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2070. 匿名 2024/08/15(木) 05:24:33
黒川開拓団に関する満州での性接待の本を読んでみた。そこで気かがりが出てきて
下記の、人々はなぜ満州に渡ったのか、なぜ義勇軍に入ったか、という内容の文も読んだ。
貧乏だからでは?と言われてるけど、22〜25ページに
・統計の差がなく、貧しいから行ったとは言えない事、
・実際に移民を進めた要因は、指導者層がいかに強く勧誘したかという事、
・大下條村村長は満州視察へ行き満州移民に行くのはおかしい、間違っていると村として分村移民をとめた事が書いてある
・26ページ動機調査データには先生に言われたから義勇軍に行った、15歳程度の少年達には指導者層の影響が大きかったという事が書いてある
これらは参考になった。政府に抗って緊急事態条項反対の声をHPへ送ったりもしているけど、
「経済的徴兵」が行われてしまうかもしれない。その時に誰か強い人達がとめるか行くよう要請するか、で
徴兵からなんとか逃れる方法を選べる若者も出てくるのでは、と過去を参考に思った。+32
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2072. 匿名 2024/08/15(木) 05:40:19
>>2070
追記、強い人がやめるよう言えば・・・とか微妙な書き方してしまった。
徴兵や強制枠なども村八分的な「そうしなければ非国民」的なやり方は行われるかもと思っている
その時に少しでも主体的に自分で決断できたら、行かなくていい人ももしかしたら出るのでは、という感じの事を書きたかったです
自分は家にいられるなら(いられなくても)近所でじゃがいもとかぼちゃを作り種を繋ぎ、1人でも、任意の経済的徴兵はとめたい。+42
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2104. 匿名 2024/08/15(木) 11:28:04
>>2070
満蒙開拓団2世が見てきたこと
踏まれた側は忘れない 満蒙開拓団2世が見てきたこと:朝日新聞デジタルwww.asahi.com「星空の村」で有名な長野県阿智村。この山あいの村に戦前の旧満州に移住した人々の苦難を伝える満蒙開拓平和記念館がある。開拓団は国策で送り出された被害者だったが、中国侵略に加担した加害者の側面もあった。…
1932年に中国東北部に建国されたのが『満州国』で、日本政府が食糧増産や農村の立て直しのほか、満州防衛の一端を担わせようと展開したのが満蒙開拓団でした。
外地を管轄した大東亜省が敗戦間際に出した『居留民は出来得る限り定着の方針を執る』という文書と、敗戦後に大本営参謀名で出した『満鮮に土着する者は日本国籍を離るるも支障なきものとす』という文書があります。
政府が、残された開拓団ら在外邦人を『棄民』としたことを物語るものとされる文書です。
戦前、国は100万戸を移住させる計画をたてて約27万人を送り込みました。敗戦間際にソ連が侵攻してきた際、開拓団は置き去りにされ、約8万人が亡くなったとされ、置き去りにされた子どもらの中国残留邦人の問題も生まれました。+45
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