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9855. 匿名 2019/07/25(木) 20:16:14
>>9827
紀子様も川嶋家も結婚前から毎日新聞と朝日新聞の記者と
懇意にしてましたから。
(6月30日号だったと思いますが。
週刊文春に結婚前から朝日新聞の社会部の記者と
一家くるみで懇意にしてた。
紀子様は一月に一度か二ヶ月に一度くらいの
頻度で、定期的にその記者の取材に応じていたー
と書かれてました。
ちなみに紀子様と礼宮が婚約すると最初にスクープ
したのは朝日新聞です。
つまり結婚前から朝日や毎日と癒着。
礼宮との交際情報を流し、外堀を固めて結婚した
というのが真相なわけです。
宮内庁も常盤会も紀子様は妃としては家柄も資産も
不足ーと反対だったそうですので)
○朝日新聞
○毎日新聞
○朝日系列の週刊誌(アエラとか週刊朝日とか)
○毎日系列の週刊誌
○週刊女性自身(やたらと秋篠宮家の姉妹の写真をのせ、
美人姉妹だのおきれいだのもちあげる)
は紀子様よりだとみていいと思います。
○週刊新潮
○女性セブン
あたりは紀子様に対して冷ややか。
というわけで、最近わたしは週刊女性自身を買わないように
してます(笑)
女性セブンとか週刊新潮を購入しております。
米 「霧の向こうのプリンスアキシノ」
というサイトには、たしか毎日新聞と川嶋家が結婚前から癒着してた
ことが書かれていたと思います。
+52
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9867. 匿名 2019/07/25(木) 20:27:20
>>9855
これもそうですね。
253: 名無しさま[sage]
2009/10/22(木) 22:54:55 ID:FlVXvOfW [1/3] AAS
川嶋家を見つめて 内藤修平記者 斎藤智子記者
朝日新聞 1989.09.12
初めて川嶋紀子さんに会ったのは、昭和61年5月の雨の日だった。待ち合
わせた東京・目白の学習院大学近くの喫茶店に時間通りに現れた彼女は、
横の窓からちらっと中をのぞいてから、入って来た。まだ少女の面影の残る、
学習院大学の2年生だった。
紺のヘアピンを飾っているだけで、化粧はせず、服装も清そだった。ふっくら
した顔立ちと、言葉を選びながらのゆっくりした話しぶりが、テレビ画面で見た
ことのある美智子さま(皇后)の婚約発表時の顔と二重写しになった。そのこ
とを伝えると「ありがとうございます」と紀子さんが答えたように記憶している。
英国のダイアナ妃が来日した直後で、「ああいった方にあこがれますか」と水
をむけると、しばらく考えてから「すてきな方だと思います」とうつむいた。いま
考えると、あるいは、その時、将来の自分の姿を思い描いていたのかもしれ
ない。
父親の辰彦さんとは、それより前の2月に会っていた。60年暮れ、紀子さん
が礼宮さまと三浦海岸でデートをされたという話を聞き、周辺の取材を続けた
末のことだった。「私がお話しして予断を与えてはいけないので、本人から直
接聞くのが一番いいと思います」。辰彦さんのこの言葉が3カ月後に実った。
川嶋さん家族との私たちの交際は、こうして始まった。
+23
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9872. 匿名 2019/07/25(木) 20:30:12
>>9855
自分も同意見です
文春は週により人事異動により
フラフラしている感じ
あと時々、意外にも見事な記事を発射してくれるのが
週刊ポスト
テーミス
週刊現代
フライデー
あたりかも
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