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441. 匿名 2014/01/02(木) 11:25:05
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倭(日本)に何を伝えたって??????
・鉄器の使用開始時期は、日本と支那のどちらが早いか判っていない。
現在、最古とされる鉄器は福岡県の弥生早期の遺跡から出土した板状鉄斧(てっぷ)だが、
今回の測定結果を当てはめると、その遺跡の年代は紀元前9世紀前後となり、
支那で鉄器が工具などとして普及し始めたとされる春秋・戦国時代(紀元前770年~)と
肩をならべてしまう。
・勾玉
勾玉とは縄文時代より伝わる日本固有の装身具で、古代から権力者の力を象徴してきた。
縄文時代中期の長者ヶ原遺跡からは、ヒスイの大珠や勾玉、加工道具、工房跡などが続々と出土され、6000年前の世界最古の勾玉文化が実証された。
勾玉の材料となる翡翠自体東アジアでは日本の糸魚川でしか産出されず、その美しい翡翠で作った勾玉は支那や朝鮮半島の権力者達を魅了してきた。
現在朝鮮半島で見つかっている勾玉の大部分が日本からの交易品であり、新羅の王冠にも勾玉が使用されているのも注目したい。
ちなみに、新羅の王には倭人がいるからねw
稲作
近年、炭素14年代測定法という最新の年代測定法の成果で朝鮮半島の稲作より日本の方がかなり古いことが分かってきている。日本の稲作開始は陸稲栽培で6700年程度前まで、水稲栽培で3200年程度前まで遡ることが判明している。
これに対し朝鮮半島では水稲栽培は1500年程度前までしか遡れない点、九州北部と栽培法が酷似していることや遺伝子学的に日本の古代米に満州から入った米の遺伝子が交雑した米が多いことなどから、水稲は日本から朝鮮半島へ、陸稲は満州経由で朝鮮半島へ伝わったことが判明した。支那政府の研究機関でも調査が進み間違いないという結論が出ている。
宋書倭国伝・・・・・・・・・朝鮮半島は倭が支配している
広開土王碑・・・・・・・・・倭国が海を渡り百済と新羅を臣下(家来)にした。
日本書紀・・・・・・・・・「391年 神宮皇后が百済と新羅を日本領土とした。」
宋書・・・・・・・・・・・・倭国が朝鮮半島南部を領地にした。
随書・・・・・・・・・・・・倭国は産物も豊かで鉄の鏃で武装した軍隊を持つ。百済と新羅は倭国を大国として敬った。
三国史・・・・・・・・・・・朝鮮半島南部は「倭国の北限」
え、朝鮮倭の属国じゃん+11
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