-
52. 匿名 2026/08/03(月) 23:41:32 [通報]
>>7
それは別に実像と違いすぎてはいないよね
家康本人が絵に描かせてまでその事実を残してるし+9
-2
-
86. 匿名 2026/08/04(火) 08:48:18 [通報]
>>52返信
通称『しかみ像』と呼ばれる『徳川家康三方ヶ原戦役画像』の事?
でもあれは研究によれば、合戦当時に描かれたものではなく、後世に想像に基づいて描かれたものだそうです。
家康のポーズは「半跏思惟」で、異様な表情は「忿怒」をあらわした礼拝図ではないかというもの。
なお「家康自身が描かせ」、「慢心の自戒として生涯左右を離さなかった」という今も語られる説は、昭和47年(1972)頃に、徳川美術館から出された情報であり、それも元をたどれば明治43年(1910)に展覧会で同図が出品された折に、その異様なポーズ、表情から広まった口伝であり、いわば噂話のようなもの。
+3
-0
-
116. 匿名 2026/08/12(水) 13:30:03 [通報]
>>52返信
家康のえらいところは、失敗をちゃんと認め、何が良くなかったのかと冷静に判断し、同じ失敗を繰り返さないようにしようとする心がけだよね
家康は、自分は信長のような天才的軍師としての才能も、カリスマ性もないし…秀吉みたいに会う人や会話を交わした人を惹き付けるような人たらしの才能もない…と自身を、二人とは比較にならぬほど凡庸な人間であることをよく理解してた。
ただ、自身の欠点や失敗体験を反省し、培った苦労体験を長所に変え、活かすことができる人物だった
+0
-0
削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
いいえ
通報する