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12607. 匿名 2024/07/28(日) 20:54:10
>>12587
『泡沫と永久の刻』 16/25(前半)
「私の父が、本当にごめんなさい。」
がるよさんが鍵の束から牢の鍵を取り出す。
「お前の親が?」
「がるよさんは何も悪くないのよ、知らなかったの。私があなたに惚れていたことを村人が感づいて、だから、私は尾行されていたの。私が悪かったわ。」
「がるこさんはきっと恋をしていると私が言ってしまったものだから。」
私たちの話を聞き、更に鱗の事も知った小芭内さんは、
「それは俺の失態でもあった。誰のせいでもない。」
そう、小さく呟いた。それからがるよさんが鍵を外し、牢の扉を開けた私は小芭内さんと手を取り合った。
「小芭内さん逃げて。あとは何とかするから。」
だけど、小芭内さんは、私をじっと見つめながら続けた。
「もう、会えないという事か?」
はっとした。小芭内さんを助ける事ばかり考えていた。そうだ、もう会えないのかもしれない。人と人魚、生きる世界が違う。呆然と牢の外で立ちすくむ私を小芭内さんは牢の中から手を伸ばし私を引き寄せ抱きしめた。
「きっとまた会える。何か答えがある。それまではしっかり生きていて欲しい。」
その言葉に胸が一杯になった。涙が零れ、私も小芭内さんを抱きしめ返した。
「会えるのね。またいつか。私も待っている。それに何か会える方法はないか考えてみる。」
小芭内さんは私から手を放し、がるよさんを見つめた。
「助けてくれてありがとう。だけど俺は父の怒りを止められない。」
がるよさんは目を見張りながらも頷いた。
「踏み入れてはならない世界に無闇に足を踏み入れた父の報いだわ。私も娘として受け入れます。」
小芭内さんはその言葉に目を伏せ、かすかに頷いた。でも、直ぐに首を振るとそっと付け加えた。
「人の考えの及ばないことが起きるかもしれない。そうなれば俺にはどうすることもできない。」
私もがるよさんもただ、その言葉を聞き入れるしかなかった。
小芭内さんは続けた。
「俺を助けようと父は高潮でこの牢を壊そうとした。でも、壊せば俺も怪我をするかもしれない。だから慎重だった。でも、もう俺は海に戻れる。海の神でもある父も手加減しないだろう。がるこ、急いでこの場から離れるんだ。ほら、そこの小山まで登るんだ、早く!」
「分かったわ、小芭内さん。」
小芭内さんの言葉に促され、私は後ろ髪を引かれる思いでがるよさんと降りしきる雨の中、牢の裏にある小山を駆け上る。一度振り返ると、小芭内さんと視線が合い絡み合った。でも、それが最後だった。
小山に上った直後、牢を見ればこれまでにないほどの高潮が牢に降りかかっていた。牢を海水であふれさせ、それが牢から道へ、そして海へ戻る流れに合わせて小芭内さんが海水に乗って海へ戻っていくのが見えた。そしてそのまま少し泳ぐとこちらに振り返った。小芭内さんが遠くに小さく見える。
海水が小芭内さんを持ち上げ、ほぼ全身が見える。そして両手を広げると小芭内さんの背後の海水が盛り上がり、その手を前に合わせるようにする。
と同時にその海水が小芭内さんを超えてその目の前に集まり、それからこれまでにもない高潮として牢を襲うのが分かった。その波は一点、牢にだけ激しく襲い掛かり、あっという間に牢を壊した。そして壊れた牢のバラバラになった木片が海に流されていった。
それを見届けると小芭内さんが私の方を見上げ、しばらく見つめていたが名残惜しそうに踵を返すと海の中に消えていった。雨はまだ激しく続いて海もまた激しく荒れ、私とがるよさんは呆然とその様子を見ていた。
「助かったのよ。」
漸く私は掠れる声でがるよさんに声を掛けた。
「小芭内さんは海に戻ったの。」
「ええ。」
「それに、あの牢の鍵を開けたのはがるよさんだとは誰も思わないわ。がるよさん、ありがとう。早く家に帰ろうよ。」
「そうね。がるこさんとあの人魚の人の役に立ってよかったわ。」
がるよさんは私を家まで送ってくれて、念のため鍵を外から絞めると、
「牢が壊れたから、きっとあなたも直ぐに家から出られるはずだわ。」
そう言って帰っていった。+19
-6
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12625. 匿名 2024/07/28(日) 21:05:03
>>12607
『泡沫と永久の刻』 17/25(前半)
がるよさんが言ったとおり、私の家の鍵は直ぐに外された。あの鬼滅牢の近くにも家があったにもかかわらず壊れたのはあの牢だけだったので、村人は牢が壊れたのは人魚の仕業だと噂した。
実際そうなのだろうと私は思った。そして、本当ならもっと早く高潮で牢を壊せたのにそうしなかったのは、きっと他の人々が怪我をしないようにと小芭内さんが力を、そして小芭内さんが言う彼の父親でもあり、海の神の力も押さえていたのだろうとも。小芭内さんの言葉からはその神がとてもつもない力を持っているのを改めて感じた。
「人の考えの及ばないことが起きるかもしれない。」
その言葉の意味はそれからすぐに分かった。あれから雨がやまないのだ。数週間たっても1ヶ月たっても雨は降り続いた。その雨は時には激しく、時には穏やかだけれど決してやむことは無く、そして何よりも海がそれ以上にいつも荒れていた。
荒れていれば誰も漁に行けない。漁を生業とする誰も仕事ができないのだ。沢山の魚介類が取れる豊かな村なのでそれなりに蓄えもあり、村へ来る行商人から最初のこそは食べ物も買えたが、そのうち一ヶ月も続く長雨に誰もが不安になった。そもそも降りやまない長雨に皆のいらいらが積もった。
「すべてはがるこのせいだ。」
「がるこが人魚と出会わなければこんなことにならなかった。」
「違うわ!あなたたちが小芭内さんにあんなことをするからよ。」
「つまり、人魚は災いというわけだ!」
言われのない事だったけれども、皆の怒りと非難を浴びて私の心も疲れていった。
(小芭内さん、どこにいるの?もう会えないの?)
鬼滅岬にのぼり、荒れる海を見下ろしながら私はもう会えるはずのない小芭内さんの姿を探した。この岬の下の洞窟で初めて会った日の事を思い出す。
(私には今、家族とか身寄りの人は誰もいない。小芭内さんの元に連れて行って。)
そう願ってもそれはかなわない夢。
私は雨の中ずっと海を見つめ、夕暮れになると重い足を引きずってとぼとぼと自分の家に戻っていくのだった。
そんな長雨が続くある日、見知らぬ僧侶がこの村にやってきた。この漁村は小さな半島の先にあり、村々を繋ぐ道は半島の根元にある。だから旅人なども普通はこの村を通る必要も無く、行商人以外誰もこの村には来ない。この漁村は豊かだけれども閉鎖的な村として誰も近寄らないのだ。
「お前さん、この村に来ても何も施しはできないよ。」
雨の中、通りがかった村人がその僧侶に声を掛ける。僧侶の姿は質素ではあったが静かに何かをたたえた静謐な様子で、そしてとても体格が良かった。
「私は災いを感じてここに来た。この村には災いがある。何か困っていることがあるはずであろう。」
笠に蓑を羽織ったその僧侶が深めに被った笠を少し上げた。体も大きく笠の陰で見えなかったその瞳が盲目であることが分かる。あまりにも自然に道を歩くため、まさか盲目とは気付かなかった村人は驚きながら答えた。
「そ、村長に聞いてくる。」
「ありがたい。」
そう言うと、その僧侶は側にある大木の下に身を寄せた。
「目の見えぬ僧侶だと!」
「はい、この村に災いを感じてここに来たと。」
「うむ、ここへ通せ!」
村長はつい今しがたこの村の住職に、
「何故雨がやまない?祈禱はできないのか?神も仏もいないのか!?役立たずの寺など滅びてしまえ!」
と、寺に乗り込んで怒鳴り散らして帰ってきたところだった。
村人は飛んでその僧侶の元へ戻り、村長の家に案内をした。降り続く長雨とはいえ、暇を持て余した村人たちはこのことをすぐに聞きつけ、大勢村長の家に集まってきた。僧侶は広い座敷に通され、縁側には見物の人だかりができた。+23
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