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10841. 匿名 2019/07/26(金) 22:49:49
入院患者に鉢植えと、中古の器に七草粥を入れて届けさせるミテコ。
皇太子妃殿下から見舞品 高見順(10)
千葉日報
2015年10月15日 12:16 | 無料公開
千葉大病院への入院時も親しい出版社の方が車を手配したり、付き添ってくれたりしているが、昭和39年12月7日に稲毛の放射線医研に入院したときも同じで、皆仕事がらみとも思えない優しさで対応してくれている。高見の人柄の良さが知人の親切に結びついたのだろう。
奥野健男が高見の人柄の良さを『高見順全集』第16巻『解説』で次のように記している。
…高見さんはいつも人々へのサービスを忘れない。ホステスに囲まれながらたのしそうに独特の話術で女たちをたのしませる、渋谷のとん平に行けば、昔噺をして、キャベツにソースをどくどくかけたカツ丼を、これこそ昔のカツ丼だとたのしそうに食べられる。深夜拙宅に来られれば、わざと不良めかしてぼくの女房をたのしませてくれる。新しいおもしろい酒場があると言えば、どこまでも梯子してくれる。(『解説』)
高見は人を怒鳴りつけるところもあったが、知人を大切にした人でもある。
12月14日3時、手術室に入り、頚部リンパ腺肥大部除去と開腹手術を受け4時50分に完了。夫人の手記には局部麻酔のせいか、手術後のそれまでの憔悴とはうってかわり仰臥のまま執刀の中山教授と冗談を言い合って出てきたとある。
鐘紡の社長からの見舞い品に何がよいか聞かれ、滋養によいすっぽんスープを所望したと『日記』にあり、このあと見舞い客からすっぽんスープがたびたび届けられるようになった。
昭和40年の元日には川端康成から辻留の折詰が届き、3日には川端家に無心した家庭用の正月料理が届いている。食べ過ぎて腹痛を起こしている。この頃には川端夫人や宮城まり子なども見舞いにたびたび訪れていて、見舞い客も増えるなど賑やかな入院生活を過ごしている。
1月7日には東宮職の方が見え、皇太子妃殿下(注・現在の皇后)の見舞いの品・七草の鉢植えと七草がゆ及び女官代筆の手紙が届けられる栄誉を得ている。七草がゆが入っていたのは横川の峠の釜飯のあの釜で、軽井沢に行かれたときにお求めになった素焼きのものをとっておかれたらしい。その心遣いを喜んでいる。
スケッチをするほど快復し、夫人が稲毛に行って写生用の野菜を買ってきた。一時は体重も増えたがその後痩せ始めた。
2月11日に川端康成夫妻が見舞いに訪れている。
「体重が四十三キロにまで…痩せてしまって」と高見が言ったら(注・高見は身長が180センチと高く千葉大病院の手術前には75キロあった)、康成は、「僕は、はじめから四十キロ以下」と述べたとある。康成の体重がわずか四十キロだったとは驚きである
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10870. 匿名 2019/07/26(金) 23:23:22
>>10841
峠の釜飯の釜とか鳩サブレーの缶とか、こういうのも捨てないで全部持ってそう。
凄い浪費家なのに。+31
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