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175. 匿名 2016/02/07(日) 17:55:34
受験競争の弊害
ここでは受験戦争の害悪について考えてみたい。
1. 心の破壊
受験競争を経験すると、子どもの心から温もりが消える。
高校生よりも中学生、中学生よりも小学生のほうが、影響を受けやすい。
受験塾の「夏の特訓教室」に参加しただけで、ガラリと人柄が変化することも珍しくない。親は「やっと心構えができました」などと言って喜んでいるが、それ以上に大切なものを破壊されていることに気づいていない。
子どもにとっても、不幸なことである。誤解がないように言っておく。1か月程度、どこかの進学塾に通った程度で、学力があがるなどということは、ありえない。絶対に、ありえない。
2. 学習の功利性
「功利性」というのは、極端なばあい、「親のために勉強してやる」という意識をもつことをいう。中には、「親がうるさいから、どこかの大学に入ってやる」と言い出す子どももいる。さらに親が「勉強しろ」と言えば言うほど、親は、その責任を取らされる。
「100点、取ったから~~を買ってよこせ」と。
実際、親に向かって、こう言った子ども(高校1年男子)がいた。「(学費の安い)公立高校へ入ってやったから、バイクを買ってよこせ」と。
3. 虐待性
これはある塾教師が教えてくれた話である。
こう言った。「ある母親は、子どもに近くの公園に住むホームレスの人たちを見せ、こう言ったという。『あなたも勉強しなければ、ああなるのよ』と」と。
とんでもない母親ということになるが、子どもの受験競争には、そんな魔力もある。人間としての常識を狂わす。恐怖と不安で、子どもを追いつめる。その上で、「勉強しろ」と言えば、これはもう立派な、虐待である。
3. 人間の優劣意識の増長
勉強ができる子どもは、おかしなエリート意識をもつ。
明治以来の学歴主義という、亡霊が、いまだにのさばっている。そのエリート意識が、子どもの心をゆがめる。私の知人の中には、会社を退職し、70歳を過ぎても学歴を振りかざし、威張っている男がいる。
私に向かって、こう言った。「ぼくは、努力によって、ここまでの人間になりました」と。
3. 挫折によるトラウマ化
受験競争の恐ろしいところは、失敗したときにわかる。
(不合格イコール、「失敗」ということではないのだが……。)それがトラウマになり、弱化の原理として働くようになることがある。何をしても、ここ一番というときに、しりごみをしてしまう。
3. 学習の受動化
ある東大生が、こう言ったという。「答のない問題を、させないでほしい」と。
これは恩師のから、聞いた話である。あるとき先生が、1人の学生に何かの研究テーマ(問題)を与えた。で、それについてその学生がこう聞いた。
「この問題には、答があるのですか」と。
それに答えて、田丸謙二先生が、「ありません」と言うと、先の言葉が返ってきたという。答のある問題しか、解かない。だれかが用意した道しか、進まない。学習の仕方が受動的になると、そうなってしまう。
子どもの受験勉強でも、だれかに指導してもらわないと勉強できなくなってしまう。参考書を読み、それを頭の中に叩き込むことはうまくても、自分で道を切り開くことができなくなってしまう。
だからこう言う。「答のない問題を、させないでほしい」と。
3. 知識の偏在化
中学校や高校で学ぶ科目は、ドの程度のものか、その割合を調べてみた。「イミダス」は、社会一般で使われている、広い「知識」を網羅している。が、驚いたことに、理科、社会にしても、その数10分の1にもならなかった。
私など文科系の大学を出たこともあるが、大学を卒業してからこのかた、実生活の中で、二次方程式はおろか、一次方程式すら、使ったことがない。歴史の年号など、すべて忘れた。国語にしても、この30年以上、直木賞受賞作品も、芥川賞受賞作品も、読んだこともない。
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