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77. 匿名 2019/10/12(土) 01:52:06
もうすぐ、友人の命日だ。
風呂上がりに麦茶を飲みながら、がる子は思い出した。
16歳で出会い、26歳の時に亡くなった彼女について
がる子にはいくつかの後悔があった。
彼女が末期がんで入院していた時、がる子は無職だった。
新卒で入社した会社で泥を飲むような日々を過ごし、心身を病んで逃げるように辞めたばかりだった。
「次の仕事が見つかるまでは」
そう思い、東京に戻ったことは誰にも知らせていなかった。
後で知ったことだが、死期を悟った彼女は母親に一枚の紙を渡してこう言ったらしい。
「ここにいる五人の友達に連絡して欲しいの。できれば会いに来て欲しい。
その時私はきっともう意識がないかもしれないけれど
それでもお別れをしたいの」
その五人のうちの一人が私だった。
彼女の母親は、何度も何度も私に電話をかけたとのちに話してくれた。
あの頃、知らない番号からの電話なんてあっただろうか。
何度考えてもそれが思い出せない。
もしかしたら、実家の電話番号だったのかもしれない。
がる子の父は海外転勤を繰り返していて、がる子の「実家」はまるでラピュタのようにとらえどころがなかった。
彼女が亡くなった頃、両親はシンガポールにいた。
彼女の生前、がる子はもっぱらメールで彼女と連絡を取りあっていた。
彼女の母親が、彼女の携帯からメールをしてくれていたら…話を聞いた時に
がる子は一瞬そう思ったが、最愛の娘を亡くした母親にそんなことを言えるはずもなかった。
彼女は死に、がる子は三年後にその死を知った。
もう一つの後悔は、ささいなことかもしれないが…高校時代に彼女をアルバイトに誘ったことだ。
がる子はポケベルが欲しかった。
夏休み中だけならアルバイトをしても良いと両親から許可をもらえたので
彼女を誘って、梱包工場での軽作業のアルバイトに応募したのだ。
二人はそこで、20日ほど働いた。
時給は850円だった。
二人はそこで、1日8時間、ベルトコンベアに乗って流れてくる化粧品を箱に詰めたり、
乾電池を10本ビニール袋に詰めたりした。
26年間しかなかった彼女の貴重な時間をそんな風に使わせてしまったことに
がる子は言いようのない深い悲しみを覚えていた。
彼女の母親に案内してもらってお墓まいりをした日、強い風が吹いて線香の火が消えてしまった。
どこからが湧き上がったような突然の風だった。
あれは間違いなく彼女だった。
きっと彼女だった。
お墓まいりをすませた後、彼女の母親にカラオケに誘われた。
「あなたが娘と学生時代に歌っていた歌を聴きたいの。お願い。
あの子、学校のことなんか少しも話してくれなかったから
私、あの子がお友達とどんな風に過ごしたか知らないの」
わかりましたと答えて、がる子は彼女の母親と駅前のカラオケに入った。
順番待ちの間、カラオケ店の角が破れた白い合皮のソファーに並んで座った。
目の前を絵に描いたようなバカな大学生の集団がギャハハと笑いながら通り過ぎて行った。
彼女の母親は、両手を膝の上でぎゅっと握りしめたままがる子に聞いた。
「ねえ、がる子さん…今みたいな人たち…どう思う?」
「馬鹿だなと思います」
思わず正直に答えてしまった。
すると彼女の母親は、ほっとしたように「そうよね!?そうよね…私もそう思うわ!」と言った。
(なぜあんな馬鹿が生きていて…娘のように賢く優しく美しい子が…と思ったのだろうな)
がる子は瞬時に理解した。
親としてそれは仕方ない感情だ。
けれど、馬鹿の親にとっても、その馬鹿はやはりかけがえのない子供なのだ。
そしてがんや死は人をそんな基準では選ばないのだ、きっと。
がる子は、彼女より愚かだった。彼女ほど美しくもなかった。
がる子は思わず、Googleで彼女の名前を検索したが、もはやGoogleの海にも彼女の痕跡はなかった。
どこにもなかった。
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79. 匿名 2019/10/12(土) 01:58:23
>>77
泣いた!切ない!+1
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105. 匿名 2019/10/12(土) 07:29:59
>>77
私も泣いた
亡くなられたご友人にとって
貴女と一緒にアルバイトした時間も
大事な素敵な思い出だったと思いますよ
最期に会いたいと思った
本当に大切な友人たちの一人なんですから
会えなかったことは悔やまれるけど
心はつながっているはず
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