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415. 匿名 2025/06/04(水) 12:41:16
伊勢神宮の創建についての記述を見てみましょう
『古事記』によると、崇神天皇の時代。疫病が蔓延した際、天皇が神に祈ったところ、お告げがあり天照大御神を祀るために最終的に伊勢の地に鎮座することになりました。
『日本書紀』では、垂仁天皇の時代。倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大御神を祀る最適な場所を探し、伊勢にたどり着きました。天照大御神自身が宇治の五十鈴川上を気に入り、ここに鎮座するようにとのお告げをしたとされています。
同じ伊勢神宮の話なのに、まったく内容が違います
しかも実際には、伊勢の伊勢神宮より前に伊勢神宮とされた神社は70社もあることが分かっており、多くは近畿〜中部で、岡山にもあります
それらの神社は、「元伊勢」と呼ばれてます
神話と一致しません
この一例のように古事記や日本書紀の記述には嘘や矛盾が多く見られます
三重(見栄)の伊勢神宮そのものが嘘やでたらめの産物なのです
また、五百年以上も前には、
吉田兼倶(1435~1511)という神主が
応仁の乱後、古典籍の焼失を背景に、多数の経典を偽作して次々に新しい作法を生み出して
唯一神道を創始し、喧伝によって幕府や公家に取り入り、全国の神社を統括する立場を得ます
こういったよからぬ者の野心によって、捏造、偽経だらけのインチキカルト宗教化しているのが神社神道の歴史です
はじめから過剰な幻想を見すぎないほうが、おかしな世界観を持たずに、健全に生きれると思います+4
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