ガールズちゃんねる
  • 13917. 匿名 2024/05/07(火) 22:23:00 

    >>13916
    6
    師範が満足そうに頷いた。恐らく最後の弟子が、言われたとおりに動いて、言われた以上の出来栄えを見せたのだ。
    それを見て、焦りと安堵が同時に襲いかかって来て、立ち竦んでしまいそうになる。
    私が最終選別に向かうのは、いつだろう。少しでも早く行けるように、まだまだ強くならなくてはいけない───好きなこと得意なことを生業にして、それで危険なく生きていける人たちを、心の底で羨んでいても。

    「───ガル子」
    「はい」
    屋敷の裏側、普段は空になっている小屋に移動する。
    今日は様々な障害物とたくさんの巻き藁が設置されている。床だけでなく、壁にも、天井にさえも。
    扉から、師範と小芭内が見守る。
     水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫・乱
    振り回されるのではなく、流れに従う。そう自分に言い聞かせながら、駆け回る。

    「もう、ここまで身につけてしまったか……」
    「?」
    教えておいてその言葉はないでしょう。師範が何を思ったのかは、よく分からなかった。

    ***

    芒種。
    夕方、一緒に遣いに行った帰りのことだった。
    「……?」
    「どうしたの?」
    「いや、茶屋らしいのだが、看板がかかっていない店がある。何故か鏑丸が不快そうでな……」
    (どうして私がいる時にこうなるの!)

    どう説明すれば良い?所詮は子どもの身、知ってはいても、言いたくないことを告げずに上手く伝える術などない。
    夕方の茶屋なのに、食べ物の匂いがしない時点で、板場がない。食べ物は近くから取り寄せるだけ。つまりは───
    「……待合茶屋(※芸妓を呼ぶ接待の場。芸妓と宿泊も可能)よ。しかも、たぶん安待合(※小待合。ほぼ連れ込み宿だった)」
    「……………」
    粗雑な私は結局、気の利いた言い方も出来ず、そのまま言ってしまった。
    この子にものを教えるようになって初めて、教えたことを相手が分かったかどうか、確かめたくないと思った。

    どうしようもない恥ずかしさに押されるように、早足になる。小芭内もそれに合わせる。その直後だった。
    「「わっ!?」」
    大きな犬に吠えられて二人して驚く。
    「鏑丸の様子がおかしかったのは」
    「犬がいたせいだったのね」

    +22

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  • 13918. 匿名 2024/05/07(火) 22:24:39 

    >>13917
    7(先は長い……)
    処暑。
     ───拾ノ型 生生流転!
    突然、師範に知人がいるという山へと連れて行かれる。師範と小芭内の見守る中、最後の型の実践だ。

    印をつけた木と巻藁、布団を巻いたものまであった。硬さが違っても同じように斬れるようにかしら。
    ついでのように鶏まで放たれている。
    (これは、お手伝いしろってこと?)
    鶏が怖い思いをしないように、早い段階で後ろからさっと斬る。
    (その後の処理はやりませんからね!?)
    経験はないけれど、逆さまにしたり茹でたりむしったり、大変そうなのだもの。

    最後に大きな銀杏の木を斬って、終了だ。
    「なかなかの腕前になった」
    その言葉にふぅ、と大きく息を吐く。

    ***

    先に帰るよう言われて、小芭内と二人で帰る。鶏を斬った時に着物を汚してしまったので、師範の知人という女性が浴衣一式をくださった。既に嫁いだ娘さんの着ていたものだという。夜空のように藍を重ねた浴衣は、上品で嬉しいけれど、どこか背伸びしているような気恥ずかしさもある。

    (?)
    小芭内の肩で寛いでいた鏑丸が、しゅるしゅると巻きつき方を変えた。
    「雨が降る!」
    その言葉で焦って、早歩きになったが、あと五分もあれば屋敷というところで、ぽつ、と、雫が落ちるのを見てしまった。
    何処かで雨宿りする?どこで?
    「走った方が早い!」
    ぽつぽつ、ぱらぱら、少しずつ強くなる雨の中を駆けた。慣れない下駄の足元を気遣う手に、片手を引かれながら。
    邸についた途端に、雨音が文字で表しにくい轟音に変わり、思わず皆で顔を見合わせて笑った。

    「浴衣、濡れてしまったな」
    「綺麗な藍染よね。すぐ着替えるのは残念だけど、仕方ないわ」
    「───よく、似合っている」
    「、……ありがとう」
    上手く出来るか分からない型を見られたくなかったけれど、一緒に来てくれたおかげでこの浴衣を見せられたのは良かったかもしれない。

    ───どうして、浴衣を見せたかったのだろう。
    (たぶん、私の格好が変わったら、いつも褒めてくれるからね)
    違う気がした。
    でも、これ以上考えるのはやめた。

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