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5690. 匿名 2025/05/17(土) 23:12:19
>>5537
AIの回答には間違いが多いのは確かだけど、7日間というのは間違いではないよ
読書鳴弦の儀
宮中で皇子誕生後7日の間、御湯殿の儀式の際に湯殿の外で漢籍の前途奉祝の文を読み、弓の弦を引き鳴らす儀式。(デジタル大辞泉)
御湯殿の儀式
皇子の誕生のとき、産湯をあびさせる行事。宮中では吉日を選び、朝夕二回、七日間繰り返し、読書、鳴弦なども行なわれる。御湯殿始。御湯殿。(精選版 日本国語大辞典)
高森先生のサイトに
> それから7日目(12月7日)に“ご誕生儀礼”の一環として、皇后陛下が入院されていた宮内庁病院の皇室専用室に隣接したもう1つの専用室で、「読書(とくしょ・どくしょ)・鳴弦(めいげん)の儀」が執り行われた(同日には、沐浴の所作を行う「浴湯〔よくとう〕の儀」と、“愛子”というお名前と“敬宮”というご称号が贈られた「命名の儀」も)。
とあるのは、実際には愛子様お誕生から7日目にこの儀を執り行ったという話では?
読書役・鳴弦役のためにそれぞれふさわしい方にお願いして来ていただいているので、7日間毎日ということではなくこの日1日だけ行ったということだと思う。+8
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5960. 匿名 2025/05/18(日) 01:33:33
>>5690
朝日新聞のサイトに、雅子様出産の為にご入院から一連の記事がありました。
「雅子さま入院の知らせで小和田邸前に報道陣続々」
「賜剣の儀、皇統譜登録…… 誕生後の主な行事」他多数 (12/01)
「お子さまの名前と称号、誕生7日目に」(12/02)
この日は「浴湯(よくとう)の儀」もある。学問に優れ、健康に育つことを願い、邪気をはらう儀式で、宮内庁病院内に白い布を張って設けた「浴室」の外から、衣冠単(いかんひとえ)姿の「読書(とくしょ)の役」1人が古書の一節を読み上げる。かつては史記なども読まれたが、天皇陛下、皇太子さまのときは日本書紀だった。続いて「鳴弦(めいげん)の役」2人が、かけ声を上げながら弓の弦を鳴らすことで「邪気をはらう」という。
「浴湯の儀行われる 赤ちゃんの健康願い」 (12/07)
「命名の儀」に先立って7日、関連の儀式として、赤ちゃんに産湯をつかわせ、学問の上達と健康を願う「浴湯(よくとう)の儀」が宮内庁病院2階の皇室専用病室を白い幔幕(まんまく)で二つに仕切って行われた。
一方を浴殿に見立て、赤ちゃんを抱いた東宮女官が入った。木製のたらい桶(おけ)、柄杓(ひしゃく)で洗う所作が行われた。
もう一方には衣冠単(いかんひとえ)姿の読書(とくしょ)、鳴弦(めいげん)の諸役。日本書紀の一節を読み上げるごとに「おー」という掛け声とともに弓の弦を引いた。
これを男の子の場合は3回、女の子の場合は2回繰り返す。長くすたれていたが、1902年、故秩父宮誕生の時に復活した。
また、この日は天皇、皇后両陛下から赤ちゃんに、誕生50日ごろに予定される賢所参拝の際などのための産着「御初召(おうぶめし)」が贈られた。表地は「濡緯(ぬれぬき)」と呼ばれる、緯糸(よこいと)をぬらしながら織った布。裏地は白羽二重。下着は表裏とも白羽二重だが、皇居内の紅葉山養蚕所で皇后さまが育てた「小石丸」という、古代絹に使われた品種の糸が初めて使われたという。+14
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6223. 匿名 2025/05/18(日) 08:26:22
>>5690 です
どくしょめいげん‐の‐ぎ【読書鳴弦儀】(精選版 日本国語大辞典)
平安時代以降、宮中で皇子誕生後七日の間、御湯殿の儀式に、湯殿の外で漢籍を読み、その間、弓の弦を手で引き鳴らす儀式。廃絶されていたが、明治になって宮中で再興された。
平安時代以降廃絶されるまでのことについては、当時の歴史史料による説明ですね。
7日目だけに行うようになったのは再興された明治以降なのか、廃絶される以前にすでにそうなっていたのかはこれだけではわかりませんが。+6
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