-
38751. 匿名 2025/06/01(日) 08:38:08
>>38729
横から補足
明治3年まではこういう制度はありませんでした。
『その辺の神社』と同じように複数の世襲祈祷業者(御師)が神社周辺で民宿を営み(おかげ横丁)、宿泊客をアテンドして神社に連れて行き、社殿を交替で使用してそれぞれ祈祷を行っていました。宿のオーナー男性が祝詞を上げ、女性(オーナーの奥さんであるケースがほとんど)が舞を舞っていました。
明治以降は軍事主義政府による国策で『その辺の神社』から『国営神社』に格上げ、国家公務員の神職(ただし男性に限る。女性は未婚の未成年に限定して非常勤でしか雇わないし、男性を補助する仕事しかさせない)を配置し、組織のトップに皇族男性をお飾りで据えました。
旧宮家の離脱によって戦後、男性皇族が減少して祭主の成り手がいなくなった時、GHQの「女神を祀っているなら祭主も女性でいいんじゃね?」の一言で女性皇族が祭主になりました。
明治政府が始めた男尊女卑ってその程度の事。
重要な事なのでもう1度。
「女神を祀っているなら祭主も女性でいいんじゃね?」
その理屈なら
「女神を祀っているなら天皇も女性でいいんじゃね?」+77
-0
-
38828. 匿名 2025/06/01(日) 09:47:24
>>38751
もっというと神社は女宮司の歴史はものすごく古いです。それを神社庁が戦後でもなんでもなく、ほんのつい最近になって男の宮司がよろしいみたいになって、大きめの神社に女の跡継ぎしかいない場合、男を送り込んでくるようになった。
私の住んでいる県には木造建築としては日本最古の神社(県で唯一の国宝です)がありますが、そこの宮司さんに話を聞く機会があって、女でも宮司になれるのですか?と聞いたら、「はい、なれますよ。私も娘がいますので娘があとを継ぎます」いてましたわ。SECOMもしてましたよ。
あいつらの男尊女卑ってそんなもんです。あいつらの神道に関する敬いってそんなもんですわ。神社庁って国の機関でもなんでもないからね。ただのカルト集団やで。昔は神仏習合?みたいな考えありましたよね?それぐらい緩やかにまとまるのが本来の大和民族の慣習ですよ。+35
-0
-
38832. 匿名 2025/06/01(日) 09:48:54
>>38751
元々は伊勢は斎宮がいましたよね
室町時代前後?に制度がなくなってしまったけれど、未婚の内親王が代々守り継いできました
この内親王は天皇の娘というだけでなく、内親王宣下されている女性
天皇がそれにふさわしいと認め、母方の身分が高くないとなれません
その歴史があるにもかかわらず、明治になってあえて男性がやっていたことは
薩長の男尊女卑思想が色濃く反映されていると感じます
+40
-0
削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
いいえ
通報する