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227. 匿名 2021/11/17(水) 00:05:46
トーシローの印象論でしかないが、最近の司法はまったく被害者を救済しない。
検察は腰抜けで、今回の事件でも3人も殺されているのに、死刑を求刑しない。また、秋田の鬼母畠山鈴香事件、熊谷のペルー人強姦殺人鬼事件、松戸のロリコン父兄会会長事件など、凶悪極まる事件でもすぐ上訴を断念する。
自らの人間性を疑われる覚悟で言うが、このような犬畜生にも劣る輩相手に途中で匙を投げたら、その時点で敗北だ。いくら自らの主張が通らないかといっても、ものの道理を弁えない鬼畜に甘い姿勢をとるのは、鬼畜は何をしたってたいして重い罪には問われないという誤ったメッセージを送ることに他ならない。どうせ、今回の事件だって二審無罪、あるいは、大幅減刑されても、検察は被害者を見捨てるだろう。
検察の弱腰に加えて、弁護士(心底三百代言と言いたくなるが)の悪質化も深刻だ。市民裁判制という名のトーシローのトーシローによるトーシローのための裁判という局面を悪用し、強権付会を弄している。
最悪なのは富山の派出所襲撃事件だ。検察が強殺で訴追した容疑に対して、弁護側は被告人が殺害した警邏から拳銃を奪った時には、その警邏は死亡しており、本人に所有の意思がないから窃盗と殺人とすべきなどと暴論を宣った。
今までならそんな暴論は通らなかっただろうが、トーシロー裁判員たちは、その暴論を認めてしまった。
腰抜けの検察と大阪のパワハラ不倫野郎並みに悪辣な三百代言により、我が国の司法は被害者を救済せず、加害者が思う壺となるものになってしまった。+0
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233. 匿名 2021/11/17(水) 00:22:32
>>227
刑事裁判は昔から一度たりとも被害者の救済を目的にしてないよ
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