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村上春樹風にガル民を励ますトピ

192コメント2016/07/20(水) 13:55

  • 131. 匿名 2016/06/29(水) 19:38:10 

    「ところで君、最近はなにを読んでいるんだい」
    ナガサワさんがガル子に訊ねた。
    「今はガルちゃんよ」
    そう返したガル子に、ナガサワさんはふっと短い息を吐いた。ナガサワさんは冷静にいら立っている。
    「時間の洗礼を受けていない作品を読む必要などない。時間は限られているし人生は短いからね」
    ガル子は自分の腰のあたりに腕を回して自分の身体を抱きしめるようにした。そしてか細い声で何か言った。声も体も少し震えているみたいだ。
    「だけど。ガルちゃんは『作品』ではないわ。そう、ないのよ。どうしたってない。ないの。ないんだわ」
    ナガサワさんが何も答えずに部屋を出ていくと、ガル子は息を殺して泣き始めた。
    やれやれ。
    ぼくは新宿のレコード店で買って来たばかりのチェット・ベイカーを取り出して流し始めた。
    レコード針を昨日変えておいて良かった。
    昨日針を交換しているときには、こうしてガル子が泣き出すだなんて、まさか思いもしなかったけれども。だから何かの予想なんて、一切しないことがいつだって正解なんだ。
    「いい曲ね。ねえ。ワタナベくん、まさか慰めてくれてるの?」
    ガル子が目をあげた。
    僕は、濡れたまつ毛が意外と長いんだな、とすぐ近くにいるガル子をやけに遠くに見ていた。
    もう一度ガル子が尋ねた。
    「ねえ、慰めてくれてるの」
    「そうかもしれないね」
    「そうかもしれないってなに」
    ガル子が少し笑った。半ば呆れているみたいだ。
    「そうかもしれないっていうのは、ぼくがレコードをかけたことがきみの慰めになるんだったらきっとそうだろうし、そうじゃないならそうじゃないってことだよ」
    「それって、要するに、すべては私次第ってこと」
    「そうだよ」
    「優しいのね。でもね、ワタナベくん、ぜんぶが私次第なんだって、それって、そういう優しさって、なんだかすごく寂しいことなの。ワタナベくんには分からないと思うけど」
    「そう。じゃあ、やめるよ」
    「本当に?本当にもうそんな寂しいこと二度と言わない?」
    「もちろん」
    「じゃあ、もう一回、聞くね。これは慰め?」
    「もちろん」
    「ばかね」
    ようやくガル子は微笑んだ。
    やれやれ。ぼくは彼女のお守役には向いていないのかもしれない。
    向いていないのかもしれないけれど、向いていると言えば、誰よりも向いているのかもしれない。何より、彼女の流れに合わせて自分や空間をケミストリーできるという点においては、きっと他の誰よりも。
    そう、ぼくのなかのぼくという存在が希薄であればあるほど、彼女には都合が良いに違いないのだから。

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