-
865. 匿名 2020/08/15(土) 11:49:34
>>62
私もずっと東條英機は悪だと思って生きてきた。でも知れば知るほど違うんじゃないかなと思い始めた
あの当時誰が首相でも避けられない程、新聞も世論も開戦派だった。統帥権が強すぎた。アメリカが日本を煽りまくり。開戦に向かわなければ二二六みたいなクーデターが各地で起こっていたと思う
遺書に当たることばで
国民天皇に申し訳ない、自分の命を持っても償えないがその思いで死刑台に上がる。晴々している。アメリカには日本人が赤化しないよう、アジアの解放、戦没者、遺族に配慮をと願ってる。(もっと長い
間違った部分も沢山ある。でも首相になってからはなんとか回避の為に駆けずり回っていたみたい。
アメリカが日本人全ての恨み辛みを東條に向けるよう大悪党にした気がする。
家族にも一切の弁明はするなと言い残して、責任を取った
異論もあるだろうけど、靖国に祀る事の何がいけないんだろうと思ったよ
+115
-1
-
896. 匿名 2020/08/15(土) 11:57:55
>>865
追記で
外交を投げ、文官でもっとも死刑に近かった近衛文麿。子孫が未だに天皇の歌会に参加している事が不思議でならない。
片方は末代まで悪、片方は歌会に呼ばれるほど責任はい。
これが上級国と平民の差なのかなと考えてしまった+32
-0
-
1105. 匿名 2020/08/15(土) 13:13:11
>>865
もっと広く東京裁判のことが知れ渡ってほしいし、映像も見てほしい
ヘッドフォン(通訳用)を着けて死刑判決を聞く東條英機らを見ていると、泣けて仕方ない
軍の命令で死んでいった人たちや、原爆・空襲等でころされた人たちのほうがよっぽど気の毒だって分かってるけど、それでも涙が溢れてくる
東條英機はもともとは強硬派だったけど、首相になってからは戦争を回避しようと頑張ってたんだよね
広田弘毅だってそう
戦争をしないように努力してた
そもそも、広田弘毅は軍人でもないのに処刑された
あの7人は、日本の国際社会への復帰と引き換えに、罪刑法定主義・法の不遡及を破った判決を受け入れ、文句も言わずに死んでいった+56
-0
-
1426. 匿名 2020/08/15(土) 14:54:36
>>865
三河湾を見下ろす三ヶ根山にある殉国七士廟に行ってみてください。私はその美しい景色に涙が止まりませんでした。昭和天皇も直接お参りはされませんでしたが、付近に泊まり、時間を作って直立不動で英霊を讃えられた、との話も残っていますよ。+20
-1
-
3269. 匿名 2020/08/15(土) 22:26:57
>>865
A級戦犯といわれる方も含め日本のために戦い尽力した人々に哀悼と感謝の意を表す事は当然だと思います。しかし東條英機だけは赦せません。
開戦前に東條が海軍の主要なメンバーや陸軍の石原莞爾等の現実派による戦争回避への努力を妨害した事は多くの太平洋戦争の研究者の間では周知の事実です。
彼は優秀であった父と違い、陸軍士官学校に現役で入学出来なかった等、常に周囲から偉大な父と比較され、劣等感の塊であったそうです。故に父の呪縛から逃れるべく、中国において満州だけに留まらず当時の国力では維持できない程に戦線を拡大し、日本を泥沼の状態にしてしまったと考えられています。即ち自己の感情を満たす為に国を巻き添えにしたという事です。
+1
-13
-
3446. 匿名 2020/08/15(土) 23:13:19
>>865
悪ではないと思う、無能だったというか…
再評価される流れは来ないと思う…+0
-5
削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
いいえ
通報する