-
8386. 匿名 2024/04/27(土) 19:16:28
>>5364
🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑤
⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます
子供の頃、いつもお腹を空かせていた。
母子家庭で、本当の父親は知らない。母は男を取っかえ引っ変えしては、相手の所へ入り浸っていた。その間私は、家にあるカップ麺やわずかな菓子で空腹を凌ぎ、温かい食卓など知らずに育った。
実弥とは、同じ団地に住んでいた。いつも植え込みの脇でしゃがみこんでグーグー腹を鳴らす私を、実弥は気にかけてくれた。
ある日彼の家に招かれた。まだ小さい弟が2人、狭い部屋を駆け回る。転んで泣き出した三男を抱き上げて、「よしよし。今大事なお客さんが来てるからな、ちょっとの間いい子にしてるんだぞ」と、まるで父親のように諭した。
そして「これ食おうぜ」と私にロールパンを差し出し、徐に手で2つにちぎった。
大きさも、上に乗ったチーズの量もまちまちな、2つの歪な形に分かれたパン。実弥は、迷いなく大きい方を私に差し出した。
受け取るのを一瞬躊躇った私を見て、「いいから」と、私の手を取りパンを握らせた。
あの時の、胸の中でじわっと広がった感情の正体が、今なら分かる気がする。
「分け合う」事は、なにも「等しい」のが正しい訳ではない。
逆の立場だったとしても、私も彼に大きい方をあげた。
大きい方を相手に譲っても、決して損をしている訳ではなく、相手が、自分が、満たされていれば、それで十分幸せなのだ。
あの時私は、「あなたは大切な存在だよ」という気持ちを、人から初めて受け取った様な気がした。
その日以来、私は時々実弥の家に招かれては、彼ら家族と一緒に食卓を囲んだ。豊かではなくとも、温かい家族の営みが、そこにはあった。カンパーニュの語源となったと言う「パンを分け合う人々」の、間違いなく私はその一員だった。
カランコロン。
20時30分。喫茶店としては遅めの閉店時間を目前に、ドアが開いた。
「まだ大丈夫ですよね」とネクタイを緩めながら入って来たのは、あの小銭のお客さん、モブ原さんだった。触れた手の感触を思い出して、少し胸が跳ねた。
「勿論です、どうぞ」
平静を装って促すと、彼は私の目の前のカウンター席に座って、人気メニューのカレーを注文した。セットのサラダとアイスコーヒーをトレーに並べながら、彼の話に耳を傾ける。
医療機器と福祉用具の営業をしていて、なかなかハードでストレスが多い仕事だと、冗談を交えて話してくれた。人当たりの良さと、時折向けられる好意的な眼差しに、次第に心が解れていった。
「そう言えば、最近郊外に出来たフレンチレストランが美味しいらしくて、行ってみたいと思ってたんですよ。今度一緒にどうですか?」
「え?!あ…えっと…」
『勿体ねぇなァ、聞く限りなかなかの好物件だぞ?』
実弥の言葉が過ぎった。
「いいですね」
私の承諾にモブ原さんは、「良かった」と相好を崩した。
部屋に帰ると、実弥は洗いたての髪をわしわしと拭きながら、誰かと電話をしていた。私に気付いて片手を上げ、「おかえり」の合図をする。
「じゃあまた連絡します」
そう言って電話を切り、Tシャツに袖を通した。
「お疲れェ、遅かったなァ」
「うん、ちょっとね。あのね、明日の夜、出掛けるね」
「…ふーん」
少しの間を置いて、素っ気ない答えが返って来た。何となく、それ以上何も言えなくなった。
🥐続く☕+26
-10
-
8391. 匿名 2024/04/27(土) 19:31:39
>>8386
読んでます
続き待ってました!🥐☕+16
-6
-
8524. 匿名 2024/04/28(日) 00:04:33
>>8386
🍃恋とパンとコーヒーと🥐☕⑥
⚠実弥、がる子それぞれが別の相手と付き合う描写が出て来ます
私も実弥も、これまでそれなりに恋愛はしてきた。
でも、2人共恋愛に対してはいつも受動的だった気がする。「付き合って」と請われれば応じ、別れようと言われれば別れた。
私はどんな恋がしたかったんだろう。
「お前、どんなのが理想なんだよ」
実弥に聞かれた事があった。
「うーん…一緒にいて楽しくて、趣味とか共有出来て、優しくて、守ってくれる感じ?『俺の女に手を出すな』みたいな。時には強引なのもいいなぁ、壁ドンとか顎クイとか」
などと答えた私に実弥は、
「後半全部少女漫画じゃねェか」
と、呆れたように笑った。
「理想」と言うには余りにも子供っぽい答えだった。それはそうだ。そんな事考えた事もなかったし、模範解答も分からなかった。
ただ、何故か無意識に、そういう対象は「実弥以外の人」だった。
「こんばんは、お待たせしてすみません」
今日はモブ原さんとの約束の日。マスターが気を利かせたのか、早く仕事を上がらせて貰った。身支度をする為に部屋に戻った時、実弥はいなかった。彼も明日は休みだから、久々に友達と飲みにでも出掛けたのだろう。
「僕も今来た所です。じゃあ、行きましょうか」
待ち合わせ場所のコンビニの駐車場で待っていたモブ原さんが、爽やかな笑顔で迎えてくれた。真っ白いSUVの助手席に乗り込む。埃一つなく手入れされた車内は、染み付いた煙草の匂いを消す為か、芳香剤の香りが少しキツめだった。
噂のレストランは確かに雰囲気も良く、料理も申し分なかった。モブ原さんはスマートにエスコートしてくれて、自然と背筋が伸びて自分が少し「いい女」になれたような錯覚に陥った。
「がる山さんはあんなに美味しいコーヒーが淹れられるなんて、きっと料理も上手なんだろうなぁ」
「いやー、上手どころか苦手な方でして。お店のメニューなら辛うじてマスターに仕込まれたので作れるんですけどね」
「苦手なら、努力しなくちゃダメですよ。苦手だからと言って避けていてはいつまでも上手くなれませんから」
「あ、そ…そうですよね!」
モブ原さんは至極真っ当な事を言っている。うん、仰る通り、です。
私は更にシャキンと背筋を伸ばして、なるべく綺麗に食べるように心掛けた。
そのせいか、メインディッシュ以降の味が、何だかよく分からなかった。
🥐続く☕+29
-9
削除すべき不適切なコメントとして通報しますか?
いいえ
通報する