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89. 匿名 2015/11/16(月) 02:44:33
テロに関してはもちろん論外な行為だが、そもそも中東におけるパレスチナ問題、
クルド人問題(不自然な国境で分断されている問題)等々は、イギリスによる
第一次世界大戦後の中東問題をめぐる三枚舌外交と呼ばれる三つの協定
(フサイン=マクマホン協定、サイクス・ピコ協定、バルフォア宣言)を締結した事が、
大きな原因となってることは国際的にもよく知られていることなんで、イギリスが
もっとこの問題を平和的に解決するよう積極的に動くべきことだよ。
ただ、連合軍として叩いているだけではなく。
あまりに無責任過ぎるだろ。
フサイン=マクマホン協定
マッカ(メッカ)の太守であるフサイン・イブン・アリーとイギリスの駐エジプト高等弁務官ヘンリー・マクマホンとの間でやりとりされた書簡。オスマン帝国支配下におけるアラブ人居住地の独立支持を約束した。
イギリスはアラブ独立を約束させることによってアラブ反乱をさせてアラブをイギリス陣営に引き込み、トルコと戦わせることを目的とした。ただし、ここで規定されたアラブ人国家の範囲は、ホムス、ハマ、アレッポ、ダマスカスを結ぶ線の内陸側とされているため、シリアの地中海沿岸部、レバノン、そしてエルサレム市も含む現在のパレスチナ地域も含まれていない。
サイクス・ピコ協定
イギリス、フランス、ロシアの間で結ばれた秘密協定。イギリスの中東専門家マーク・サイクス(英語版)とフランスの外交官フランソワ・ジョルジュ=ピコによって原案が作成された。
オスマン帝国の領土を以下のように規定していた。
シリア、アナトリア南部、イラクのモスル地区をフランスの勢力範囲
シリア南部と南メソポタミア(現在のイラクの大半)をイギリスの勢力範囲
(狭義の)パレスチナを国際管理下
イギリスは事実上の同盟国で大国であるフランスの利益を重んじることを目的としていた。しかしケマル・アタチュルクによってトルコ共和国が新しく建てられたため、南のイギリス勢力圏との間に押し込まれた格好となり、結果としてフランスは大きな負担を強いられた。
1917年にロシア革命が起こると、同年11月に革命政府によって旧ロシア帝国のサイクス・ピコ協定の秘密外交が明らかにされた。
バルフォア宣言
1917年11月、イギリスの外務大臣アーサー・ジェームズ・バルフォアが、イギリスのユダヤ人コミュニティーのリーダーであるライオネル・ウォルター・ロスチャイルドに対して送った書簡で表明されたシオニズム政策。内容はパレスチナにおけるユダヤ人居住地の建設である。
イギリスはパレスチナにおけるユダヤに配慮することによって、ユダヤから戦争資金を引き出すことが目的であった。+83
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