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94. 匿名 2026/08/04(火) 11:07:58 [通報]
>>55
殿中の刃傷沙汰が浅野の精神疾患なら、浅野も病に苦しんだ被害者かも。
この事件では、浅野は即日切腹・家名断絶・赤穂藩改易となり、一方の吉良はお咎めなし。
浅野は五万石の大名にもかかわらず、座敷での切腹ではなく、庭先におりての切腹。
いかに罪人とはいえ、武士の面目を踏みにじった切腹のやり方はあんまり。そもそもそまともな取り調べを受けないまま、綱吉の感情にまかせての処断だった。
綱吉が厳しい態度をとったのも、この事件があった当日が勅使・院使をむかえる非常に重要な日だったため。
綱吉と幕府は、かねてより綱吉の生母・桂昌院に「従一位」へ官位を昇進させようと働きかけており、すでに朝廷からはほぼ内諾を得ていた。
朝廷からの使者は将軍の年頭の挨拶に対する返礼で、綱吉は桂昌院とともに、使者に礼をのべ、重ねて来年の「従一位」叙任を奏上することになっていた。
儒教に傾倒し「孝」の実践である親孝行にいそしむ綱吉にとっては、この上ない重要な日。
これをぶち壊された(使者をむかえての儀式は部屋を変えて何とか済ませた)綱吉の怒りは通常の判断を狂わせ、これが「赤穂浪士の討ち入り」というもう一つの大事件の導火線に火を付ける事になってしまった。
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