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75. 匿名 2026/04/04(土) 09:04:22 [通報]
>>1
そういうことじゃない
例えば母親が子どもを命懸けで守ろうとする反応って、考えて選んでいるというよりほぼ瞬間的に起きる。いわば強い自動反応(反射に近いもの)
このとき本人の内側では、「守るべきか?やめるべきか?」みたいな検討はほぼなくて、起きた反応にそのまま動きが乗っているだけ
これは「自分が選ぶ前に動いてる」から問題にならない。
「問題にされない感覚で動いたとき」は、結果に関係なく後悔の質がかなり変わる
まず普通に言う「後悔」や「意味を求める」時の構造は「ああすればよかった」、「なんでああしたんだ」、「自分の判断ミスだ」
これは全部、コントロールしてたはずの自分が前提。「もっと良い選択ができたはずだ」というループが回る
「問題にされない感覚」で動いたときの体感は、起きた反応にそのまま動いた感じがある。選んだ自分の実感が薄い。その瞬間としてはそれ以外なかった感じがある
この状態だと、結果が悪くても「ミスったな」という認識はあっても「なんであんなことしたんだ」という自己攻撃に発展しづらい。
つまり名言で散々言われてきてる「今を生きる」をかみ砕くと↑の様な感覚の事。
その感覚で動くと、仮に主のような誰にも相手にされず勉強をする気も起きない。でも問題にならない。それはそれでいい。ただそう感じでそう動いただけ。タイミングや条件が変れば結果も変わる。
ここ端的に言ってたのが江原啓之?だっけがらTVで誰か一般人に「幸せとは何ですか?」って聞かれた時の「怖いものが無い事」に通ずる。
一見怖いものがないだから克服したり対処したりして必死に努力するのかな?って思いそうだけど、そうじゃなく↑の問題にならない感覚に心が置かれてるだけ
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93. 匿名 2026/04/04(土) 09:14:22 [通報]
>>75返信
長すぎ+1
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