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4303. 匿名 2025/05/17(土) 09:30:56
>>4281
>>4295
皇室典範上の皇嗣=皇太子or皇太孫です。
だから、秩父宮さまは皇嗣ではなかった。
🍂も皇室典範上の皇嗣ではないのに、特例法で皇嗣と呼ぶことの罪深さがここに有ります。+38
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4336. 匿名 2025/05/17(土) 09:53:25
>>4303
皇嗣はあくまで皇位を継ぐものだから、今の時代に置き換えると常陸宮さま、秋篠宮、秋篠宮の長男ですよね。
皇太子は天皇の息子を指しますから明らかに違うんじゃないの?+4
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5075. 匿名 2025/05/17(土) 16:38:54
>>4303
皇嗣は「皇位を嗣ぐ者」で、その時点の暫定の皇位継承候補第1位のことです。
明治時代から皇位継承等が法律化され
とりあえず「今、天皇に何かあったら、誰が嗣ぐか」を明確にする必要があったからです。
昭和時代、天皇に男子が生まれるまでは弟の秩父宮が皇嗣でした。
天皇はまだお若く、男子が生まれる可能性があったので、誰も「皇嗣はどなた」など気にしませんでした。
連続して四人皇女が生まれたので当時の宮内大臣は側室制度の復活を勧めましたが
昭和天皇は「良子がよい」「人倫に反することはできない」と取り合わなかったそうです。
その後継宮明仁親王が生まれ、皇位継承順位が変わりました。
「皇嗣たる皇子を皇太子という」という典範にあるとおり、「皇太子」と呼ばれます。
皇嗣ではあるけれど、暫定ではなく確定で、この先どこに男子が誕生しても変わりません。
秩父宮は皇位継承候補第2位になり、さらに義宮正仁親王(皇次子)の誕生で3位に下がりました。
浩宮様は昭和天皇の長孫、皇太子明仁の長男としてお生まれになったので
生まれついての次期皇太子、もし父親が天皇より先に何かあれば、皇太孫として次期天皇になることが確定していました。
なので皇嗣という呼び方は、明仁親王誕生(1933年の年末)以降はなくなり
浩宮様お誕生の1960年から全く問題にされて来ず、馴染みがないのだと思います。
皇室典範の「皇位は、皇統に属する男系の男子が」を撤廃すれば、敬宮様が皇太子になられますので
鯰はそれまでの暫定の皇嗣です。+25
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