1. 2023/09/21(木) 21:50:57
当時、福島県須賀川市の中学1年生だった侑子さん。柔道の部活中に頭を強く打ち意識を失った。一命はとりとめたものの、寝たきりの状態に。当初、学校側から事故の詳細について知らされなかった。
父は「ここで引き下がったのでは、今後何があっても全て隠ぺい・捏造されてしまう。本当に行政に関しては、不信の塊だった」と当時の心情を語る。
事故の真実を知りたいと起こした裁判。判決では、侑子さんを投げた元部長の行為を「指導の範疇を逸脱した暴行」と認定。安全配慮を怠っていた学校側の過失も認めた。
当時、裁判後の会見で父は「娘は人の悪口っていうのは非常に嫌いな性格だったので、勝った・負けたという言葉で表現はしたくないと思ってます。ただ私たちの言い分が認められたのだと。だから、お互い喜ぼうという風な感じで報告しようと思っています」と話した。
(中略)
体の自由を奪われて15年を迎えようとしていた2018年9月12日。その日、侑子さんは久しぶりに高熱を出した。「かかりつけの病院に二人で運んだんですよ。それが最後のドライブになってしまったんですけどね。主人と3人のドライブ」と母は語る。
病院に着くと、入院の手続きに追われた。「娘に、お父さんに電話をしてくるからちょっとだけ待っててねって声をかけたら娘がぽろぽろって涙をこぼすんですよ。何泣いてるの大丈夫だよ、すぐ戻ってくるから大丈夫だからって言って、廊下に出て」
「連絡入れて戻ってきたら、呼吸していなかったので。ほんのちょっとなんですよね。ほんのちょっとの出来事なんですけど、離れるときに娘は察してたのかも知れないですね。行かないでって言いたかったのかもしれないですけど」
救命措置を受ける娘を前に、父・政恭さんは決断を迫られた。
「これ以上娘を傷つけさせたくないという思いから、最後は娘の耳元で”侑子、ごめんな”って一言言って。出来ればもう娘の所に早く行って謝りたい。親である自分が引導を渡してしまった」
「15年間娘とは会話無かったので、積もり積もった話がしたい。だからこの世には未練はないと思ったんですけど、自分1人でここから逃げ出す訳にもいかないし」
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当時中学1年生だった娘は、部活中の事故で寝たきりに…家族の生活を一変させた事故からまもなく20年。そして「さよなら」から5年。絶望の淵で娘が積み重ねた小さな奇跡に、両親は救われてきたという。