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452. 匿名 2025/03/11(火) 18:23:02
>>344
元コメ主だけど自分が書いたと思う位に同じ感覚よ!
そうソレソレ
差別被害の恐さは、普通なら見える筈の両面が見えず、片側、しかも自分を苦しめる方の片側しか見えなくなる病だと思ってたけど、あなたのコメントで答え合わせが出来ました
ハツラツとしたコメントの感じから、あなたは上手に悪いものから脱出されたと感じました 私はまだまだなので勇気を貰いました ありがとう
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721. 匿名 2025/03/12(水) 12:42:11
>>452
ありがとうございます。
105さんこそ簡潔にまとまった文章の中に全てがこめられていて、とても伝わってきました!
共感して、とても癒やされました。
私は気がつけばいつのまにか優等生な姉で、でもそれは私の弱さで何となく嫌と言えなくて先生が言う通り断われず流されていただけで、常にクラス委員、学年代表、生徒会、指揮者伴奏者…といった感じで、楽しくもやりたくもない。無でした。
ですが、
「次女は可愛いけど、あなたはなんか可愛くないのよね」と私に言っていた母。
また私が必死で訴えても、
「私とは似ていないから、あなたが何を言いたいのか全くわからない」と言っていた母が、これにはまさかの大喜び。
そこだけは私を評価してくれたようで、実際に私も本当に嬉しかったのです。
ますます頑張り続けました。
でもその一方妹は相変わらず甘え上手で、私から見たら代表にもならないし、成績も普通だしさほど努力も苦労もしないのに、なのにお母さんから当たり前に可愛がられていいなぁ、そんなのずるいな、そう思ったまま、大人になりました。
更に1番キツかったのが、父の一言でした。
父も長女の私には厳しかったのに、そんな妹には「こいつは俺に似てるからな、1番よくわかる。俺によく似てる」、私はこれが1番辛かった。
私は産みの親の母からも可愛くないと言われて来て父を拠り所にしていたのに、父までも、妹の方が素直で可愛い。
これには私も落ち込むし、荒れました。
思い出しただけでもつらい。
そんな妹は先に簡単に就職を決めて、東京へ。
「どちらかは帰ってきてほしい」の言葉に縛られていた私は、自ずと地元へUターン就職。そして親と同居。
でも決定的なターニングポイントが。
ある時妹に、「それも、自分で選んだんでしょ?」と言われた事でした。
私は、親のせいだ、妹のせいだ、人のせいだと責任転嫁していた事で、逃げていた部分もあったのかもしれません。
そして、そんな可哀想な自分に酔っていたとまで思いました。
可哀想にするのも、反面教師にして逞しく楽しく生きていくのも、自分次第かもしれないですね。
長くなってごめんなさい。
今も時々思い出すと落ちますが、ここでお話できて良かったです、ありがとうございました。
皆さん少しでもハッピーに生きて行かれたらと思っています。+2
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