1. 2024/03/11(月) 12:16:30
1カ月後、飛松氏の結婚生活は崩壊した。飛松氏の妻は、資産家の娘だった。
彼は逆玉の輿生活を自らの手で破壊してしまったのだ。
総務課の女性派遣社員も、契約切れを待たずして電通を去った。電通が辞めさせたのか、本人が辞めたのかはわからない。
しかし、当の飛松氏は、なんのお咎めもなく、その後も出社していた。離婚の報を知って、数日経ったころ、いつもと変わらぬ明るい彼の姿があった。
上司たちもそれまでと変わらず「おぼえめでたい」飛松氏に接していた。あんなことなどなかったかのように。
私は飛松氏の姿を見るたびに訝った。
「先輩はこんなことになって悲しくはないのか? 反省はしていないのか?」
飛松氏のいきいきとした笑顔のどこにも影は見当たらなかった。後輩への容赦のなさも、それまでと変わらなかった。
その後、飛松氏は再婚し、新しい妻とのあいだに子どもをもうけ、最終的には営業局長にまで出世した。
不倫の代償を支払ったのは女性ばかりだった。世の中は、じつに不公平なのだ。
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飛松氏は、私より入社年次が1年上の営業の先輩だった。彼はある国立大卒で、その大学の応援団長を務めたことを何より誇りとしていた。押しが強く、仕事ができた。上司たちからの評判もすこぶる良かった。 「おまえも飛松を見習えよ」「飛松先輩の爪の垢あかでも煎じて飲んだらどうだ」「飛松君の言うことをよ~く聞いておくんだぞ」……上司たちから、何度その名前を引き合いに出されて説教をくらったことだろう。