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424. 匿名 2020/08/12(水) 07:38:29
>>11
旅客機の後ろを自衛隊機2機が追尾してる沢山の目撃証言。
最初に山に入った近隣地元民3人の沢山の生存者のうめき声を聞いた証言はその後一切報道されなくなった事。
米軍もレーダーにて墜落位置が分かっていたから、墜落直後に横田基地から即刻救助ヘリを飛ばしたが、なぜか自衛隊からNGが出て引き返した、と当時の米パイロットの証言。
通常NGが出されるのは戦闘機や軍事関係などの秘密保持の場合。何百名といる民間機の救助でNGを出される事は異例。 同じく地元消防の捜索申し出も断っている謎。
機内可燃物等の残骸は多数散乱しているのに人間の周囲だけ黒焦げ、ジェット燃料以外の火炎放射器等と同成分の謎
翌年までの間に自殺と発表された自衛隊員90名の謎死
これだの証言あっても
デマ説として反証キャンペーンが行われ、マスコミも深く掘り下げられる事は無かったって恐ろしいよ……火炎放射器とかマジ有り得ない+393
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506. 匿名 2020/08/12(水) 09:08:48
>>424
陰謀説→見てはならないものを見た生存者を自衛隊員が火炎放射器で殺害って書いている人が何人もいますが、その状況なら、なぜ生存者がいるのでしょうか?
生存者にはたまたま火炎放射器が当たらなかった?
亡くなっていると思われ、火炎放射器での殺害の対象にならなかった?とでも言うのでしょうか?
夜間、事故後のめちゃくちゃな機体や現場に入り、生存者を見つけては火炎放射器で殺害していくなんて、そんな細かい作業ができたとはとても思えません。+240
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550. 匿名 2020/08/12(水) 09:33:42
>>424
そうそう
123便の後ろを自衛隊のファントムが追尾してたのに、墜落場所がすぐ特定できないなんて、あり得ないよね
旅客機を戦闘機が見失うなんてことある?+165
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587. 匿名 2020/08/12(水) 10:01:01
>>424
歯科医師で警察医の大國勉氏によると、通常は燃料タンクの火災による焼損遺体が多いが、それまで見た飛行機墜落火災による遺体でも、歯の骨までが真っ黒になった遺体はなかった。
御巣鷹山のは、まるで2度焼きしたかのように歯まで真っ黒だったのが多かったそうです。
私は陰謀がどうとかはどうでもいいけど、あまりに理不尽すぎると思ってます。+234
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623. 匿名 2020/08/12(水) 10:39:25
>>424
まず火炎放射器は自衛隊に配備されてないような…+31
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632. 匿名 2020/08/12(水) 10:44:29
>>424
自衛隊の自殺に関しては最近読んだ当時遺体の捜索してた自衛隊員の記事読むと
遺体の捜索でうけたストレスのせいなのかなと
当時はPTSDなんて一般的じゃないから夜暗い部屋に帰るのも辛いしご遺体が窓の外に並んでる幻みたりそういうの誰にも話せなかったと書いてあった+198
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717. 匿名 2020/08/12(水) 11:42:18
>>424
子供の証言一部
「8月12日の夕方、6時45分ごろ南の空の方から、ジェット機2機ともう1機大きい飛行機が飛んで来たから、あわてて外に出て見た。そうしたら神社のある山の上を何周もまわっているからおじさんと「どうしたんだんべ。」と言って見ていた。おじさんは、「きっとあの飛行機が降りられなくなったからガソリンを減らしているんだんべ。」と言った。ぼくは、「そうかなあ。」と思った。それからまた見ていたら、ジェット機2機は、埼玉県の方へ行ってしまいました。それから、おれんちのお客が出てきて「飛行機がレーダーから消えたんだって」と言った。おじさんが「これは飛行機が落ちたぞ」といいました」
群馬県警での目撃証言
元自衛隊員
「8月12日私は、実家に不幸があり、村に帰省していた。午後6時40分頃、突如として、実家の上空を航空自衛隊のファントム2機が低空飛行していった。その飛行が通常とは違う感じがした。「何か事故でもあっただろうか」と兄と話をした。午後7時20分頃、臨時ニュースで日航機の行方不明を知った。」
どういう経緯か知らないけど、自衛隊F機が飛行してたのは事実だろうね……
でも公表された記録には自衛隊機がその時間に飛んでる記録は無いんだって。
って事はこの証言も嘘扱い。+172
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758. 匿名 2020/08/12(水) 12:12:35
>>424
>米軍もレーダーにて墜落位置が分かっていたから、墜落直後に横田基地から即刻救助ヘリを飛ばしたが
沖縄米基地から横田へ飛んでたC130輸送機が近隣にいたから、横田基地から捜索司令があって事故直後に上空から確認して現場位置は特定されて、すぐ救助ヘリを横田基地から飛ばしたみたいだよ。+15
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1497. 匿名 2020/08/12(水) 20:27:40
>>424
その事実が明らかになったのは事故から10年後、1995年8月27日付の米軍準機関紙「スターズ・アンド ・ ストライプス」パシフィック版が「1985年墜落救助のぶざま、元エアマン証言」「日本は現場到着に12時間もかけた」の見出しでカリフォルニアの地域紙「サクラメント・ビー」の記事を転載したことによる。記事を書いたのはC-130のナビゲーターだったマイケル・アントヌッチ中尉(当時)。その記事には、いち早く現場に到着した同機から見た米軍ヘリの活動、不可解な帰還命令などが詳しく書かれている。
彼等は一向に生存者の手当をしようとはしない。
大きな袋に何かを集めて入れる作業を黙々と続け、
上空でヘリコプターがホバリングしながら集めた袋を回収するのみ。
本来助かるべき多くの生存者が情け容赦なく見殺しにされた
現場確定の12時間も前に救助では無く何を回収する必要があるのか。+40
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