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4399. 匿名 2019/07/11(木) 21:26:37
>>4377
皇后陛下の、オランダのシワくちゃドレスの話、どなたか貼ってくだされ🙏
私としては、新しくトピが立つ度に
オランダシワくちゃドレス
朝日新聞・岩井の恫喝
天皇陛下が皇太子時代に「公務で」フランスへ行かれた時のエピソード
あたりを必ず貼って頂ければなぁ、と思います。自分ではできないので、できる方、よろしくお願いします🙇+32
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4403. 匿名 2019/07/11(木) 21:29:52
>>4399
そのお話が出るたびに、幼い敬宮様がお母さまのドレスの胸元へ
刺繍をされた逸話を添えたくなる+75
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4407. 匿名 2019/07/11(木) 21:31:15
>>4399
そんな簡単なこと何で自分でできないか理由を聞きたいんだけど+3
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4421. 匿名 2019/07/11(木) 21:39:21
>>4399
岩井の恫喝というのは実話なの⁉️
もしそうだとしたら、不敬も甚だしいことだと思うけれど。
宮内庁は何をしていたんだという話にもなると思うけど。+50
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4452. 匿名 2019/07/11(木) 21:53:53
>>4399
>>4403
後の方にムカつくコメがあったから、貼ってほしくないのね。ロングバージョン貼っちゃう
【オランダ国王即位式(2013(平成25)年4月30日)での雅子さまのシワシワドレス】
雅子さまは、2006(平成18年)8月17日~8月31日オランダ女王陛下のご招待による、一家でのご静養滞在の後は、いろいろな理由を付けて全く外国へ行かせてもらえず、静養も十分にさせてもらえず体調不良に悩まされていました。
以前ご招待してくださったオランダ王室から、2013年3月初旬に即位式への非公式な招待(「ゆっくり考えられて、ぜひご夫妻で」)があり、4月5日に正式な招待状が届きました。
皇太子一家は天皇家と同じで「内廷費」の予算を使います。
なので「内廷費のドレス代」のほとんどは皇后が使っていて、雅子様はドレスは新調できず、着回しを工夫されていました。
オランダ即位式への参加は公務なので、「宮廷費」からドレス代を出してもらうことができますが、宮内庁へ予算申請が必要です。
宮内庁は、雅子さまの新しいドレス、靴、帽子(晩餐会用と即位式用)のための申請があるか目を光らせており、予算申請があれば、(美智子さまの意向を忖度して) 雅子さまオランダ行きを阻止するためになんらかの妨害行為をするつもりでした。
新しい衣装作成の予算申請が無いので、雅子さまはオランダへ行かないだろう、と思われていました。
ガルちゃん情報
>前年の2012年11月にオランダ国王退位予定の情報を受けた外務省の担当者が、仲がいいのできっと皇太子殿下ご夫妻は参列されるだろうと宮内庁に問い合わせしたら、まだ半年も先なのに「妃殿下は行かれません」って言われて、すごく驚いたっていう記事(週刊文春?)がありました。 どこまでも妨害するつもりだったんですよね。
オランダのマキシマ新王妃は、雅子さまと直接電話で話をして熱心に招待してくださり、オランダ側は雅子さまの体調をおもんばかって、特別に付きそいの岡山女官を夫妻の後ろに歩く許可を出してくれました。
ドレス発注には間に合わないけれど出発準備には充分余裕のある時期に、 雅子さまは出席を決め、
「2003年正月歌会で披露した後10回以上も着た古いドレス」を着ることにしてオランダへ行かれました。
出典:up.gc-img.net
美智子さまにできることは、「出発の前日に」雅子さまの信頼する女官岡山いち氏を、自分の配下の女官箱嶋明美氏へ変更させることだけでした。
※ 1999年12月のベルギー皇太子結婚参列の際に予備ドレスを用意した雅子さまですから、もう1セット持っていきたかったでしょうけど、とても用意できない窮状だったのでしょう。
※ 直前に交代で随行することになった箱嶋女官が、新品ドレス、新品帽子、パール装身具まで準備していたのは不思議以外のなにものでもありません。
<続く>
+73
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4540. 匿名 2019/07/11(木) 23:01:17
>>4399
知らない人のために【美智子さんが天皇皇后両陛下からフランスご招待を取り上げた話】
◆1998年平成10年にフランスは日仏友好140周年で当時の皇太子ご夫妻を招待してくださいました。
なのに、代わりにパリに住んでいた憧れの坊城さんに会うために未婚のサーヤがやって来ました。
サーヤは坊城さんを追いかけるため前年1997年9月-10月フランス巡りの欧州公式訪問したばかり!
フランス側は怒って、「歓迎晩さん会は取りやめ」になったそうです。
ガルちゃんコメ
>どこかの国からは直接、当時の東宮御所に「あなた方お二人を招待したのであって、あの人たちは招待していません」と電話があったとか。
なお、サーヤのために宮内庁がベルギーのお城をセッティングしてお呼びしたのに坊城さんは現れず、恥かいたそう。
◆2008年日仏友好150周年に、フランスは春~秋にかけてイベントを開催しようと当時の皇太子ご夫妻を招待したら、代わりに美智子夫妻が訪問すると返事されました。
2回も続けて、招待した相手(現在の天皇皇后両陛下)とは違う人物を送り込もうとする失礼な対応をする日本(福田首相)に対してサルコジ大統領は激怒!
日仏友好150周年のための招待は、取り消しだったようです。
その後のフランス・サルコジ大統領の行動が、日仏交流の関係で非常に興味深い。
「ファーストネームでお呼びしていいですか?」仏大統領夫妻と天皇皇后の「距離」が語る日仏関係(文春オンライン) - Yahoo!ニュースheadlines.yahoo.co.jpフランスのマクロン大統領がブリジット夫人と26、27の両日公式実務訪問賓客として来
『北海道洞爺湖サミット(2008年7月7~9日)の時、まだサミットが終わらない内に(サルコジ大統領は)帰国の途に就き、日仏二国間会談を予定していた日本側(福田首相)を激怒させた。
国際会議以外は日本に来ようともしなかったサルコジ氏が、2011年3月の東日本大震災の直後、訪問した中国の後に日本に立ち寄りたいと伝えてきた。
民主党政権の菅直人首相(当時)は「震災対応で難しい」と断った。「短時間でも」とフランスは執着した。「対応できない」と日本側は押し返した。こんなやり取りが3度続き、4度目に仕方なく「ごく短時間なら」と受け入れた。
サルコジ氏は3時間、東京に滞在し、菅首相と短時間の会談をしてトンボ返りした。「困難な状況にある日本にいの一番に駆けつけ、支援を申し出た」とのパフォーマンス受けを狙ったのは間違いないだろうが、「大統領には日本と和解したい思いがあった」(仏紙)という。』
つまり、洞爺湖サミットが終わらない内に帰国して日仏二国間会談をキャンセルさせたのは、フランスでかなり前から準備していた日仏友好150周年イベント招待をキャンセルさせられたことのお返しですね。
フランス側にしてみれば、首脳会談のセッティングなんて、日仏友好150周年イベントを台無しにされたことに比べれば小さいもんだと思ったのでしょう。
一応、2011年3月には日本に立ち寄って菅首相と会談して日仏二国間会談をした形にしたみたいですね。
なので、前天皇夫妻がフランスで開いてもらった唯一の大統領主催歓迎晩餐会は、1994平成6年10月3日に大統領府ビル(エリゼー宮、パリ・サントノレ通りのかなりこじんまりした建物)でした。
<続く>+49
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出典:up.gc-img.net