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1. 匿名 2024/11/30(土) 20:47:52
物心ついた後、幼い頃に覚えているのは、会話が乏しいわが家だった。知的障害がある両親はコミュニケーションが苦手。ただ、小さい頃の田山さんには「それが普通」だった。父は障害者向けの作業所で真面目に働き、病院の清掃などをしていた母はレパートリーが多くはないが料理をし、掃除や洗濯など家事もこなしていた。「決してヤングケアラーではなかった」と振り返る。
田山さんには「おばちゃん」と呼ぶ女性がいる。浜村良美さん(74)=仮名=だ。浜村さんはかつて保育園に勤務したことがあり、当時の知人の紹介で、保育園児だった田山さんと出会った。初対面で「口数が少なく、表情が乏しい子供」と感じたのを今でも覚えている。
浜村さんは「ほっとけない。この子を支えたい」と、個人的にサポートを始めた。母ができることは母に任せ、学校の面談の付き添いなども含めて「第2のお母さん」として手伝った。
結局、きちんと向き合うことができないまま父は亡くなった。病気の父の支えにもっとなりたかった。そんな気持ちもあり、「違う接し方があったのではないか」と強く後悔した。
父の死に衝撃を受け、気持ちを整理できないで落ち込む日々が続いたが、浜村さんのアドバイスもあって進学した。病気の父を支えられなかった後悔から、大学は医療関係の道を選んだ。+304
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31. 匿名 2024/11/30(土) 20:56:06
>>1
>それでも、周囲には両親の障害をなかなか言えずにいた。大学時代に出会った恋人に明かしたのも、交際してから何年もたってから。意を決して伝え、相手が自然に受け入れてくれたこともあって、「この人となら」と結婚を決意できたという。
この方は結婚相手にも恵まれたね。
付き合って数年経ってやっと自分の両親は知的障害があるということを打ち明けたら、なんで早く言ってくれなかったんだと思われてしまう可能性もあったけど、受け入れてもらえたんだね。+173
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63. 匿名 2024/11/30(土) 21:16:00
>>1
この記事よんだけど
浜村良美さん(74)
このおばさんの存在が、彼女を救ったんだよね
素晴らしい+69
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87. 匿名 2024/11/30(土) 21:32:38
>>1
親を理解するのは意外と大事だよね
※ただし、子供のことを理解しようとしない毒親のような部類に対しては、子供が思い入れて理解しようとするのは負の連鎖となるのでやめるべし+4
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96. 匿名 2024/11/30(土) 21:41:15
>>1
こういうトピ伸びるよね
明日の朝に一位になりそう+3
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99. 匿名 2024/11/30(土) 21:43:07
>>1
誰も悪くないのにせつない。おじいちゃん、おばあちゃんはいなかったのかな+10
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161. 匿名 2024/12/01(日) 02:22:18
>>1
この子は知的障害ないんだ…
うちは夫婦共に健常者なのに子どもが軽度知的だよ
+8
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176. 匿名 2024/12/01(日) 05:20:10
>>1
割りと真面目に、後天的な障害じゃなく生まれつきの障害者は殺処分か去勢の義務化必要だよね?被害者も加害者も産まないために。+6
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削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
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東北地方在住の田山かなえさん(33)=仮名=は、知的障害がある両親のもとで育った。