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706. 匿名 2016/08/18(木) 12:52:41
日本での男尊女卑の歴史をみると酷いのは明治~戦前
戦犯は男尊女卑のメッカ、薩摩藩
薩摩藩は、将軍家から輿入れした将軍養女によっていわば将軍家の親戚としての地位を手に入れた
その縁もあって薩摩藩の姫の婚約者が将軍継嗣に決定した時、婚約破棄ではなくそのまま将軍世子御簾中、将軍御台所とすることに成功した
大変な名誉であったら、この御台所を産んだ母はただの側室だったが、御台所の母として、藩主跡継ぎの母である筆頭側室はおろか、正室をもしのぐ待遇と権力を獲得し横暴の限りを尽くした
幕末には父とその最愛の側室とその間の息子vs正室の産んだ嫡男の跡目争いのお家騒動あり藩政がガタガタ
再起をかけ、上記の薩摩藩出の御台所をもう一度と、出自の卑しさを嫌われた分家の天璋院を藩主の実子と届けてみごとに御台所にすることに成功
と、やたらと「女」によって成り上がり、「女」によって苦しめられた過去がある分
薩摩藩は、家のために存分に働き男を立てる、男に都合の良い女を理想とするようになった
つまり情けない男たちが「こんな都合良い女性いたらいいなー。」と妄想していたのが、明治以降の男尊女卑の女性観なのです+0
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