1. 2024/04/12(金) 15:50:12
2つ目の背景としては、「世の中があまりに複雑になってしまったこと」を松浦氏は挙げる。
「例えば、夜中に塾の友達とネットゲームでギャンブルをして負けた、というトラブルがあったとします。現在の保護者が子どもの頃にはなかったタイプのトラブルなので解決の仕方がわからず、学校や先生に解決を要求してしまうのです。しかも、学校でのトラブルではないにもかかわらず、一方的に指導や問題解決を学校に要求してくる保護者が一定数いらっしゃいます」
そして3つ目は、「いじめた側の責任を問わない」という日本社会のあり方を指摘する。
「いじめの重大事態が発生すると、日本では社会もメディアも学校や学校設置者である教育委員会の責任を追及しがち。本来ならいじめの加害者の責任を問うべきです。もちろん、先生や学校ができることを見逃していたのであれば、率直に反省や改善をすべきですが、そもそも子どもの養育の第一義的責任者は保護者です。保護者の中には、家庭で教えるべきことや解決すべきことまで先生や学校に丸投げしてしまう方がいらっしゃいます。とくに若い先生には保護者対応のスキルも裁量権もありませんから、困難な場面に発展すると、精神疾患や休職といった状況に追い込まれやすいのです」
■「自分は被害者である」という認知の歪み
出典:i.imgur.com
出典:i.imgur.com
現場で奮闘する人へ、松浦氏はこうエールを送る。
「とくに若い先生方にお伝えしたいことがあります。世の中には教育の美談があふれていますが、それと比較して『できていない自分はダメだ』と思わないでください。教育は限界だらけですから、一生懸命やっても成功より失敗のほうが多いもの。だからこそ、限界をしっかり知っておく必要があります。枠組みをつくることは、いわば限界を知ること。そこから何をすべきかが見えてくるはずです。先進国では保護者対応の大変さから先生の成り手が少ないことが共通の課題になっていますが、日本は長時間勤務の問題も相まって、とくに由々しき事態となっています。将来有望な若い先生たちを守るためにも、保護者対応を変えていきましょう」
+16
-4
教員を悩ませる保護者対応、背景に「3つの要因」…「1つ目は、親子のパーソナリティの境界が曖昧なケース。子どもを大事にしすぎるあまり、子どものしんどさを自分のしんどさとして感じてしまう保護者がいます。例えば、子ども同士のトラブルがあった場合、冷静に判断して子どもの背中を押すことが大切です。しかし、子どもを別人格と見ることができない親はそうした対応ができず、『このしんどさを何とかしろ!』と学校にトラブルの解決を丸投げしてしまいます」