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14034. 匿名 2024/05/08(水) 01:30:13
>>13918
8
立冬。
「秋薊」が季語になる時期を過ぎた。入れ替わるように突然咲いた反魂草、色付いた小真弓などを生ける。
薊といえば、根は無事に収穫し、塩水で灰汁抜きし、母に教わった配合の調味料に漬けてある。来月には食べられるはずだ。
「鏑丸、今日の食事は鶉よ」
「今日は魚を出すかと思ったが、何かあったか?」
「こちらの方が新鮮そうだったの。それに、秋らしいでしょう?」
「……肉に旬などあるのか?」
「鶉鳴く 真野の入江の 浜風に 尾花なみよる 秋の夕暮」
「随分と寂寥感の漂う歌だな」
「源俊頼だったかな。金葉集(※金葉和歌集)の写しは確か本棚にあるわ」
師範の本棚の本は自由に読める。私はもう本を読まなくなって掃除するのみだけれど。
「ガル子は物識りだな。俺も読んでみよう」
こんな歌を思い出したのは、少しばかり寂しかったからだろうか。
(食べてしまうのだけどね)
鶉を思い出してやることが、買って食卓に出すことなあたり、私は粗雑というより情緒が足りないのかも知れない。
「───そうだ」
「どうした?」
廊下との障子を開けて、久し振りに自室に小芭内を招き入れた。
座った彼に、文庫紙(※たとう紙)に包んだままの着物と、揃いの羽織を押しやった。
「……これは?」
「餞別に縫ったの」
桑の実色を多色で表したような細かな織りの生地は、たぶん小芭内に似合うと思う。
「、手間だっただろう、労作を受け取るわけには」
「持っておいて。師範はこういうことには気がつかないから、今のままだと、その着物が鶉(※ぼろの着物、継ぎ接ぎの着物を鶉衣という)になってしまうもの」
鏑丸の寝床も同じ布に綿を入れて縫った。彼らがここで過ごす二度目の冬、共に居られない代わりだ。
明日。
私は最終選別に向かう。
「本当に、隊士になるのか?」
「私は最終選別で生き残れないと思う?」
「そう訊くのは狡いのではないか?俺は、ガル子が生き残れるくらい強いと知っている。それでも、……心配だ」
声は前より低くなって、初めて会った頃の声をもう思い出せない。
「心配って言われるの、こんなに嬉しいものなのね。私、来年、同じ言葉を言いに来ようかしら」+23
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14035. 匿名 2024/05/08(水) 01:31:57
>>14034
9
「本当に、」
「同じことを、二回聞くの?」
私の子どもな部分が、意地の悪い問いをぶつけると、小芭内は緩く頭を振った。
「───本当に、隊士になりたいのか?」
適切で、的確で、だからこそ答えにくい質問。
「……………」
「ガル子は強い。だが、他に進める道もあるのに、その可能性を手放しても構わないのか?」
鬼殺隊士は退役年齢が決まっていない。そして、五体満足で引退出来る可能性は、低い。
「……お役目果たして生き残っていたら、その時また考えるわ」
分かった上で、答える。
歳を取ってから、もしくは、身体が不自由になってから叶えられる夢など、そうそうないことを。
近付き、包帯越しの体温を確かめるように、そっと頬に触れた。普段なら絶対しないし、出来ないことだ。振り払われると思ったが、されたままでいてくれた。
それで、充分だった。
「ガル子」
「……何?」
「必ず、選別を越えて、帰って来てくれ。───まだ君に会いたい」
どうしてだろう。「また」ではなく「まだ」であることが胸に重くて、無性に泣きたくなった。
生き延びる方法など、ないのが最終選別。強くても、才があっても、生き残るとは限らない。
それでも、選別の地に赴き、助け、助けられ、斬り、残るという大きな環を描いて、この始点に戻って来なければ。
***
孟冬。
無事に生き残り、戻って来た。
最初の二日は軽傷で済んだ。だから他の人と協力し、逸れてからは隠れ潜んでは斬る、を繰り返して生き延びた。
どんどん来る鬼に、隠れる暇もなくなり疲れてきたけれど、別に遭遇した鬼個体には恨みはないので、さっさと斬る。まるで、あの夏の日の鶏のようだ、と、思った。
「戻りました」
「ガル子、───良かった」
小芭内が門まで出迎えてくれた。
動きの鈍い時期なのに、首元には羽織に隠れるように鏑丸もいる。+24
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