ガールズちゃんねる
  • 14294. 匿名 2024/05/08(水) 20:15:42 

    >>13951《ア・ポステリオリ》17
    ⚠️趣味全振り・何でも許せる方向け

    この頃になると「一週間お疲れ様」だったのが、「今日も一日お疲れ様」となり、仕事やバイトが終わると毎日のように二人で宇髄さんの家にいた。

    「課長がさ、こんっな暑い日に飛び込みで営業行って来い、契約取れるまで帰ってくるなって言うんだぜ?いつの時代のやり方だよ、って。自分たちが若い頃はそうしてたっつーんだけどよ…普通にアポ取って行けばよくね?」

    宇髄さんの帰りは、どんどん遅くなっていく。

    「日中、外回りしてる間にメールもFAXもじゃんじゃん来てるから、会社戻ってから一つ一つ返事してたら帰るのこんな時間になっちまうんだよなぁ…。返事するのも、色々調べたりあっちこっちと連絡取ったり…なかなかスムーズにいかなくってよ…。今日もまだ終わんねぇわ」

    家に帰ってきても、ずっとスマホやノートパソコンと睨めっこしているようになった。

    「…私、帰ろっか?邪魔じゃない?」
    「いや、誰かいないと飯食ったり眠ったりしないで朝までこんなことしてそうだから、ストッパー的な感じでいてくれたら助かる」
    「そっか…了解。私もまたエントリーシート書かなきゃ…」

    二人で黙々と、たまに雑談したりしながら作業を進めていく。一人だと気が滅入ってしまいそうだけど、頑張っている宇髄さんが側にいたから、私も頑張れた。

    休憩すると言ってベランダに出て煙草を吸う宇髄さんの背中を、窓ガラス越しに眺める。彼女の香りに包まれて、宇髄さんは何を思っているんだろう。

    彼女がここにいたら。私が彼女だったら。
    もっと何か違うかたちで宇髄さんを支えてあげられているんじゃないかと思うと、自分で自分の存在を否定してしまいそうになる。

    私たちの間には、このガラスのように見えない壁がある。この壁の向こう側に行って、宇髄さんを抱きしめてあげられたらいいのに。



    残暑も厳しく、日に日に宇髄さんの元気がなくなっていく。

    少し前まで、帰ってきたら「課長のやつ、最近もう話し掛けてもこなくなってさ。ちょっとした業務連絡も社内メールで送ってくんだぜ?すぐそこのデスクにいんだから、言えよって…」とか、「課長に気に入られてるやつだけ、いい仕事回されたりいいポジションにいけるって…本っ当納得いかねぇわ。どんだけ頑張って成果あげても、何もなんねぇ…」と苛立っていたり。

    朝も、「仕事行きたくねぇなぁ」となかなか起きてこなかったり、家を出ても私をバイクの後ろに乗せて遠回りしてコンビニに寄ったり、また遠回りして私を家まで送り届けたりしていたけれど。

    もう最近では。
    淡々と、ロボットのように色々なことをこなしている。

    たまに、遠い目をしながら、

    「何だろうな…何やってんだろうな…」

    と呟く宇髄さんを、ただ見ているだけしかできなくて苦しかった。

    つづく

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  • 14297. 匿名 2024/05/08(水) 20:24:55 

    >>14294《ア・ポステリオリ》18
    ⚠️趣味全振り・何でも許せる方向け

    私の就職活動は難航していた。
    周りはどんどん内定をもらっていくのに、一人取り残されていくようで、情けなさと焦る気持ちでいっぱいだった。

    就活に集中しようとコーヒーショップでのバイトは辞めて、「就職決まらなかったら戻っておいで〜」と冗談を言いながら送り出してくれた店長に「その時はまたよろしくお願いします〜」なんて私も冗談を返して、笑いながら手を振ったのに。

    何度も何度も何度も。

    一次、二次と試験を受けて。
    やっと面接にこぎつけても。

    何度も何度も何度も。

    不採用を知らせるメールが届く。

    今日もスマホのメール受信ボックスを見てため息を吐く。こんなことになるなんて、思ってもいなかった。

    四年生の冬。

    どんなに一生懸命向き合っても、自分の気持ちだけではどうにもならないことがあるということに、またもや思い知らされる。
    元彼とのことと就活に、同じ感想を持ってしまうのを忌々しく思いながら、リクルートスーツに身を包む。

    たまに宇髄さんが「就活どう?」と聞いてくれていたけど、現状を話すのもしんどくて「まぁまぁだよ」としか言えない。改めて自分が置かれている状況を口にするのが、怖かった。

    ギリギリの状態で仕事に行く宇髄さんと。
    ギリギリの状態で仕事を探す私。

    その日も面接を受けに出掛けた。

    面接官から向けられる品定めをするような冷たい視線と、ライバルに囲まれた緊張感の中で、もうこれが何度目かわからない自己PRをする。何度やっても慣れなくて、胃が潰されるような気持ち悪さに冷や汗をかく。

    ふと​────。

    宇髄さんのことが頭に過って、言葉に詰まった。

    この景色を三年前に宇髄さんも見ていたんだ、と。この空気を三年前に感じていたんだ、と。

    固まってしまった私を急かすような視線が、突き刺さる。

    これを全部乗り越えたのに。
    宇髄さんは今。苦しんでいる。

    今、どんな気持ちで朝起きて、どんな気持ちで会社へ向かって。どんな気持ちで、夜遅くまで働いているんだろう。

    ぽろぽろと涙を流し始めた私を見て、呆れて苛ついたように「あなたはもう結構です」と告げる面接官の低い声が、いつまでも耳にざらざらとこびりついて消えなかった。

    つづく

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