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296. 匿名 2014/12/21(日) 14:43:02
村西監督ブログ貼らせていただいた者です。なにせ長文の力作ゆえ、ご本人の体験部分のみ自己判断でコピペ割愛しました。
その後のコメ拝見して、そうか死線をさまよったからこその視点、と得心したのでこれまでに省いた部分ご参照まで貼りますね(雑誌部分は購入しませんでしたのであくまで監督個人ブログ掲載部分のみですが)。パート⑧になります:
> もし、たかじんさまが生前の遺言を残す必要を考えられ、また自ら遺そうとしたのなら、まずビデオ映像でそれを語った筈でございます。
手前ども、医者から余命一週間、とされる「不治の病」にかかったことがございます。
その時自分の姿をありのままに映像に遺そう、と考えました。
一般の方では考えられないことでございましょうが、根が「映像屋」でございます。
自分の死ぬ瞬間を遺せたら面白い、と考えたのです。大学病院で教授をはじめとする大勢の医師に囲まれて「明日死んでもおかしくない」と宣告されたのですから、事態は深刻でございました。
手術しても生還の可能性は50パーセントだというのです。
友人の映画監督である高槻監督を呼び出し「手術前」の姿を撮ってもらいいました。
12時間の手術を経て無事手術は成功し、生還を果たすことが出来ました。ICUから通常の病院に戻ってきた日、やはり携帯で高槻監督に病室に来てもらいました。
高槻監督とは30年来の付き合いです。彼の人柄に全幅の信頼を置いていました。
鼻に酸素チューブを差し込まれ、全身スパゲッティ状態となって色々な管に繋がれている手前どもの姿に高槻監督はア然としておりましたが「看護婦が来るから早く撮って」と声にはならぬ声で急かしました。
高槻監督はベッドの上に仁王立ちになりビデオカメラを構えて撮影をしました。
余程緊張しているのでしょう、カメラを持った手がブルブル震えているのが見えました。
看護婦さんが病室にやって来たら「何をしているんですか」と大騒動になるところです。
撮影が終わって高槻監督が室から出て行った後、もうこれでもしものことがあっても後悔は無い、との満足感で心が満たされました。
自分の死、をテーマにして撮られることが出来たことが嬉しかったのです。
映像屋とは何処まで業の深い、面白がり屋、なのでございましょうか。
たかじんさまも、もし自分の死と隣り合わせの闘病の日々を記録に遺したいと考えたなら、彼は映像屋、でございます。
知り合いの信頼する映像カメラマンにまず自分の姿をビデオで撮らせた筈でございます。
でもたかじんさまは、それをなさらなかった、それは自分の死と隣り合わせの闘病の姿を遺す気が無かったから、でございます。
どうしてビデオ映像で遺すことをしなかったのか、それは天国のたかじんさまにしか分からないこと、でございます。
また本当に映像で遺す気があったなら、別にカメラマンなどに頼まずとも、奥方のさくらさまでも十分だった筈でございます。
そして関係者に「さくらにビデオを撮らせているから、俺に何かあった時はそのビデオを編集してファンの皆さまにメッセージとして流してくれ」と伝言した筈でございます。
そうしたビデオ映像による記録が全く無いままに、ひとっ飛びに面識の無い「百田尚樹さまに書いてもらいたい」と本人がメモを残したという話は同じ映像の世界に生きる者としては何とも納得出来ない話でございます。+57
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