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31. 匿名 2026/04/25(土) 12:29:42 [通報]
いわゆる「ら抜き言葉」
いわゆる「ら抜き言葉」とは可能の意味の「見られる」「来られる」等を「見れる」「来れる」のように言う言い方のことで,話し言葉の世界では昭和初期から現れ,戦後更に増加したものである。 「ら抜き言葉」 (例:「見れる」)を専ら可能の意味に用い,受身・自発・尊敬(「見られる」)と区別することは合理的であり,五段活用の動詞(例:「読む」) における可能動詞(「読める」)と同様に可能動詞形と認めようとする考え方や,「ら抜き言葉」の増加は可能表現の体系的な変化であり,話し言葉では認めてもよいのではないかという考え方もある。書き言葉においても分野によってはその使用例が報告されている。
しかしながら,この言い方は現時点ではなお共通語においては誤りとされ,少なくとも新聞等ではほとんど用いられていない。世論調査(平成7年文化庁) においても,「食べられない/食べれない」「来られる/来れる」「考えられない/考えれない」についてどちらを使うかを聞いたところ,3例とも本来の言い方(「食べられない」「来られる」「考えられない」)を使うという答えが,平均7割を上回った。
国語審議会としては,本来の言い方や変化の事実を示し,共通語においては改まった場での「ら抜き言葉」の使用は現時点では認知しかねるとすべきであろう。さらに, 「ら抜き言葉」については,次のような観点から今後の動向を見守っていく必要があろう。
① 話し言葉か書き言葉かによっても,違う面があること。
② 一段動詞全体のどこまで及ぶか。語形の長さや使用頻度,また,活用形によって,「ら抜き」化の程度が異なると思われること。
③ 北陸から中部にかけての地域及び北海道など,従来「ら抜き言葉」を多く使う地域があるといった地域差の問題を考慮する必要があること。また,近年は東京語自体も様々な地域の言葉の流入によって変化しており,「ら抜き言葉」の方がリズムやスピード感があってよいとする声もあること。+0
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