ガールズちゃんねる
  • 8524. 匿名 2024/04/28(日) 00:04:33 

    >>8386
    🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑥
    ⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます

    私も実弥も、これまでそれなりに恋愛はしてきた。
    でも、2人共恋愛に対してはいつも受動的だった気がする。「付き合って」と請われれば応じ、別れようと言われれば別れた。
    私はどんな恋がしたかったんだろう。

    「お前、どんなのが理想なんだよ」
    実弥に聞かれた事があった。
    「うーん…一緒にいて楽しくて、趣味とか共有出来て、優しくて、守ってくれる感じ?『俺の女に手を出すな』みたいな。時には強引なのもいいなぁ、壁ドンとか顎クイとか」
    などと答えた私に実弥は、
    「後半全部少女漫画じゃねェか」
    と、呆れたように笑った。

    「理想」と言うには余りにも子供っぽい答えだった。それはそうだ。そんな事考えた事もなかったし、模範解答も分からなかった。
    ただ、何故か無意識に、そういう対象は「実弥以外の人」だった。


    「こんばんは、お待たせしてすみません」
    今日はモブ原さんとの約束の日。マスターが気を利かせたのか、早く仕事を上がらせて貰った。身支度をする為に部屋に戻った時、実弥はいなかった。彼も明日は休みだから、久々に友達と飲みにでも出掛けたのだろう。

    「僕も今来た所です。じゃあ、行きましょうか」
    待ち合わせ場所のコンビニの駐車場で待っていたモブ原さんが、爽やかな笑顔で迎えてくれた。真っ白いSUVの助手席に乗り込む。埃一つなく手入れされた車内は、染み付いた煙草の匂いを消す為か、芳香剤の香りが少しキツめだった。

    噂のレストランは確かに雰囲気も良く、料理も申し分なかった。モブ原さんはスマートにエスコートしてくれて、自然と背筋が伸びて自分が少し「いい女」になれたような錯覚に陥った。

    「がる山さんはあんなに美味しいコーヒーが淹れられるなんて、きっと料理も上手なんだろうなぁ」
    「いやー、上手どころか苦手な方でして。お店のメニューなら辛うじてマスターに仕込まれたので作れるんですけどね」
    「苦手なら、努力しなくちゃダメですよ。苦手だからと言って避けていてはいつまでも上手くなれませんから」
    「あ、そ…そうですよね!」

    モブ原さんは至極真っ当な事を言っている。うん、仰る通り、です。
    私は更にシャキンと背筋を伸ばして、なるべく綺麗に食べるように心掛けた。
    そのせいか、メインディッシュ以降の味が、何だかよく分からなかった。

    🥐続く☕

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  • 8535. 匿名 2024/04/28(日) 01:05:15 

    >>8524
    🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑦
    ⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます

    帰り道、モブ原さんは少し遠回りをして、眼下に広がる街の夜景を見せてくれた。星屑をばら撒いた様な、ささやかだけど温かい人々の営みが煌めいている。
    そしてそれとなく、次の約束を切り出された。
    「今度はゆっくりドライブしたいですね」

    窓の外を眺めながら、隙間から流れてくる涼しい風を吸い込む。
    カーブに差し掛かった時、ふと道路脇にあるレンガ造りのバーが目に止まる。その店先で、髪の長い女の子と向かい合う銀色の髪─────実弥だった。サッと右手を挙げてタクシーを呼び止め、女の子と2人で乗り込んだ。

    「·····ドライブ、行きましょう、是非」
    零れた声は、自分でも驚く程に乾いていた。

    実弥と2人で住むアパートのだいぶ手前で、「この先道が凄く細くなってるので、ここで」と言ってモブ原さんの車を降りた。
    真っ暗な部屋に灯りをつけ、脱力するようにソファに腰を下ろす。実弥の定位置である「人をダメにするクッション」が、実弥の形に凹んでいた。

    これまでだって、お互いの恋愛模様は見てきたし、何でも話してきた。実弥が彼女といる場面だって何度も見てる筈なのに、どうして今はこんなに気持ちが落ち着かないんだろう。私は何を恐れ、何を守ろうとしてるんだろう。
    「·····」
    出かかっている答えを押し込む様に、ぼすん、とクッションにパンチして、その形を崩した。

    翌日、月曜日の朝。
    いつもなら私より先に起きてパンを焼いている実弥が、まだ寝室で寝息を立てていた。知らない内に帰って来ていたらしい。私はいつも通りにコーヒーを淹れた。パンは冷凍していた生地を焼いた。

    「わりィ、寝過ぎた」
    パンが焼ける香ばしい香りが部屋に満ちる頃、大きな欠伸をしながら実弥が起きて来た。
    「おはよ、ふふ、おっきな欠伸だねぇ、吸い込まれちゃうよ。たまにはゆっくり寝てればいいのに」

    いつもは鋭く釣り上がった目が、ショボショボと開ききらずにいるのを見て、自然と顔が綻ぶ。実弥は、兄のように頼もしいのに、弟のようにあどけない表情を見せる事もある。
    良かった。私今、自然に笑えてる。

    「がる子、俺なァゆうべ…」
    「あのね実弥!」
    言いかけた実弥の言葉を遮るように、お腹から声を絞り出した。

    「あのね、私、ここを出て行くよ」

    🥐続く☕

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