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1293. 匿名 2025/11/24(月) 10:20:16 [通報]
>>1207
>(お富の方は)容姿が特に優れているというわけでもなく、
色は浅黒く、そして太っていた。
お富の方(家斉の生母)は美人じゃなかった??
もともとは美人だったのに子供を何人か産んで太って容色が衰えたのか。
あるいはお富の方の出世をねたんだ大奥の同僚がお富の方が不美人だという
説を流したのか。
>実家が田沼と昵懇だったので、家治公の御次(奥女中)に出る事に
なり、のちに御中ろうとなった。
この時、一橋中納言治済卿が特にお富の方をご希望になり、
お富の方も一橋家に入ることを希望したので、一橋家に
進ぜる事になった
お富の方の実家が田沼家と親しかったので、それを目当てに
お富の方を側室に所望したんでしょうか、一橋卿は。
中ろうは将軍の側室候補だから、美人が選ばれることが多かった。
不美人では中ろうになれなかったと思うのですが。
>一説に、この時すでにお富の方は家治公のお子を身ごもって
いたとか、あるいはほかの男らと交わっていたとも
いわれる。
>それから9か月後にお子がおうまれになり、いまの上様である
一橋邸にうつって9か月で出産ですか。
お富の方は一橋卿の側室になってすぐ懐妊し、予定日より早く
家斉がうまれた可能性もありますが。
家斉が前の上様のお子説がでてくるのも無理がない出産日では
あると思います。
御中ろうは将軍の側室候補だから、前の上様のお手がついていた
可能性はゼロではないと思います。+9
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1299. 匿名 2025/11/24(月) 10:26:50 [通報]
>>1293返信
ルックスはさておき、一橋が田沼との関係を強化するため、というのは十分ありえると思います
お富の方の実家の岩本家は、田沼家と同じく吉宗が紀州から連れて来た家系で、しかも一橋家の家老は田沼の弟(意誠)、そして甥(意致)でしたし、メリットを考えての事だったとも考えられると思います+6
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