1. 2024/04/29(月) 20:40:04
出典:newsdig.ismcdn.jp
「沢山の人が死にました」脱北者が撮影した北朝鮮内部映像 飢えて倒れる人の姿も【報道特集】 | TBS NEWS DIG
newsdig.tbs.co.jp
北朝鮮からの脱北者の単独インタビューです。北朝鮮はコロナを理由にほぼ4年間、国を閉ざしました。この間何があったのでしょうか。この脱北者は北朝鮮内部の貴重な映像を撮影していました。
行き倒れだろうか。男性がひとり倒れ込んだまま動かない。
撮影した脱北者
「近くの店の主人に彼は死んでいるのかと聞いたら、前日の午後から倒れていて触ってみたけど、まだ死んでいない。飢えて倒れているようだが、まもなく死ぬだろう、と言っていた」
これらの映像は、韓国に脱北した男性が北朝鮮のスマートフォンで撮影したものだ。
コロナを理由に北朝鮮が国を閉ざす中、飢える住民たちをとらえた貴重な映像だ。
キムさんが脱北を目指すようになった理由。
それは個人の自由や権利が認められない社会に、絶望したからだった。
コロナ後、政府は国民の管理をさらに強化した。
食料は専売制となり、人々は足りない米などを闇取引で買い求めた。
ある日、キムさんの家に、取り締まり機関の保安員が捜査令状を持ってやってきて、蓄えていた米を運び去ろうとしたという。
キムさん
「『私たちのお金で買った食料ですから持って行かないで。私たちのものです』と主張したら、保安員に『この土地はお前のものか?お前が吸っているこの空気も全部党のものだ』と言われました。これ以上、ここに希望はない。この土地から逃げだそうと、決心しました」
キムさん
「失敗したら家族全員が処刑されるから。藁をも掴む思いでした。神様が見捨てるなら、死ぬだけだと覚悟しました」
コロナ以降、扉を閉ざした北朝鮮内部で一体何が起きていたのでしょうか。
徹底的な統制によって北朝鮮は、「苦難の行軍」と呼ばれる1990年代の大飢饉以来の食料不足に陥っていたのだ。
脱北者 キムさん(30代)
「苦難の行軍の時期より厳しかったです。その時でも、穀倉地帯の黄海南道では、飢え死にしませんでした。
しかし、コロナの間は毎日のように、町内の誰々の父親が死んだ、誰々の子供が死んだらしい。そんな話が聞かれるほど沢山の人が死にました」
キムさん
「生きてゆくために凶悪犯罪が増えました。殺人や強盗が日常茶飯事でした。公開処刑も沢山ありました」
キムさん
「2022年7月26日のことです。22歳の人でしたが、韓国の音楽や映画を友人と見たとして銃殺されました。処刑を前の方で見たのではっきり記憶しています」
+380
-15
出典:newsdig.ismcdn.jp