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比較されがちなこと

57673コメント2025/06/09(月) 20:08

  • 42154. 匿名 2025/06/03(火) 07:23:52 

    >>42096
    そもそも昔は、母親の身分も大事で皇族出身、天皇の娘である皇女との子供が皇位継承者となっていた
    傍系の正統性を出す為に皇女と結婚させてたし、天智天皇は男児の子供がいても、皇族出身の妃との男児がいなかった
    長男の大友皇子を後継にしたくても、母親の身分が低く皇太子に出来ず、実弟を皇太弟とした
    これって男系だけでは、ダメって時代もあったし、男系女子の血も重要ってことかと思う

    その後大臣に息子を任命やら、実弟の皇太弟辞退などがあって、やっと息子を皇太子とするが、天智天皇死後争いが起き、実弟側が勝ち天武天皇となる  

    その後も、天武天皇死後草壁皇子が皇太子のまま死去した後、同格の男児が3人はいた
    だけど天皇に即位していない草壁皇子の子供へ皇統をを継承したいが為、草壁皇子の母親が持統天皇として即位 
    これは天皇には即位していないけど、草壁皇子の血筋を直系としてとらえると、傍系には皇位継承できる同格男子がいても容易く傍系へ移さないということでは?

    そして孫へ継承する為に即位した持統天皇の時、皇太子を決める際の議論で、天智天皇の息子大友皇子(明治時代に歴代天皇にれっせられ弘文天皇となる)の遺児葛野王が、

    『日本では神代から親子間での皇位継承が行われており、兄弟間での継承は争いの元である。
    どの皇子が最も皇太子に相応しいかとの天意を議論しても、その天意を推し測れる者などいない。
    血筋や長幼から考えれば、皇嗣は自然に定まる。これ以上誰も余計なことを言うべきではない。』

    と言い、実際には古くから兄弟間での皇位継承の実例は多かったものの、この一喝により皇太子は草壁皇子の子供がなった

    その後も聖武天皇の時は、政治的背景で藤原氏の勢力により天皇の娘でない藤原氏の娘を皇后とし、その間に生まれた男児が早世した為、他の妃に男児がいたのに娘を立太子し、史上初の女性皇太子そして天皇としても即位した例も

    これらも、近親婚、側室制度(一夫多妻)があってなしえること
    先人からの教訓は、天皇家の血を引いた女子の血も重要だという事、傍系に男子がいたとて直系で継承すること優先、兄弟間での継承は争いの元だという事かな


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  • 42194. 匿名 2025/06/03(火) 07:49:05 

    >>42154
    まったくですね~ 勉強になります
    でも男系男子派は、そういう時は昔の話だ、とか言いそう
    だって理念なんてほんとはなくて、秋に移す!とか、旧宮家!とか、利権だから

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