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317. 匿名 2018/08/14(火) 15:25:49
ばあちゃん、ばあちゃんが亡くなっていたことを私は昨日初めて知りました。
昨年もお墓参りには行ったのにどうして気がつかなかったのかと言えば、絶縁した親兄弟に会いたくないあまり、毎年コソコソと隠れるようにお墓参りしていたからかもしれないし、墓石に名前を刻むだけの資金が親になかったのかもしれない。
墓石に掘られた名前を見て二年前の暮れに息を引き取ったんですね。ばあちゃんが死んでも私に連絡が来ることはないと知っていたし、そう仕向けたのは私です。だから悲しいとか思う資格も泣く資格も私にはありません。
また涙が出そうになっても、どうして泣くのかを夫や子供に説明出来るだけの語彙力もなかったのでなんとか涙はこらえました。
ただ、ばあちゃんの人生って何だったんだろう。幸せだったんだろうかと頭の中がいっぱいになりました。
私が知る限りばあちゃんは苦労ばかりしていたように思います。
戦争で夫を失ってからは女手ひとつで育てた子どもが揃いも揃ってろくでなしに育ち、長男は嫁の言いなり、次男は離婚して孫2人を押し付けて蒸発。
親の借金の取り立てが家にくるたびにつらそうにしてた。
私が大きくなってからは私が電話に出るようになったけれど、それでも心臓を抑えてうずくまるばあちゃんの姿が忘れられません。
私にはばあちゃんが重かった。
あんなダメな息子どうして捨ててしまわないのか本当に腹がたった。
父と絶縁した時もばあちゃんのことだけは気がかりだったけれど、いつかこういう日が来るって知ってた。
ダメな孫でごめんなさい。
ばあちゃんの何の自慢にもなれない孫でごめん。
私は何がしたかったんだろう。
父はどこで野垂れ死にしようが知ったことじゃないというのは今でも変わらない。
でもそれが一番の祖母不幸なんだろうか。
ばあちゃんにしてみれば祖父の忘れ形見の父や叔父こそが大切な存在で、私なんかは大切な息子をたぶらかした女に似ている可愛くもない孫だったのかもしれないね。
こんなこと言う資格も権利もないけれど、たまに帰省したらばあちゃんにおこずかいをあげられる孫になりたかったよ。
たまにはばあちゃんを温泉に連れて行って贅沢させてあげられる孫になりたかった。
でもそれをするにはばあちゃんと私の間にいるあの親の存在が邪魔で大きくて、私が稼ぐ小銭なんかあっという間に巻き上げてしまうだろうし、ばあちゃんも渡してしまうだろうと思った。
結局葬式にすら参列しないような孫でごめん。
もしもあの世があるのなら、ばあちゃんがこの世で苦労したこと全部報われるような場所にいるといい。じいちゃんに会えたならいいなって思った。
私が生きている限りはお墓参りには行くよ。
だけど私の代であのお墓にはもう行きません。
ごめんなさい。+9
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