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10985. 匿名 2019/07/27(土) 08:33:11
>>10971
本当にこれすごいですね。自分には非が無いかのように開き直って、啖呵切っている。香淳皇后が不当に身分差別しているかのように責める。
戦後民主主義を気取っているけれど、令和の一般社会でもこれは無い。
学生時代の友達とのやりとりを見ていると元々こういう性格だったのだろうなとは思うけれど、浩宮様誕生とミッチーブームで、もう完全に天狗になってしまいましたね。
「未熟者ではございますが、より一層精進を重ねて参ります。今後ともご指導ご鞭撻を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます」という決まり文句さえ、何故、言えない?
良子さまは、おっとりしていらっしゃったので、宇宙人に接しているような驚きがあったのではないでしょうか。もちろん、お上品だから、言葉や態度に出したりはなさらなかったでしょうけれど。こういう相手を義理の娘として毎週会うってストレスだったでしょうね。余程、寛容じゃないと出来ません。
美智子さまは、この後、入江侍従長から教育的指導を受けたのか、それとも豊かな教養をお持ちの入江侍従長は、あまりに低次元だから関わりたくないと思い、敬し遠ざけたのか。
昭和天皇は、この鼻持ちならない皇太子妃を叱らなかったのでしょうか。
また、美智子さまに女官達からお妃教育や躾は行われなかったのでしょうか。明仁親王のご養育係は明仁親王に厳しく躾をしていたと思うのですが。
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10989. 匿名 2019/07/27(土) 08:47:09
>>10985
明仁さんは厳しく躾けられて無かったんじゃなかった?
甘々の坊ちゃんだったのよね?
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11011. 匿名 2019/07/27(土) 09:51:00
>>10985
まず上皇に関して。上皇が厳しい躾を受けていたのは、戦中の帝王教育時代。それも侍従というか教育係から。座っている時は背中をピンとしてじっとしておくとか、遠泳をできるようにするとか。おっとりさんだから、かなり手こずったみたいだけど。
戦後は小泉信三やヴァイニング夫人などから教育を受けた。それに価値観がひっくり返って、昭和天皇は何も言えなくなったんだろう。もともと優しい人柄だけに。
入江侍従はなかなかの食わせ物みたいだよ。頭が切れる分、狡知にも長けていたようだ。神道のしきたりを軽量化するために、しきたり重視派の女官を巧妙に辞めさせたり。後には美智子様と手を組んで、祭祀の簡略化を実行した。+46
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