1. 2023/12/01(金) 12:34:42
そもそも日本語は、何かの言葉の裏にもうひとつの意味を含ませる、というやっかいなことを何故しているのでしょう。それは、物事をズバリ言い表さずに、できるだけ婉曲に言おうとする特徴を日本語がもっているから、と言えます。
会話の相手の心情をできるだけ穏やかに留めようとするわけなのですね。ちょっと言いづらかったり、言葉を少し和らげたりしたいときなどに、とりわけその傾向が見られるようです。
たとえば次のように――
●「どうにも首が回らない」←(お金がなくて困っている、という窮状をあからさまに言えずに)
●「たまたま耳に挟んだもので」←(聞こうとしていたわけではなく、ふと聞いてしまった言い訳として)
しかし、スマホの短いメール文字だけで用件を済ます昨今、ただでさえ文字数が増える言い方を若者たちがするはずがなく、第一、こうした「遠回りな」言葉にはあまり接したことがないという若者もけっこういるのには驚かされます。
おそらく日常生活のなかで、年長の人々と、ゆったり話をする機会が格段に減っているからなのかもしれませんが、このままでは、世代間のコミュニケーションの溝は、どこまでも拡がっていってしまうでしょう。
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スマホ社会の現代日本。 若者たちは黙々と動画やゲームの画面と向かい合い、用事は絵文字を含む超短文メールを素早く打つばかり。 時間を割いて他人と会って話すのは「タイパが悪い」とすら言う彼らと、「生きた」日本語の距離がいま、信じられないくらい離れたものになっています。