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8535. 匿名 2024/04/28(日) 01:05:15
>>8524
🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑦
⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます
帰り道、モブ原さんは少し遠回りをして、眼下に広がる街の夜景を見せてくれた。星屑をばら撒いた様な、ささやかだけど温かい人々の営みが煌めいている。
そしてそれとなく、次の約束を切り出された。
「今度はゆっくりドライブしたいですね」
窓の外を眺めながら、隙間から流れてくる涼しい風を吸い込む。
カーブに差し掛かった時、ふと道路脇にあるレンガ造りのバーが目に止まる。その店先で、髪の長い女の子と向かい合う銀色の髪─────実弥だった。サッと右手を挙げてタクシーを呼び止め、女の子と2人で乗り込んだ。
「·····ドライブ、行きましょう、是非」
零れた声は、自分でも驚く程に乾いていた。
実弥と2人で住むアパートのだいぶ手前で、「この先道が凄く細くなってるので、ここで」と言ってモブ原さんの車を降りた。
真っ暗な部屋に灯りをつけ、脱力するようにソファに腰を下ろす。実弥の定位置である「人をダメにするクッション」が、実弥の形に凹んでいた。
これまでだって、お互いの恋愛模様は見てきたし、何でも話してきた。実弥が彼女といる場面だって何度も見てる筈なのに、どうして今はこんなに気持ちが落ち着かないんだろう。私は何を恐れ、何を守ろうとしてるんだろう。
「·····」
出かかっている答えを押し込む様に、ぼすん、とクッションにパンチして、その形を崩した。
翌日、月曜日の朝。
いつもなら私より先に起きてパンを焼いている実弥が、まだ寝室で寝息を立てていた。知らない内に帰って来ていたらしい。私はいつも通りにコーヒーを淹れた。パンは冷凍していた生地を焼いた。
「わりィ、寝過ぎた」
パンが焼ける香ばしい香りが部屋に満ちる頃、大きな欠伸をしながら実弥が起きて来た。
「おはよ、ふふ、おっきな欠伸だねぇ、吸い込まれちゃうよ。たまにはゆっくり寝てればいいのに」
いつもは鋭く釣り上がった目が、ショボショボと開ききらずにいるのを見て、自然と顔が綻ぶ。実弥は、兄のように頼もしいのに、弟のようにあどけない表情を見せる事もある。
良かった。私今、自然に笑えてる。
「がる子、俺なァゆうべ…」
「あのね実弥!」
言いかけた実弥の言葉を遮るように、お腹から声を絞り出した。
「あのね、私、ここを出て行くよ」
🥐続く☕+25
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8537. 匿名 2024/04/28(日) 01:48:32
>>8535
プラポチはしてたけど、今やっと追い付きました!
一話一話丁寧に紡がれる2人の距離感とパンとコーヒーの描写、凄いのに優しく沁みてくる…
じわりと距離感が縺れていくのドキドキします!+23
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8543. 匿名 2024/04/28(日) 05:58:47
>>8535
今たどって全部読みました☕️と🥐の2人の展開が気になる…+17
-6
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8566. 匿名 2024/04/28(日) 08:51:39
>>8535
ずっとめちゃくちゃ楽しく読んでます🍞🥐+19
-4
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8572. 匿名 2024/04/28(日) 09:20:51
>>8535
🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑧
⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます
空気が、変わった気がした。
「…は?」
驚いて見詰めてくる視線から逃げるように、目を逸らした。
「この前話したお客さんと、昨日ご飯食べに行ってね。良い感じなんだ。また会う約束したの」
「…ヘェ」
「幾ら幼なじみでも、異性と同棲してるなんて知ったら、やっぱり良い気はしないだろうからさ。隠して付き合うのも後ろめたいし」
「…俺も…」
神妙な顔で言いかけた言葉の、その先を聞くのが怖くて、胃のあたりがきゅうっと痛む。
「俺も、店のお客さんとゆうべ会って、また今度会うんだ」
…別に、別になんて事ない。「付き合う事になった」なんて報告は、今までだって聞いた事があるじゃないか。
「そっか、良かったね、お互いに」
手のひらの中で、コーヒーの湯気がゆらゆら揺らめく。大丈夫。ここを出て行ったって、また根無し草に戻るだけだ。
「俺が出てく。お前は帰る場所無いだろ。俺が暫く実家で寝泊りするから、お前はここに居ていい」
「…え?」「そうしろ」「…うん…」
ぴんと沈黙の糸が張り詰める。
ぐぅぅぅぅーーー…
糸を切ったのは、実弥の腹の音だった。
「…ぶっ…」
「…あは、お腹の虫が悲鳴上げてる」
「あーー腹減ったァァァ!メシだメシ!コーヒー淹れてくれェ!」
「あいよっ!」
寿司屋の大将さながらの返事をして、不思議と軽くなった体を起こした。
実弥の分も冷凍のライ麦パンを焼いて、カット野菜のサラダには、実弥の好きなコーンをたっぷり乗せる。ヨーグルトはちょっと奮発したブル○リアの水切りヨーグルトに、苺のソースをかけて。
そしてコーヒーは、挽きたてのモカマタリをネルドリップで。ゆっくりお湯をかけて蒸らすと、芳醇なアロマが部屋の中に満ちていく。目を閉じて、香りを吸い込む。
「あァー…堪んねェな」
気付くと洗面所から戻った実弥が隣に立っていて、ネルの中でぷっくりと膨れたきめ細かい泡を覗き込んでいた。
「今日も美味しいコーヒー、入ってますよ、お客様」
「楽しみですねェ」
顔を見合わせて、同時に吹き出す。
大丈夫。大丈夫。
私達は何やかんやあったって、結局こうして笑い合える。だって私達は、これまでもこれからも、ずっと─────「幼なじみ」なんだから。
こんがりと焼き上がったライ麦パンを、2つにちぎる。パリ、と音を立ててクラストが裂けた。
「はい」と、実弥に差し出すのは大きい方。
「サンキュ」と受け取り、最後の「月曜日のブランチ」が始まった。
「幸せになれよ、お前は」
パンを頬張りながら、そんな事を言う。
「…バカ」
幸せだもん、と喉元まで出かかった言葉を、コーヒーと一緒に飲み込む。それは、ほろ苦く、甘く、切ない後味を残して、私の奥深くに落ちていった。
続く(+コメントありがとうございます🥐☕)+27
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