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6778. 匿名 2019/03/27(水) 02:30:16
天皇家をはじめ日本の歴代首相は、みんな「島津家」の親戚一同である。
なぜか学校の歴史の教科書でも「島津家」のことにはほとんど触れませんからね。
要するに、この「島津家」にこそ日本史の最大のタブーがあると言ってもいいわけです。
上の系図をよく見てください。この系図の中に
「昭和天皇」と「平成の天皇」が出てきますが、彼らはどちらも「島津家」の出ではありません。
彼らはどちらも「島津家」とは直接、血がつながっていません。
なのに、なぜ彼らが「島津家」の系図の中にすっぽりと入っているのかというと、
実は昭和天皇の皇后が「島津家」の子孫だからです。
昭和天皇の皇后はその名を「香淳皇后」と言いますが、彼女の母親は
「俔子」といって「島津忠義」の七女なのです。
そして、島津家のルーツを記した「島津家譜」によると、島津家の祖忠久は
源頼朝と丹後局の間に生まれた子となっている。
しかし、実際には忠久は頼朝の子ではなく、公家近衛家の所領である島津荘の
下司(げし=現地で実務についた下級官僚)をつとめた惟宗広言の子である(養子説もある)。
惟宗氏とは渡来人系古代豪族秦氏の末裔で、平安時代は朝廷の中級官僚であった。
この惟宗氏の一族に生まれた忠久が、源頼朝の寵愛を得て薩摩・大隅・日向3ヶ国の
守護という破格の出世をしたため、頼朝の庶長子(かくし子)説が生まれたのだろう。
そして、島津家もこうした巷説を否定することなく、その支配体制を維持するための
権威づけに利用していると考えられる。![]()
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