからするとこのへんの問題は本当にモヤモヤする
+1
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446. 匿名 2019/01/11(金) 23:56:54
>>443
そねーな話は聞いたことない+4
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447. 匿名 2019/01/12(土) 00:03:18
>>445
125代も127代も変わんないよ。ほんとにそれだけ続いてるとしたら凄いね!
でも天孫降臨て辺りが大和政権が外国からの侵略者の歴史を持ってると告白してるようなもんなんだけど、どうなんだろう?+7
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448. 匿名 2019/01/12(土) 00:05:57
>>220
生理ネタ復活で申し訳ない。
私はコントロールできてるので。
子宮から下りてくるのは勿論コントロールできないけど、あ〜ダラダラ出てくるなって時に小を我慢する時みたいにぐっと力入れてトイレに駆け込みます。
トイレでじゃっと出ますよ。
ナプキンにはあまり経血着かない。
+4
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449. 匿名 2019/01/12(土) 00:07:59
>>446
古事記の神話は日本固有の物語じゃないよ。稗田阿礼はアジアの神話を諳んじてた講談師だったんじゃないかな?でそれを太安万侶が強引に歴史書にしちゃっただけのような気がする。+0
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450. 匿名 2019/01/12(土) 00:08:03
>>447
歴史というのは史実に基づいて語るものだから
意味がわからないならレスしないでください
+1
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451. 匿名 2019/01/12(土) 00:10:45
>>448
純粋にスゲー!でもアソコの筋肉が締まりまくってる運動部の中学生ですら、それができる人なんていなかったよ。+2
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452. 匿名 2019/01/12(土) 00:17:01
>>450
古事記を正確な歴史書だと思ってるの?+1
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453. 匿名 2019/01/12(土) 00:24:47
>>452
光厳天皇の話してるんだよ+1
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454. 匿名 2019/01/12(土) 00:28:12
まあ中国の歴史書もウソ記述多いし
始皇帝の阿房宮の前に60メートルの銅像が
12体たってたとか物理的に無理だろ+5
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455. 匿名 2019/01/12(土) 02:05:46
>>290
高貴な身分の人は、一人になることなんて無かったよね
大奥が出来たのは、確実に徳川の血筋を守るため
豊臣秀吉の時は、太閤の子じゃないってあちこちで言われた
秀頼は身長が高かったらしいけど、浅井長政の隔世遺伝じゃなかったのかな?お市の方も背が高かったと聞くし+7
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456. 匿名 2019/01/12(土) 02:15:55
始皇帝は、鼻が高くて目は青かった
司馬遼太郎の本にあった
絶世の美女、楊貴妃もエキゾチックなお顔だちだったとか
大陸は中東、ヨーロッパと繋がっている
日本建築と思っている建物が中東にあるし+5
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457. 匿名 2019/01/12(土) 02:27:22
日本は男子禁制で血筋を守ろうとした
中国の紫禁城は、たくさんいた側室が皇帝の子だけ産むように宦官が仕えていた
司馬遼も宦官+4
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458. 匿名 2019/01/12(土) 04:02:51
>>455
源氏物語では藤壺の宮と光源氏との不義の子らしき冷泉帝が帝位に着いてるけど、つまりはそうした穴は当時から懸念視されてたんだよね?てか、源氏物語って凄い話だなぁ。よく時の帝に罰せられなかったもんだよ。それだけパトロンの道長の権勢が凄かったんだろうけど。
あと、茶々が秀吉を最後まで恨んでたか否かで秀頼が秀吉の子かどうかが分かれると思う。+4
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459. 匿名 2019/01/12(土) 04:03:41
>>457
司馬遼?司馬遷の誤りだよね?+1
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460. 匿名 2019/01/12(土) 04:04:30
>>456
古代の中東に日本建築?どれのこと?+6
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461. 匿名 2019/01/12(土) 04:44:28
>>451
トイレでやってみなよ、絶対にできるから。
何で出来ないって言ってるのか謎。
体の仕組みとして出来るのになぁ。
みんな、膣の入り口(出口?)動かし方を知らないの?膣をぐっと中に押し込むようなイメージよ+4
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462. 匿名 2019/01/12(土) 04:48:29
>>458
確率で考えて、若い時からあまたの女性と関係を持ったのに子が出来なかった秀吉が、年寄りになってから茶々とだけ作れたというのはほぼあり得ないでしょ。憎んでた憎んでなかったは関係なく。
でも結局は織田、浅井の血が江戸幕府へ、ってのが凄すぎるよねー!+9
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463. 匿名 2019/01/12(土) 05:13:59
>>461
多少は堪えられるけどずっとは無理だよ+9
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464. 匿名 2019/01/12(土) 05:17:27
>>462
秀吉了承下で秀吉の身内の男の子種を仕込んだのかもしれない。だから秀吉は茶々の懐妊を不義と疑わなかったって可能性はないかな?+4
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465. 匿名 2019/01/12(土) 05:58:08
>>414
赤ん坊に布おむつ使うようになったのっていつからだろう
布なんて貴重なのに汚物受け止めに使うなんてなかなかのもんだな
それまでは別の何かを当ててたのか、赤ん坊は垂れ流しだったのか+3
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466. 匿名 2019/01/12(土) 07:45:44
布オムツの普及は江戸時代からで、それ以前は藁を編んだ物で赤ちゃんを包んでいたそうです。勿論江戸時代以降も布オムツが使えない人達は藁だったと思います。藁で編んだ物で赤ちゃんを包むということは、オムツは無かったということです。+7
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467. 匿名 2019/01/12(土) 09:10:24
うる覚え
じゃなくて
うろ覚え
だからね!
2回も書き込みあって気になったので+10
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468. 匿名 2019/01/12(土) 09:29:33
>>466
中国ではお尻丸出し+1
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469. 匿名 2019/01/12(土) 11:09:05
>>464
そういう考えもあるのね
それにしても秀吉の落書きに対しての怒り方はひどかった
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470. 匿名 2019/01/12(土) 11:59:29
>>410
将軍の跡継ぎにつくような乳母は、大奥の習わしに従っておしろいを塗ってたと以前ガルちゃんで聞いたけど?違うの?
そして鉛は甘いから、鉛入りのおしろいも美味しくてつい舐めて体内に入ってしまったんだろうと想像した
まあ毒殺もあったかもしれないけどね+4
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471. 匿名 2019/01/12(土) 12:01:29
>>20
源氏や平氏は天皇家の末裔で、荒れた関東で(土地の有力者が反乱を起こす)人々を束ね、辺境軍事貴族として活躍し、実力と財力をつけていく。
彼らの権威の源が天皇であったので、天皇家を潰す必要がなかった。
荘園に関する土地の争いが絶えなかった時代、荘園領主も役人も武士を頼っていた。+3
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472. 匿名 2019/01/12(土) 12:09:48
日本は律令制を取り入れたけど
科挙(官僚試験)と宦官は無かった+4
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473. 匿名 2019/01/12(土) 12:56:18
栃木県の湯西川温泉に行ったことあるよ
平の高房って宿は家系図がはっきり残っていて、子孫を明言してる
平家の村を見学したけど、鯉のぼりをあげないとか色々独特な風習があった
長年隠れて生きて、今はそれが観光になってる
車で行ったんだけど、五十里湖過ぎてから道端狭くてカーブの連続ですごく疲れた
現代でこれだもの、800年前なんて想像つかない+6
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474. 匿名 2019/01/12(土) 14:36:30
>>473
平氏と平家は違うからね。平家は平氏と違って高貴の血を引いてるから、その謀反を恐れて根絶やしにされそうになった。だからみんな人里離れた山奥や離れ小島に村を開いた。平氏は平家の家来ってだけだから、もう少し里に村を作ってる。+3
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475. 匿名 2019/01/12(土) 15:50:24
>>466
藁って履き物や被り物、敷物にもなるし万能なんだね
でも直接お尻に触れるのって肌触り悪そう
今の紙おむつはおしっこしてもサラサラで不快になりにくいから、余計にオムツ離れがしにくいらしいけど、藁だと早く自分の意志でコントロールしようってなるかもね+3
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476. 匿名 2019/01/12(土) 19:35:38
>>467
些末なことが気になって、文章の本意が見えない人 (笑)+0
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477. 匿名 2019/01/12(土) 20:32:38
>>465 えじこ
昭和30年代の写真だって。
この写真は布団だけど、昔は藁やおが屑を詰めてたらしい。
ちぐら(つぐら)という地方も。ちぐらは、元々は猫が入るものじゃなくて赤ん坊が入るものだったんだね。
昔の赤ちゃんの育ち方| まるまるねんね(トコちゃんベルトの青葉 公式サイト)toco-care.comトコちゃんベルトの青葉から、まるまるねんね・まるまる育児のご紹介。昔の日本の農村では「イジコ」という桶やカゴに赤ちゃんを入れ、親が農作業をするとき近くに寝かせていたそうです。昔の「イジコ」は、赤ちゃんの頭に負担がかからない工夫がされていました。
もうちょっと育って歩き始めると、かぐや姫の物語みたいな感じ。+1
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478. 匿名 2019/01/13(日) 16:59:39
平氏の村、どんなんか教えて+0
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479. 匿名 2019/01/14(月) 12:14:55
>>72
貫頭衣ってワンピースのことだよね+0
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480. 匿名 2019/01/14(月) 14:39:00
>>460
オスマン建築+0
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