超古代文明について!
804コメント2016/04/29(金) 10:13
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325. 匿名 2016/04/01(金) 00:10:49
>>322
謎の古代王国エラム・・・
ペルシャ湾に沿ってイラン側に古王国エラムがありましたね。
エラムの人々は自らをハルタミと呼んでいました。
漢字で書けば「玻流の民」つまり遥かに長い道のりを超えて来た
流浪の民と解釈することが出来ます。
確証はありません。もう一つ別の意味に解釈する事が出来ます。
ハルの民とは「バール神」に使える民・・・という意味だったかもしれません。
古代やまと言葉には濁音がありませんでした。
きれいな音を持つ言葉でした・・・。
いずれにしてもこの「タミ」が「民」を表していた事は間違いないのです。
日本語の匂いが強くしますね。
そしてこのエラム古王国の首都がスーサと言います。
古代ペルシャの憲法である有名なハンムラビ法典もこのスーサから発掘されており、いまではパリのルーブル美術館に保管されています。
スーサは考古学上で分かっているだけでも、数千年のあいだこのエラムの首都でした。
おそらくは大洪水の後より続いているとすれば実際にはそれよりはるかに長い間続いたみやこだったかもしれません。
エラムのアクロポリスには紀元前5000年に作られた宮殿も発見されています。
出典:cdn.amanaimages.com
さらには・・・
古代ペルシャには「王の道」と呼ばれる整備された幹線道路がありました。
この王の道の南の終点はエラムの都スーサでした。
北はシルクロードの西の終点につながり、西に行けばエジプトです。
古代やまとびとがこの道を通って来た可能性があります。
スサから来た王でスサノオかもしれませんね。+15
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