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33. 匿名 2025/12/27(土) 01:09:20
>>1
「雨が降ってるな」って感じる時って、予め雨を感じようとする自分はいなくて、勝手に雨が降ってきてそれが身体に触れて感じただけ。
そして晴れたりまた降ったりするだけ。
こちらが何かをする必要がない。
思考や感情も同じで、こちらが何もしないという心の在り方になれた時に、「雨が降ってきたな」と同じ感じ方で「呼吸をしてたな」だったり「心臓が動いてたな」に気づく。
結果的に気づく。
主の考え方だと「幸せを得ようとする」→「瞬間的に得た」って感覚になる
でも、「呼吸をしてたな」に気づくって事は、そもそもが「ない」って認識になってたものが「あったんだ」に切り替わるって事。
ってことは産まれてから今に至るまで全てが「あったんだ」を感じることになる。
ここの深さってどれほどのものかちょっとやそっとの感度では図ることが出来ない。
その深さで「ない(当たり前すぎて呼吸をしてる意識がない)」が「ある(呼吸していたんだ)」となる。
ケツメイシの涙という曲の歌詞の
「溢れた感情は単純にこぼれる涙 止めずに泣いて枯れるまで
溢れた感情は単純に疲れた君を そっと包んで忘れるため」
が
人生の「産まれた瞬間」から「今」を包み込む
オセロで角から角をひっくり返す様な感覚でもあるし、それまでの人生の一瞬も余すところなく、この経験があって良かったという感覚でもある
+5
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139. 匿名 2025/12/28(日) 01:33:18
>>33
主体と客体を入れ替えるのが自由自在にできるのかな?
器用な生き方だね+0
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