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2104. 匿名 2024/08/15(木) 11:28:04
>>2070
満蒙開拓団2世が見てきたこと
1932年に中国東北部に建国されたのが『満州国』で、日本政府が食糧増産や農村の立て直しのほか、満州防衛の一端を担わせようと展開したのが満蒙開拓団でした。
外地を管轄した大東亜省が敗戦間際に出した『居留民は出来得る限り定着の方針を執る』という文書と、敗戦後に大本営参謀名で出した『満鮮に土着する者は日本国籍を離るるも支障なきものとす』という文書があります。
政府が、残された開拓団ら在外邦人を『棄民』としたことを物語るものとされる文書です。
戦前、国は100万戸を移住させる計画をたてて約27万人を送り込みました。敗戦間際にソ連が侵攻してきた際、開拓団は置き去りにされ、約8万人が亡くなったとされ、置き去りにされた子どもらの中国残留邦人の問題も生まれました。+45
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「星空の村」で有名な長野県阿智村。この山あいの村に戦前の旧満州に移住した人々の苦難を伝える満蒙開拓平和記念館がある。開拓団は国策で送り出された被害者だったが、中国侵略に加担した加害者の側面もあった。…