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イルミナティ・陰謀論について語ろう Part20

22407コメント2024/03/18(月) 20:05

  • 22261. 匿名 2024/03/18(月) 13:47:27 

    >>22243
    ほんとそれ。みんなで移動しよう、バラけない方がいいって考えがそのまんまだもん。トラに書けばいいことをここで書き、トピ終わりに合わせて誘導してく。
    好きなとこに書けばいいんじゃんね。

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  • 22266. 匿名 2024/03/18(月) 14:05:06 

    >>22261 最終日だからイルミっぽいの残そう。

    マラーノ(新クリスチャン)改宗したユダヤの一部の蔑称
    上べだけの洗礼を受けても、実際には改宗していなかった。ユダヤ人以外の一般の市民は、呪いの言葉をつぶやきながらユダヤ人を避けて通り、これらユダヤ人を遠慮会釈なく「マラノ」(Marrano)つまり「豚」と呼んだ。

    1492年1月スペイン王国、イザベラ女王はカトリックによる国家統一を進めるため、同じ1492年3月31日に、スペイン王国のユダヤ教徒追放令を出した。
    これは、ユダヤ人に改宗か、出国かの最終決断を迫ったので、その結果、セビリャからも多くのユダヤ人が隣国ポルトガルなどに逃れ、国内に残った者はキリスト教に改宗した。
    ポルトガルでは当初はユダヤ人の経済力を期待し、受け入れたが、結局スペインとの関係の悪化を恐れた国王が1496年11月、ユダヤ教徒及びイスラーム教徒の国外追放令だしたため、安住の地とはならなかった。それでもキリスト教に改宗することでポルトガルに残った者もいた。
    ところが1580年にポルトガルがスペインに併合されるとスペインの厳しい異端審問が及ぶことを恐れたユダヤ人改宗者たちはポルトガルを離れ、オランダのアムステルダムに向かった。

    このように、ユダヤ人の改宗者=マラーノは宗教裁判の危険のあるイベリア半島から離れ、アムステルダムを初めとするヨーロッパ各地やオスマン帝国領に離散していった。
    (以降オスマン帝国でサバタイ現る)
    マラーノたちは、自分でクリスチャンと称している限りは(宗教裁判のないところでは)何の障碍もなく移住でき、うるさく監視されることもなかったので、ヨーロッパではフランス、イギリス、オランダ、イタリアに拡がっていった。

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  • 22268. 匿名 2024/03/18(月) 14:07:43 

    >>22261 追記
    トラに書き込むと集団で通報を押されてアク禁されるから二度と行かない。DSの管理を拒絶してるかのように見せながら、匿名掲示板で言論統制やってる自分たちをおかしいと思わないのが不思議です。

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  • 22269. 匿名 2024/03/18(月) 14:08:15 

    >>22261
    好きなとこに書けば良いって例えば?候補先あるの?
    バラけない方が良いと書いたの私だけど、あなたはムーンショットトピに移動してこないよね?

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