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140. 匿名 2025/12/16(火) 10:07:14
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例えば心の底から、「足首の関節(あえて感謝しにくいような場所を選んでる)」に感謝する(大好き・愛おしい)としたら、どういう過程を経るの?
いきなり「足首に感謝するか?」ってなる?ならないよ。
まず生まれた時には健康体の足首。それが当たり前だから意識はいかない。感謝も愛おしいも何もない。本当に何もない。
ここで足首を怪我する(この時の怪我を千載一遇のタイミングって捉えれる人は本当に少ない)
この怪我をきっかけに、足首に意識が行く。そのことによってそれまでの足首が健康体であったことを後追いで知る。それを知った自分が、以前に足首に意識も感謝も何もなく、当たり前に雑に扱ってた事を謝る。懺悔する
この事によってようやく「感」じて「謝」るの成立となる。これが愛おしいと言う感覚の土台となる。
だから、主の絶望感を伴って振り返ったそのタイミングは奇跡的な価値を持つ。
そこに対して悲観するのは物凄く勿体ない。
むしろ順風満帆よりも価値を持つ。
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