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11557. 匿名 2019/07/28(日) 00:24:18
前日にチャブ、秋、高円宮殿下と3者会談して、
翌日カナダ大使館でスカッシュの最中に高円宮殿下は突然お倒れになってお亡くなりになってしまった。
その時ゴキと親しい記者がいた。
高円宮殿下は全くの健康体だったのに。
殿下はゴキにいつもここは貴方が来る所ではない。と結婚前から注意をしていた。
それからまもなくして桂宮殿下がお亡くなりになった。
この時もいつもは誰かが必ずいるのに転んで頭を打ってお亡くなりになってしまった。
まるで誰かが殴ったような傷で。
そのお通夜にはまるで知っていたかのようにゴキと子供らが悠まで誂えていたかのようなピッタリの喪服のようなスーツを着て真っ先に駆けつけていた。
お悔やみは順番があるのにそんな事無視して。
ゴキが皇室にネジ込んでやたら不審死が多い。
こいつらがチョロチョロしてるとムカムカする。
もう出てくんな。恥知らず一族が!!
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11559. 匿名 2019/07/28(日) 00:40:17
>>11557
序列も弁えずお通夜に真っ先に行ったのは、高円宮様が亡くなった時じゃなかったと思う。+39
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11562. 匿名 2019/07/28(日) 00:59:06
>>11557
桂宮さまの死因はちがいますよ。
異変が起きたのは1988(昭和63)年5月26日。同年1月に桂宮家を創立し一人暮らしを始めてわずか5カ月。高松宮家宮務官に桂宮家宮務官からうろたえた声で電話がかかった。
「殿下がずっと部屋から出て来られない。ノックにも返事がない」
「何をしているんだ。ドアを蹴破ってでも入れ!」
宜仁さまはベッドの脇に倒れていた。前日転倒したためか、持病の心筋症の発作か、強く頭を打っていた。救急車で運ばれ硬膜下血腫切除の緊急手術で奇跡的に一命をとりとめた。意識が戻ったのは3カ月後だ。体の自由がほとんどきかなくなった。26年間に及ぶ闘病生活の始まりだった。
若い頃、学業は優秀だったという。ビートルズが好きでバンドを結成、国産スポーツカーを駆りF1レースなどにもめっぽう詳しい一面もあった。大学卒業後、NHK嘱託職員として10年余りサラリーマン生活を経験したが、85年辞職。持病の心筋症が見つかったのが理由だった。
お亡くなりになったのは急性心不全です。+40
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11635. 匿名 2019/07/28(日) 08:43:03
>>11557
高円宮さまは、お優しくてお強くて、両陛下の為にも久子妃殿下や女王さま、国民の為にも長く生きていただきたかった![]()
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