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282. 匿名 2022/05/08(日) 13:48:36
>>281
マロツィアは最初は実家の手駒にだったにしろ、
完全に権勢欲で男を次々変えてると思いますよ
長くなりますが、下にまとめてみました
そもそもマロツィアの両親がローマの有力貴族で、
ローマ1の美女と言われた娘を当時の教皇セルギウス3世の愛人としたのが始まり
この教皇、次の教皇も隠し子って噂があったり
マロツィア母のテオドラとも愛人関係だって噂があったりとロクでもない人物で、
親子ほど年が離れたマロツィアとの間にも男子ができたけど、
さすがに教皇の子とは公言できないので、
スポレート公アルベリーコ1世という貴族とマロツィアを結婚させました
で、その後夫との間にもアルベリーコ2世という男子が産まれます
その後セルギウス教皇が亡くなり、
数代後にヨハネス10世という教皇が就任するが、
この教皇も母テオドラの愛人でした
そのうちにアルベリーコ1世も亡くなり、
マロツィアはトスカーナ侯グイードという有力貴族と再婚しようとするけど、
両親亡き後に対立するようになっていたヨハネスが反対するので、
捕らえてそのまま獄死させて晴れて再婚しましたが、
グイードもほどなくして謎の死を遂げました
一説には邪魔な教皇を排除して用なしになり、
マロツィアが暗殺させたとも言われてます
そして数年後、マロツィアは長男でセルギウス教皇との子を
ヨハネス11世として教皇位に就けると、
前夫の兄のイタリア王ウーゴと再々婚しようと画策したけど、
それは教会法では許されません
そこで実は兄弟ではないとでっち上げ、
息子の教皇を司祭に結婚式を挙げようとしたまさにその日
次男で最初の夫との子アルベリーコ2世が反乱を起こしました
今まで母と継父に疎まれており復讐の機を狙っていたのです
マロツィアは捕らえられてそのまま獄死、
ウーゴは逃亡して何度が逆襲を試みるも失敗
兄のヨハネス11世を傀儡として、
今度はアルベリーコ2世がローマの支配者となったのでした
その後、アルベリーコ2世はウードの前妻の娘と結婚して息子が生まれるのですが、
今度はその息子でマロツィアの孫がヨハネス12世として教皇に
このヨハネス12世は18歳で教皇になったのですがとにかく愚かで、
教皇領を増やそうと周囲に攻め込んで返り討ちに遭って
東フランク王オットーに救援を求め、
その見返りにオットーをローマ皇帝にしたのが、神聖ローマ帝国の始まりです
ヨハネス12世は27歳で急死しますが、
愛人の夫に殺されたという噂が立ちました
その後も何人かマロツィアの子孫が教皇となり、玄孫まで続きました
…どんだけ腐ってたんだ、この時期のローマ教会+2
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